というわけでオチである。
普通物語というものは起承転結で構成されるが、コメディの場合はもう一つオチが加わることもある。
どうやら今回のエピソードはコメディ寄りだったらしい。戦いに没頭するあまりそのあたりを忘却していたのは、迂闊だったといわざるを得ない。
空は快晴。日差しは穏やか。時折窓から吹き込む風がカーテンを揺らす。
暖かな風が前髪を揺らすたび、まるで自分が平和な世界にいるかのような錯覚に陥って………………、いる場合ではなかった。
「これは、何?」
昨日同様、穏やかな日差しが差し込む執務室で、俺は彼女に問いかけた。
「何と言われても必要書類ですが」
目の前にはいるのは、本日改めて本庁舎を訪れたユーリシア嬢。昨日の後遺症はないようで一安心ではあるが、今はそれどころではなかった。
「それは見ればわかるけど……」
彼女から差し出されたのは封筒詰めの転属に関わる書類であった。履歴書やら報告書やらで厚さはおよそ4cm。処理するのに何時間かかるかなあ、などという疑問はさておき、問題なのはそれと一緒に差し出されたもう一枚の書類であった。
「なんか、見たことがあるな、これ。具体的には隊長とホムホムが結婚したときに」
「それはそうでしょう。婚姻届ですから。正式名称は婚姻届書といいますが」
確かに、黒と緑の二色で刷られたそれは暗黒シティで使われている婚姻届に他ならない。
「君、結婚するの?」
「はい。昨日婚約いたしました」
それはいいことだ。転属と同時に婚約とか、心機一転仕事を頑張れるだろう。
問題なのは、妻の欄に彼女の名前が書かれているのに対し、夫の欄が空白になっていることだ。
「相手は、誰?」
凄まじく嫌な予感がして恐る恐る問いかける俺を、彼女は変わらず氷のような目で見つめてくる。
チクタクチクタク、秒針が時を刻むこと十秒。
「なんで…………、俺?」
観念して話を進める。
「それは昨日の取り決めによるものかと」
「取り決めってなにさ?」
「昨日の勝負のことです。私が勝ったら皆さんの上司になる代わりに、負けたら皆さんの誰かに嫁入りすると」
「待った。前半はともかく後半は聞いていない。嫁入りってどういうこと?」
俺の女にしてやる云々というフレーズは聞いた気もするが、話はそこから飛躍していのか?しかし俺はそのあたりの話しは一切聞かされていなかったはずだ。
「………………」
そんな俺を見て、彼女はしばらく沈黙していたが、
「失礼。伝えるのを忘れていました」
またしてもあっさりと答えた。
ちなみに、彼女が説明忘れなんてすっとぼけたことをやらかしたのは、後にも先にもこのときだけである。
「さておき、署名をお願いします」
「さておきじゃないからね。結婚なんかしないよ、俺は」
ずいっと書類を差し出す彼女と、手を引っ込める俺。
「どういうことでしょう。四獣王のユニックス様といえばプレイボーイで有名と聞きましたが。プレイボーイとは女性に手が早い男性のことを指すのではないのですか?私の調べたところによるとあなたは過去5年間でおよそ256人の女性と交際し、うち25人の女性にプロポーズし、さらにその中の7人と」
「あーいや、それは間違いじゃないんだけどさ!」
またしても長口上になりそうだったのを慌てて遮る。
なぜ俺は自分の男女交際について講釈されているのか。プレイボーイだからか?いや、プレイボーイだからこそ結婚しないのではあるまいか?責任をとってしまったら遊びじゃなくなるわけで、いや、何を考えているんだ、俺は。だんだん混乱してきた。
「とにかく、俺は結婚にだけは慎重なんだよ、昔から。最近は女遊びも控えているし」
これは本当に。一人目の婚約者のことが尾を引いているし、何より隊長が死んで以降、いまいち女遊びには乗り気でないのだ。
「では婚約破棄ということですか?」
「してないからね、最初から。つーか君には俺よりふさわしい男がいくらでもいるから、申し訳ありませんが余所をあたってください」
みっともなくも強引に話を打ち切る俺。このまま彼女のペースに巻き込まれるのはなにか、まずい。
「………………」
もう何度目か、彼女は静かに俺を見つめていたが、
「わかりました。ではそうします」
やがてデスクの上の婚姻届を引っ込めた。そうして回れ右をして、ドアノブに手をかける。
「待った。どこ行くの、君」
と、そんな彼女を迂闊にも俺は呼び止めてしまった。
「はい。あなたとの婚約が破棄された以上、別の男性と結婚しようかと」
「だから破棄も何も、って別の男性?もしかして俺の部下の誰かとか?」
「そういう取り決めです。もっとも私に勝ったあなたと違い、他の方は等しく敗者ですので、優先順位はありませんから。くじ引きで決めていただこうかと」
頭がくらくらしてきた。まったく彼女の思考に追い付けない。
なんだ彼女は。キリア隊長と同じ天然系なのか?一人の天然が去り、また新たな天然が現れたということか?
だめだ。俺ではもう対処しきれない。ホムロっち、助けてくれ。
「つまり俺が君と結婚しないと、君はあの野郎どもの誰かと結婚すると?」
「はい。そういう契約です」
唸るように声を絞り出す俺に淡々と彼女。ちなみにあそこにいた野獣共のなかに女性を紳士的に扱える輩などいない。
「………結婚、しよう」
呻くような俺に、
「すみません。聞こえなかったのでもう一度おねがいします」
改めて彼女は問いかける。
まさに蜘蛛の巣にかかった蝶の気分。試合に勝って勝負に負けたというのはこのことか?逆か?ええい、どうでもいいや。
「結婚してくださいユーリシアさん!」
半ばやけっぱちに叫ぶ。
「………………………」
そんな俺を見て彼女が沈黙すること十秒。やがて、
「はい。わかりました」
あっさりと彼女はそう答えた。
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