「しかし、これ以上我らに抗うというのなら、野放しにはできない」
と、思い悩む私を余所に、冷静に彼。
「貴様が旧人類どもに与するせいで、我らの中にも迷いを抱く者が現れ始めた。旧人類どもに甘ったれた幻想を抱く者も……」
と、右手の剣を構える。
一太刀で200階建のビルを真っ二つに斬り裂く、高出力レーザーブレードだ。
「故にこれ以上貴様を放置するわけにはいかん。この場で選ぶがいい。俺の求婚を受け入れるか、この場で死ぬか」
鋭い視線が私の両眼を射抜く。
再び高まる緊張感。
「………ふう」
かなり間抜けた話になってきたが、一応ここが重要な分岐点らしい。
彼のもとに下るか。それとも拒むか。
「………」
普通に考えたら、問答無用でブッ飛ばすとこなのだろう。
強引な求婚は好みじゃないし、挙句、新興宗教の女神になれとか、ばかげた話にも程がある。
何故にこの歳になって、そんな肩凝りそうな椅子に座らなきゃならんのか。
「……とはいえ」
戦ったところで、勝ち目がないのも事実である。
なにせ、私と彼の間には1000年分の性能差があるし。
実際過去の戦いは、いずれも私の惨敗に終わってきた。
戦えば死ぬ。それは間違いない。
はたしてそれでいいのか。千年間続けてきた旅が、このような形で終わっていいのか。
大体、万一勝ったところで、私にメリットなどないではないか。
おそらく本格的に全新人類を敵に回すことになるだろうし、そうなれば数十万の新人類たちが、私の命を狙ってやってくるだろう。
そうなった時、はたして人間たちは私の味方をしてくれるだろうか。
いや、おそらくない。下手したら厄介者扱いだ。
「勝っても負けても地獄、か……」
もう、いいのではないか? 私は十分頑張ってきたではないか。
人形狩りとも人間狩りとも長いこと戦ってきた。ここらで休んで、穏やかな老後というやつを送っても……。
「ふう」
などと、少しだけ悩んでみたものの、
「やっぱりないわ。悪いけど君からの求婚、受けることはできないね」
そう答えるのに、そう時間はかからなかった。
「何……?」
「青二才と結婚する理由はない。女を束縛する男とか時代遅れもいいとこだし、『一緒に神様になろう』とか、センスがないプロポーズにも程がある。
自分を口説き落としたかったら、もう千年間、紳士力を磨いてくることだね、マセガキ君」
「なんだと……」
微かに苛立ちを浮かべてDミリオン。失礼ながら、少しだけいい気味だと思ってしまった。
「これ以上、君の戯言に付き合っている暇はないんだよ。今、私にとって重要なのは、この瞬間もどこかで、人間狩りによって誰かが殺されているということ。
それを放置したままでは、気ままに旅もできやしないしね」
元はといえば私のヘマが原因だし。しかも殺しているのは、私の弟たちときた。
「というわけで、とっとと立ち去ってくれるかな、Dミリオン君。それとも、君が次の旅の案内をしてくれるのかな?
実のところ、次の私の目的地は、君の“ホーム”でね。君がガイドをしてくれるというのなら、安全で穏やかな旅ができそうだ」
そう笑顔でそう問いかけたものの、険しい顔のDミリオン。
「………あくまで、旧人類共の味方をするのか、DGナイン」
「ん〜。それがそもそも誤解なんだけれどね。実のところ、自分は最初からどちらの味方でもないんだよ。
自分が守りたかったのは人間と人形が共存できる未来。それを実現するために、自分は百年前も戦っていた」
「人間と人形が共存できる未来、だと?」
「ま、結局は惨敗してこのざまだけれどね。それでもあの時から想いは変わらない。だからこそ、その障害となる者たちと戦うのさ。
百年前、人形狩りと戦ったように、今は人間狩りとね」
「愚かな。旧人類との共存などと……。 そんな幻想のために、貴様は戦っているというのか」
「幻想だと思うかい? でも、それが信じられる時代もあったんだよ。
人間と人形の関係。確かに一筋縄でいくものではなかったけれど。それでも喧嘩して、仲直りしてを繰り返しているうちに、少しずついろんなものが前進していたんだ。
まあ、最後にはいろんな不幸が重なって、あんなことになってしまったけれどね……。それでも、あの時見た夢は確かなものだと思っている。いつかは実現するって信じている」
「ありえない。そのような望み、叶うはずがない。だいたい旧人類共はすでに滅んで……」
「まだ滅んでいない。確かに数こそ減ってしまったけれど、それでも人間たちはこの世界で生きている。明日を生きるべく、懸命に足掻いている。だったら、どうにかなる日だってくるさ。
百年かけて人間が衰退したのなら、千年かけて蘇ることもあるだろう。ならば、私はその手伝いをするだけさ。そして、またいつか人間と人形が仲良くやれるよう、その準備を進めるのさ」
「……意味がわからん。何故そこまで連中の肩を持つ。そもそも百年前、連中は貴様のことも裏切って……」
「それも少し誤解なんだよね。そもそも百年前、人形狩りに対して立ち上がったのは、人形だけじゃなかったんだよ。人間の中にだって人形狩りを止めるべく、戦ってくれた人達もいたんだ」
「なんだと……?」
「まあ、大勢とは言えなかったけれどね……。それでも私たちのために命がけで戦ってくれた人達は確かにいた。彼らの恩に報いるためにも、私はこの願いを捨てるつもりはない」
「馬鹿な……。旧人類の中にも我らのために戦った者がいただと? そんな話は聞いたことがない」
「だろうね。彼らは人間たちの裏切り者として、“人形扱いされて”殺されていったから……。だから記録上は人間と見なされていない。君たちのデータベースにも残っていない」
それこそがこの世界の歪みの一因だろう。
いろんなものが途切れている。いろんなものが歪められている。
この世界を正常に戻すためには、まず、そこから正さないと。
「だからこそ、自分はもう一度旅をする必要があるのさ。彼らの想いをこの時代に届けるために。途切れてしまった夢を繋げるために。
君がそれを邪魔するというのならば―――、力ずくで、押しのけるまでだ!」
そう言って、私はサイドバッグから、細長い布きれを取り出した。
幅10センチメートル、長さ10メートルほどの、白い布きれである。
「何だ? その包帯のようなものは」
「まさしく包帯だよ。もちろんただの包帯ではないけどね。これはかつて自分が使っていた魔道兵装の一つ、ミラリノスの霊布。身に纏うことで、身体能力とREIラインを補強できる」
霊布にREIを込めると、それはひとりでに体に巻きついてきた。
「老朽化した自分が全力で暴れるためには、これの助けがほしくてね。そのために自分は、この街に帰ってきたんだ」
「帰ってきた、だと?」
「言ってなかったっけ? ここは自分の故郷なんだよ。この街はかつて英雄たちが、偉大なる夢を追い求め、競い合った黄金郷。
ここなら何か、君たちに対抗する手段があるかもしれないと思って、自分は久方ぶりに帰ってきた」
およそ千年ぶりに。壊れた魔道列車を修理してまで。
「まあ、さほど期待していたわけでもなかったんだけれどね。何せこの街が滅んだのは、だいぶ昔の話だし。本来ならまともに使えるモノが、残っているはずもなかったんだけれど……」
しかし半日ほど探索して、シラバノビルの跡地でこれを見つけた。
「でも、流石はマスタだ。地下の冷凍金庫に、自分の旧式装備を保管していてくれただなんて。おかげで千年ぶりでも、まともに機能してくれた」
ピッタリ体に巻き付いた霊布。私にとっては懐かしい感触だった。
「それとも……、これはあなたの発案ですか、先生。あなたはこんな日が来るとわかっていたのですか? 私が戦力を求め……、この街に帰ってくると」
空を見上げながら私。
「千年先の未来のことを、あなたは予見していたのですか?」
私がそう思ったのは、霊布の隅っこにメッセージが書かれていたからである。
『遥か未来 君の勝利を祈る グレイナイン』
『ぶち抜け青春 君の願いを果たせ グレイナイン』
「先生、マスタ……」
千年ぶりの彼らからのメッセージに、熱い想いが湧き上がる。
―――そして、それに触発されてだろうか。
「ああ、そういえば……」
ふと、いつだかの情景を思い出した。
あれはこの街から旅立つ前だったか。
あの日、窓から空を見上げて先生は――。
『そうやって世界を変えていけば、いずれ世界の方が君に反発することがあるかもしれない。世界の全てが君の敵に回る日が来るかもしれない』
青い空のその先の、遠い未来を見通すかのように、
『だからといって、ぼくにできることはないんだけれどね。そのころには死んでいるだろうし……。だから本当に、ぼくには関係のない話なんだけれど……』
ため息をつきながら先生。
『それでも……、もし君があまりに過酷な戦いを強いられているようならば――』
そうして彼は、私の大好きなちょっぴり情けない顔で、
『せめて僕たちだけでも、君の味方でいてあげるとしようか』
―――そんな、ことを言っていたっけ。
「先生……。マスタ……」
頬から涙が零れ落ちる。
思えば千年という時の中で、彼らと過ごした時間はほんのわずかな間であった。
それも遠い記憶となり、今では彼らの顔もはっきりと思い出せない。
それでも彼らと過ごした時間は、その時の想いは、今も私の魂の中心にある。
だからだろう。この千年間、私は一度も寂しいと感じたことがなかった。どんな困難も乗り越えていけると信じられた。
もちろん今も、である。
「これを使えば多少の無茶ができる。そして使えるはずだ……。私の奥の手が」
「奥の手、だと?」
「そう。真夜の剣は折れた。それでも私の中には、私の兄達から託された……、9つの切り札がある!」
立ち上がりながら私。
サイドバッグから、紫色のマントを取り出す。
それを羽織りながら、
「セーフティ解除! 9大黄金炉フルドライブ!」
全身の9機の魔導炉に火を灯す。
「リミッター解放! DGアームズ、全機起動!」
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