もうだいぶ前のことになるか。
ある日、小唄ちゃんは剣太郎君に告白した。
校舎裏に呼び出して、自分と付き合ってほしいと彼に告げたのだ。
いままで友達だと思っていたクラスメイトからの突然の告白。
剣太郎くんが度肝を抜かれたことは言うまでもない。
というか、フェンスの陰で覗き見していた私達も度肝を抜かれた。
だって、剣太郎くんに告白する女の子が現れるなんて思ってもみなかったから。
しかも、それがクラスで一番大人しい小唄ちゃんだなんて。
「もちろん、友達として付き合ってほしいという意味ではないですよ? きちんと、男女の仲として付き合ってほしいという意味です」
普段の彼女らしからぬ、きっぱりとした口調で小唄ちゃん。
「できれば、将来の結婚まで考えて交際していただけると、理想的ですね」
まるで剣太郎くんの逃げ道を塞いでいるかのようだった。
「え…、あ、な……?」
剣太郎くんが返答に窮したのも当然だろう。
なにせ、彼はこんな時どうすればいいのか、教わっていなかったから。
彼の人生の師は私達で、私たちはできる限りのことを彼に教えてきた。
でも恋愛についてだけは教えていなかった。教えられなかった。
当然だ。知らないことを教えられるはずがない。
つまりそれが子供が子供を育てる上での限界点。私たちの教育の及ばぬところ。
まあ、恋愛なんて大人でも教えるのは難しいと思うけど。
あの時どうするべきだったのかは今でもわからない。
二人の仲を祝福するべきだったのか。はたまた、彼にはまだ早いと止めるべきだったのか。
困惑した表情でこちらを見る彼に、私は助け舟を送ることができなかった。
そうして沈黙が続くこと十数秒。
「いいんですよ、剣太郎君。返事は今すぐでなくても」
一瞬、ちらりとこちらを見た後、小唄ちゃん。
「ただ、もしよろしければ、今日のことは胸のどこかにでも置いといてください。そして、いつかその答えが出たら、返事をください」
そう言って彼女は去って行った。
呆然と立ちすくむ剣太郎くん。
おそらく、彼らの物語は、そこで止まったままである……。
あとから思うに、彼女はこうなることがわかっていたのだろう。
彼が返事をできないことも。私たちが何もできないことも。
それでも、告白をすること自体に、何らかの意味を見出しているかのようであった。
何かを伝えるために。あるいは何かを教えるために。
しかし、それはなんだったのだろう。
あの日以来、小唄ちゃんと剣太郎くんの間には距離ができてしまった。
剣太郎くんはおいそれと彼女に話しかけることができなくなったし、彼女も進んで彼に近づこうとしない。
でも彼女が彼を好きなのは嘘じゃないはずで、では、こうなると分かっていて何故告白したのだろう。
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