「本当のゲームはこれから始まる。より壮大で、より崇高なゲームが。多くのプレイヤーを楽園に導く素晴らしいゲームが。ネトフォさえあれば、気軽にゲームに接続できるこのご時世。参加するプレイヤーは前回を遥かに上回る、大人数となるでしょう」
 恍惚した表情で白マントの少女。
 そのあどけなく、しかしどこか人間味が欠けた笑みは、普段の彼女が見せるそれとは決定的に異なっていた。
「勿論、あなたもですよ、先生。前回のプレイヤーの一人であるあなたは、特にゲームマスターから手厚い歓迎を受けるでしょう。最高難易度のミッションの中で、存分にその頭脳を生かしてくださいませ」
「君は……、何者だ」
 低い声で黒髪の青年。彼もまた、普段とは異なる氷のように冷たい眼差しで、目の前の少女を見据える。
「誰だとは随分ですね。私は“私”ですよ、先生。よもや、たった一人の愛弟子の顔を、見間違えることはないでしょうに」
「とぼけるな。答えろ」
 マントの裾から取り出した、黒い拳銃を突きつける黒髪の青年。
 先日の喧嘩の折、彼の兄から奪い取った、黒ノ屑家御用達ガンスミスによる特製魔導拳銃、クレウベ96レプリカであった。威力は高いが反動は少なく、至近距離で撃てば、少女の頭一つ吹き飛ばすくらい造作もない代物である。
「やれやれ。困った人だわ」
 やがて、肩を竦めて少女は溜息を吐いた。
「久方ぶりの再会だというのに、そんな無粋なものを突きつけてきて。知的レベルの低下がみられるのではないかしら。旅の途中で、よくない野草でも口にしたのではなくて?」
 その口調がやや幼いものに変化したことを、青年は見逃さなかった。
「君は……」
「せっかく前回のゲームを攻略したことに敬意を表し、声をかけてあげたのにね。もう少し暖かく迎えて欲しかったわ」
 無垢でしかし、どこか狂気を感じさせる笑み。それに青年は覚えがあった。
「前回のゲーム……。まさか、あなたは」

 電子の海に浸食された暗黒都市。
 あらゆる物理法則が乱れ、あらゆる常識が崩れ去った異常世界。
 その中心に君臨した一人の少女。
 青いドレスを纏い、優雅に微笑む、人の皮を被ったナニカ。

 元はと言えば、それはとあるゲームに登場する、中ボス程度のキャラクターのはずだった。
 システムそのものを書き換える敵キャラがいたら、さぞ面白いだろうと、そんな思いつきから生み出された少女。
 しかし、それはやがてゲームを乗っ取り、現実を侵食し、危うく世界そのものを崩壊させるところだった。

 すなわち、それこそが暗黒シティ十大事件が一件、魔王事件。その元凶にしてラスボスである少女。
 レイピア・シラバノ曰く、おそらく人類史上初、魂を宿したAI。
 その名は……

「コンピューターウィルスMAO(マオ)……。まさか、生きていたなんて」
「お久しぶりね、賢者クロラット。嬉しいわ。あなたが私のことを生きている、と言ってくれるなんて。前回、あなたは最後まで、私の存在を認めてくれなかったものね」

 かつてと同じく、優雅な笑みを浮かべながら白マントの少女―――に、とり憑いた“ダレか”。
「でも、その呼び名は止めてほしいと言ったでしょう。私はこの世界の誰よりも高みにいる、唯一無二の電子生命体。この世界の過ちを正し、あなた達に新たな“日々”を提供する、神にして王。故に、私のことはこう呼びなさい」
 そうして、彼女は幼き声に確かな誇りを込め。

「電子の魔王、デイズと」

 静かに、そう告げた。