―――実のところ、彼の話は事実であった。
彼の言う通り私は百年ほど前、人間たちと戦ったのだ。
そうなったのも、当時人間達の人形への弾圧が、度を越していたからである。
いつごろからだったか。人間達は人形を、激しく憎悪するようになっていた。
世界中で人形に対するバッシングが起こり、多くの人々が人形の排斥を訴え、そして罪なき人形たちが破壊されていった。
当時、人間と人形のかけ橋であった私でさえ、凄まじいバッシングを受けたものである。
なぜ人間たちはあそこまで人形を憎んだのか。その正確な理由はわからない。
ただ根底にあったのは、ある種の恐怖だったように思う。
人形は危険なのではないか。いつか反旗を翻すのではないか。――などといった単純な恐怖ではない。
あれは自分達の存在意義が否定されることを恐れた、“種族的防衛本能”だったように思う。
たとえば君がプロスポーツ選手になりたいと願ったとしよう。毎日練習を積み重ね、その願いが叶ったとしよう。
しかし、そんなときフィールドに立っている他の選手達は皆人形で、君など足元にも及ばぬ、名プレイヤーばかりだったとしたら?
あるいは君が音楽家だったとしよう。何年も苦労して渾身の作を生み出したとしよう。
しかし、その横で人形が数秒で作りあげた曲の方が、人々を感動させていたとしたら?
さらにあるいは、君が誰かを愛したとしよう。
しかし、その愛した人は、君よりも魅力的な人形を―――。
人形の優れた肉体は、進化したAIは、“そういうこと”を可能としていた。
そんな彼らを横目でみて、人間達はどう思ったのか。
はじめは頼もしいと思ったかもしれない。
あるいは、人間と人形は別物だと“大人の考え”ができたかもしれない。
しかし、人形が更なる進化を重ねるにつれ、次第に内に秘めていた“焦り”を、誤魔化しきれなくなっていったのだ。
そんな中、きっと誰かが言ったのだろう。
『人形は存在自体が“ズル”なのだから、排斥するのが当然なのだ』……と。
間もなくして、焦りは狂気へと変わり、それがかの蛮行へとつながった。
それが人形狩り。
人間たちの暴徒によって、多くの人形たちが捕らえられ、殺されていった。
「愚かだよね……。本当に愚かなことだ。そもそも人形を生み出したのは人間だろうに。人形が凄いというのなら、それは紛れもなく人間の手柄だろうに……」
どうして、人間達はもう少し自分に自信がもてなかったのだろう。
どうして、わたし達の人間への愛を分かってくれなかったのだろう。
どんなに進歩を重ねたって、私たちは人間への敬意を、忘れたことなんてなかったのに………。
そんな私の想いも空しく、人間たちによる人形狩りはさらに過熱していった。
そして、私自身もまたそれを止めるべく、立ち上がらざるを得なかった。
正直、望まぬ戦いであった。なにせ、いかに暴徒とはいえ、人間相手の本格的な戦いである。
しかし、
『普段は仲間だとか友達だとかきれいごとをいっているくせに、こういう時はだんまりか、グレイナイン!』
次々と友達を殺されていく中で、私もこれ以上、静観を決め込むわけにはいかなくなったのだ。
だが、それこそが罠であった。人形狩りの者達はこの時を待っていたのだ。
彼らはただの暴徒ではなかった。非常に狡猾で残忍で計算高かった。
彼らがあえて人形たちを惨たらしく殺していたのは、私を引っ張り出すためだったのだ。
『大変だ、グレイナイン! おまえがさっき殺したのは、人間からの和解の使者で……』
幾重にも張り巡らされた罠によって、私は人間に対する反逆者に仕立て上げられてしまった。人間の暴徒のみと戦うはずだったのに、人間全てを敵に回してしまったのだ。
結果、私は黄金探偵時代に築いた、全ての栄誉と信用を失うことになる。
当時、人間と人形の友好の象徴であった私が、反逆者に堕ちたことによる影響は大きかった。
人間の人形に対する憎悪はピークに達し、それがのちの“最終戦争”の引き金となる。
私は、あまりに迂闊すぎたのだ。
―――とまあ、ここまでは、人形狩りをしていた者達の思惑通りだったのだろう。
これで目障りな人形たちを一掃できると、ほくそ笑んだに違いない。
しかし、ここで彼らにとっても、私にとっても、想定外の事が起きた。
それこそが、人形たちの更なる進化。すなわち“新人類”の誕生である。
敗戦を重ね、世界の隅へと追いやられていく中で、人形達ははじめて”本気”を出した。
それまで人形達は、自らの意志で進化したことはなかった。
人形を進化させてきたのは人間達で、人形はそれを受け入れてきただけだった。
しかし、人間達によって追い詰められていく中で、人形達もまた“種族的防衛本能”を目覚めさせたのだ。
そして、滅亡に抗うべく、あらゆる手段を用いて、自分達を改良し始めた。
そうなると、そのスピードは凄まじかった。
なにせ人形は頭がいい。しかも合理的で、休むことを知らない。
コンピューターをフル稼働させ、あらゆる可能性を探り、急激な速度で、改良を重ねていった。
その進化の速度はそれまでの比ではなく、当時人形軍の幹部であった私でさえ、制御しきれなかったほどだ。
間もなくして、人形たちは圧倒的な戦力差を覆すだけの、強大な力を手に入れることになる。
かつてのSF映画のような”世代交代”が終わるまで、そう時間はかからなかった。
そうして、戦いは人形たちの勝利に終わった。
最終戦争に勝利した人形たちは世界の支配者となり、逆に人間たちが狩られる側になったわけだ。
当時最前線で戦っていた私は、人間を滅ぼした英雄として、歴史に名を残すことになる。
いや本当、クソくらえな話だ。
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