「………………」
 ぐるぐる回るチョコペン。
 そうだ。今の私の迷いは、あの時の告白と関係があるような気がする。
 メッセージを書き込もうとするたびに、あの時の光景が頭に浮かぶのだ。
 伝えたい想い。純粋な好意。
 告白した彼女。戸惑う剣太郎くん。
 もし、仮にあの場で告白したのが私だったら、彼はいったいどんな表情で――――――。
「………………っ」
 まずいまずい。
 今、私は何かおかしなことを考えた。私らしくない思考に陥っていた。
 これ以上進むのはやめよう。でないと取り返しのつかないことになりそうで……。
「私が気になっていたのは、むしろあなたの方だったんですよ、優輝さん」
 と、私の考えを見透かしたかのように、横から小唄ちゃん。
「……私?」
「あなたは彼の面倒をずっと見た……。まるでお姉さんのように接してきた。それは尊いことですが……でもこのままだと、あなたは彼の保護者として終わってしまいそうで……」
 若干迷いの見える表情で彼女。
 しかし、その真意はいまいち読み取れなかった。
「よくわからないけど……。私は剣太郎くんの保護者じゃ駄目なのかな? 私はそれで十分幸せなんだけれど……」
「だめです。だって、あなた達はもっと幸せになれるのに……。いえ、姉弟的関係も人間関係の一つの理想形ではありますから、結局は私のエゴなのでしょうけど……」
 何度目かのため息をつきながら小唄ちゃん。
「でも、どう考えても上手くいくに決まっているのに。このまま、意識することすらなく終わってしまうだなんて……」
「小唄ちゃん……?」
 俯く小唄ちゃん。
 しかし、次の瞬間、彼女はがばっと顔を上げ、
「いえ、この際はっきり言いましょう。もどかしいんです。じれったいんです。くっ付きそうで、そのまま終わって、くっ付きそうで、そのまま終わって、それを十年近く、見せ続けられて……。いい加減生殺しもいいところです。我慢の限界です」
 いつもの彼女らしからぬ剣幕で小唄ちゃん。
「こ、小唄ちゃん?」
「まるで恋愛漫画のいいところで寸止めを喰らっている気分です。告白寸前で長期休載に入ったかのようなもどかしさです。正直下手な公害よりもタチが悪いかと。そりゃ今の小学生のような恋愛劇も微笑ましくはありますけど……。それにしたっていい加減ステップアップしてもよろしい頃でしょう? 高校生編。せめて中学生編に!」
「よろしいでしょうっていわれても……。というか小唄ちゃん、なんかキャラが変わって……」
 そういえば、彼女、隠れてテレビの恋愛ドラマに嵌っていたことを思い出す。
 少女漫画なんかも部屋に山積みになっていたっけ。
「私のことはいいんです! というか悠長なことを言っている暇はないんです。私にはわかります。剣太郎くんのような天然優男さんは、変なところで変な女の子を引き寄せるんです。綺麗な女騎士とか、腹黒王女様とか。そういう濃いめの人たちが湧いてくる前に、ポイントを稼がなければならないんです」
「いや、だから、何を言っているのか……」
「大事なのは経験です。既成事実です。敵が現れる前に勝負をつけてしまうんです。それができるのは、現状我がクラスでは、あなたくらいしか……」
「だから、た………」
「まだ、わかりませんか? つまりですね、今回チョコレートに書くべきメッセージは…………、って優輝さん?」
 と、ここで我に返ったかのように小唄ちゃん。
「た……、たたた……」
 おそらく私の肩が震えていることに気付いたのだろう。
「あの……、優輝さん?」
 心配そうに私の顔を覗き込む彼女。
 しかし、次の瞬間、
「たあああああああああああああああっ!」
 私は咆哮をあげ、一気にメッセージを書ききっていた。
「ゆ、優輝、さん?」
「はあ、はあ、はあ……」
 目を丸くする私と彼女と、肩で息を切らす私。
「はっ。私は何を……」
 我に返って、自分でも驚く。自分は今、何をしたのだろう。
 どうにも小唄ちゃんの話を聞いているうちに、自分の中のブレーカーが落ちてしまったらしい。
 目の前のチョコレートを見ると、一応メッセージは書き終わっている。
「優輝……?」
「風凪?」
 気が付けば、周囲のクラスメイト達も私のことを見つめていた。
 まあ、いきなりあんな奇声を上げれば当然か。
「あははは。ごめん、みんな。なんでもナイデスヨー」
 チョコレートを箱に詰め、ラッピングを施す。
「あの、優輝さん?」
「ごめんね、小唄ちゃん。そろそろ待ち合わせ場所に行かないと。この話の続きはまた後で」
 ショルダーバッグにチョコを入れ、外用のコートを羽織る私。
 すると、
「あ! ちょっと待った、優輝!」
「剣太郎にチョコを渡すなら私も行く」
 と、他のクラスメイトからも声が上がった。
 ―――、しかし、
「私も私も……って、なにかしら。これ?」
 そんな彼女達の中から、戸惑いの声も上がった。
「うおっ!? ボウルから何かが溢れ出して!」
「なんだ、この白いのは?」
「甘っ。 これ、マシュマロじゃない!?」
 見れば、彼女たちのボウルから、ものすごい勢いでマシュマロが溢れ出していた。
 爆発するかのごとき勢いで増殖するマシュマロ。さながら白い火砕流か。
 それはたちまち教室の三分の一を埋め尽くした。
「うおおおお! マシュマロのバイオハザード!?」
「ひいいいい! マシュマロに食べられる!」
 逃げ遅れた女の子たちは次々とマシュマロに飲み込まれていく。
 見ようによっては少しエロチックだ。
「馬っ鹿野郎! お前らマシュマロに何いれた!?」
「ごめんなさい。花火と唐辛子と、開発中だの新薬を少し……」
「お前の薬は全部捨てろって言っただろ! あぶぶっ……!」
 なにがどう化学変化を起こしたのか。教室はあっという間にバイオマシュマロで埋め尽くされてしまった。
 脱出できたのは扉の近くにいた、私と小唄ちゃんのみである。
「なんか、B級映画でありましたね、こういうの」
 ガラス窓越しに、教室を埋め尽くすマシュマロを眺めながら小唄ちゃん。
「人を呪わば穴二つというけれど……」
 本来だったら、一刻も早く彼女たちを助けたいところだが、あいにく彼との待ち合わせがある。
「ごめんね、みんな! とりあえず剣太郎くんにチョコ渡してくるから、そのあと助けに来るね」
「うぃーっす」
「グッドラック」
 マシュマロから飛び出た十数本の腕によるサムズアップ。軽いホラーであった。
「あの、そういうわけだから、小唄ちゃん……」
「ふふっ。そういうことならしかたないですね。いってらっしゃい、優輝さん」
「あ、うん。小唄ちゃんも無理はしないでね」
 と、彼女の笑顔に見送られて、その場を後にする。
 正直内心ほっとしていた。
 と、そんな私の後ろから、
「やれやれ、ちょっと強引過ぎましたかね。もう少しじっくり事を進めるべきでしたか……」
 と、ため息とともに小唄ちゃんの声が聞こえた気がした。
「でもまあ焦らなくても大丈夫そうですか。少しは進展があったようですし。この調子なら来年のバレンタインデーには期待できそうですね。
 もっとも……、その前にへんなトラブルや戦争が起きて、台無しにならなければいいのですけど……」