「ではこれが最後です、ユニックス様」
 そう言うと彼女は横10メートルのところにある庁舎の壁まで駆け寄り、そのまま一気に駆け上った。
 そして4階まで駆け上がったところで窓枠を蹴って反転し、俺の頭上15メートルで剣を構える。
「生き残ったことに意味があるかどうかなど……」
 そうして体を捻りながら両手の剣を、
「それを決めるのはこれから次第ではないのですか。ユニックス様」
 クロス状に投擲した。
 流星もかくやの速度で迫りくる6本の剣。重量の増した剣で防ぐことは不可能。回避しようにも周囲は剣山で囲まれている。
 そんな絶望的状況においても、
「未来、か」
 さして俺に危機感はなかった。
 頭のなかで反芻されていたのは先ほどの彼女のセリフ。

『ですが未来ならば変えられるかもしれない。新たに失われていくものを防ぐことができるかもしれない』

 それと似たような言葉を、どこかで聞いたような気がした。

「ユニ夫君。君は生きなければならない」
 絶賛人生迷走中だったころ、黒髪の彼女は俺に告げた。
「たくさんの過ちを犯し、たくさん悔いてきた君だからこそ、作れる未来がある。そんな君が作った未来を、必要とする人が必ず現れる」
 彼女は赤子をあやすように俺の頭をなでながら、
「だからこそ君には生きる意味がある。とりあえずホットケーキが食べたいです、ユニ夫君」
 なんだかいろいろ台無しだった。

「やっぱ、いつまでもへこんではいられない、か」
 ため息を一つ。
 もうしばらくセンチメンタルなユニ夫君に浸っていたかったのだが、周囲の人間も状況もそれを許してはくれないらしい。
 そりゃ自分でもらしくはないと思っていたけれどさ。それでも今回ばかりは本当に参っていたのだ。少しくらい甘えさせてくれてもよかったろうに。
「ま、死んでいった連中のことを思えば、贅沢言えないんですけどね」
 強引ながらも笑みをつくる。多少ぎこちなくなってしまったのはご愛嬌。
「しゃーない。そろそろいつものお気楽で適当な、ユニックス=F=オディセウスに戻るとしますか!」
 改めて気合を入れ直し、迫りくる刃と向き合う。

 武器は使えない。逃げ場もない。しかし、俺には一つだけ手が残されていた。
 役立たずとなった剣を放り投げる。代わりに手にしたのは―――、
「………え?」
 ここで彼女は初めて動揺らしきものを見せた。氷のような無表情に浮かぶ微かな戸惑い。
 しかしそれも当然か。なぜなら彼女が必殺を確信して放った6本の刃は、一瞬で俺の眼前にて砕け散ったのだから。
「そんな―――」
 しかしそれも一瞬。すぐさま彼女は理解する。自らの剣が砕け散った理由を。
「あなた……、私の剣で―――!」
 そう、彼女の剣を撃墜したのは、他でもない彼女の剣であった。すなわち俺は周囲の剣山から6本の剣を引っこ抜き、目の前のそれにぶつけたのだ。
「てやっ」
 自らの武器が使えないのならば、相手の武器を使わせてもらうまでのこと。幸い周囲は武器で溢れかえっているし。
 続けざま飛んできた3本の刃を、新たに引き抜いた3本の剣で撃墜する。
「そんな、簡単に……」
 彼女が信じられないのも無理はないだろう。時速200qオーバーで迫りくる氷の剣を撃ち落とすには、極めて高い動体視力と、寸分の狂いもない投擲技術が必要とされるからだ。
 しかし、
「よっと」
 これでも音速で飛び回る彗星コウモリを撃ち落としたことがある俺だ。この手の大道芸にはなれている。
 次から次へと投擲された剣を片っ端から迎撃していく。そうこうしている間にも、落下してくる彼女との距離は狭まっていく。

 彼女の氷の表情に隠しても隠しきれない、焦りが浮かんでいた。






 彼女の敗因をあげるとしたら三つだろう。
 一つ目はわざわざ俺に武器を提供してしまったこと。
 二つ目は一度手放してしまった武器を遠隔操作できなかったこと。
 三つ目は想定外の出来事を想定していなかったこと。

「大したものだけれどね。しかし君には絶対的に足りていない。自分より”怖い奴”と戦った経験が」
 それは彼女にまだ伸び代が残っていることを意味しているが、同時にこの場における彼女の敗北を意味していた。
「まだです………!」
 光輝く彼女の両腕。おそらく残りの全REIを投入したのだろう。次の瞬間、彼女の両手には長さ3メートルほどの巨大な氷の剣が握られていた。
 上段に構えた大剣を、俺の前頭部めがけて一気に振り下ろす。
 まさに氷のように鋭く流麗な一撃。それは元消防士とは思えない見事な太刀筋であったが、
「よっ」
 半身を捻ることでかわす。
 あいにくキリア隊長の超絶剣技を間近で見てきた俺にとっては、少々物足りないものであった。
「消防の仕事もハードだろうけどね。こっちの仕事もなかなかのものだよ」
 俺なんかまだ可愛いもの。未知の怪物、不条理な悪魔どもとの戦いがこの先彼女を待っている。
 ゆえにこれは洗礼がわり。カウンター気味に彼女の鳩尾に、

「歓迎するよ、ユーリシアさん。俺たちの職場(地獄)にようこそ」

 必殺譲りの蹴りを叩き込んだ。
「がっ」
 そのまま6mほど吹っ飛び、庁舎の壁に叩き付けられる彼女。
 ぐったり地面に倒れこむこと10秒。起き上がる気配はなし。
「いけね。頭打ったか?」
 久々なんで(適当に)やりすぎた。
 慌てて彼女に駆け寄る一方で、野郎どもは歓声を上げる。
「やったぞ!ユニックス様の勝利だ!」
 光の粒子と化し消え去る氷の剣山。とりあえず彼女に息があるのを確認して安心する俺。

 結果だけ見れば最初の思惑通りとなった。接近戦に持ち込めば俺の勝ちは揺るがない、と。
「しかしねえ」
 他に手段がなかったとはいえ、女の子に蹴りをかますというのは、少々俺の美学に反する。
 次はもう少し綺麗に決められるように修行し直すとしよう。

 さておき………、何か忘れているような気がするのは気のせいか、俺。