「運営スタッフが死んだと思われるのが一年前。しかしこの一年間、何事もなかったかのようにゲームは運営されていた。メインストーリーの更新は勿論、夏イベントもバレンタインイベントもアニバーサリーも……。
 だからこそ、運営スタッフが死んでいたなんて、誰も想像しなかったに違いない。しかし、実際は死んでいた。じゃあゲームを運営していたのは誰だったのか」
 と、画面をタップし、ゲーム内のあちこち移動しながら黒髪の青年。
「自動で更新する仕組みになっていたのでしょうか。あるいは、外部から何者かが会社のPCを操作して……?」
「どちらも可能性は薄いだろう。一年に渡って、膨大なデータを自動で更新するのは困難だし、ましてやクレーム処理やメンテナンスまでこなせるはずがない。
 それにインターポールの調べによれば、この一年間、会社の口座からは、ほとんど金が引き出されていなかったそうだ。せいぜいが、電気代やガス代といった公共料金ぐらい。つまり外部の者が更新していたとして、目当ては金ではない。では何が目的で……?」
「……」
「そもそもゲームのデータは誰が用意した? 先程会社の明細を入手したが、新規のCGやシナリオを発注した痕跡がない。内部スタッフも死んでいたとなれば、一体どうやってゲームの素材を用意したのか」
 苦虫を噛み潰したような顔で、黒髪の青年。
 何かが引っかかる。彼はそう感じていた。
 ビル内で起きたジ・ワードGO運営スタッフの変死事件。事件自体が妙なこともあるが、彼はこれと似たようなものを、どこかで見た覚えがあるような気がしたのである。
(それも、極めてよくない状況で……)
 奇妙なデジャブが不安を掻き立てる。
 ただの事件ではない。これはもしかしたら、とてつもなく強大なナニかの片鱗なのではないか……。

「運営がいなくても、勝手に更新するゲーム……」
 やがてそう口にしたのは、傍らの白マントの少女であった。
「では、こういうことではないでしょうか。このゲームはすでに、運営の手から独立していた、と」
「なんだって……?」
 思わぬ指摘に、目を丸くする黒髪の青年。
「すでに、このゲームは運営の力を必要としていなかった。新規CGもシナリオも、自らの力で用意できた。だから運営がいなくても、勝手に更新できたんです。
 運営の皆さんはそれに気付き、慌てて止めようとした。しかし、それを邪魔に思ったゲームによって始末された、とか」
「馬鹿な。君の言い方だと、まるでゲーム自体に意思があるかのように聞こえるな。そんなこと、あるはずが……」
「ないと言いきれるのですか? そもそもゲームというのは、この世で最も複雑なプログラムの一つ。それがネットワークを介し、様々なプレイヤーやデータに干渉した結果、自我を獲得した、と。そういう可能性がないと、どうして断言できるのでしょう」
「それは……」
 いつに増して饒舌な彼女に、若干気押される黒髪の青年。
「なにより先生は、すでにそういう存在と出会ったことがあるのではありませんか?」
「―――!」
 少女の言葉を受け、再び黒髪の青年の脳裏に、かつての事件がフラッシュバックする。

 街そのものがゲームに飲み込まれた奇怪な事件。欲望と命を天秤にかけたゲームに、大勢のプレイヤーが挑み、しかし生還叶わず、電子の海へと消えていった。
 彼自身、ゲームから抜け出すべく、製作者の一人とともに舞台裏を奔走したが……。思えば、あの事件の始まりも、こんな形ではなかったか。
「きっとこれは“練習”だったんですよ、先生。全ては、前回を上回るゲームを作るための。そのために、“彼女”はこのソシャゲを通じて、勉強していたに違いありません」
「“彼女”……?」
「ふふっ」
 可憐な笑みを浮かべる、白マントの少女。
 何故だかそれを見て、黒髪の青年の背筋を、軽い悪寒が駆け抜ける。