「なに……？」
　金髪の彼の口から出た思わぬ名前に、思わず手を止めてしまう黒髪の青年。
「今、何て言った？　なにをもらうって？」
「だからキャラを奪うんだよ。このゲームでは勝利したプレイヤーが、相手のキャラを奪うことができてな」
「それは聞いた。それよりも今、ヴィオレッタって？」
「ああ。今戦った対戦相手の主力キャラだな。☆5の新星、ヴィオレッタ・ザ・カーストーン。この前のストーリーイベント時のピックアップキャラだ。ウィザード系でもトップクラスの性能で、モーションも可愛い人気キャラだぞ」
　そういって、彼が指を刺したのは、紫の帽子とマントを纏った、眼鏡の女性キャラであった。
「メインとしてもサポートとしても優秀でな。必ず引きたいとは思っていたんだ。ただ先月は忙しくてな。気が付いたらピックアップが終わっていたんだよ」
　やれやれ、とため息を吐く彼の説明は、しかし黒髪の青年の耳に入っていなかった。
　彼が指さしたキャラは、どう見ても黒髪の青年が知る彼女にそっくりだったからである。
「どうしてヴィオがゲームのキャラクターに……」
「お前の知り合いだったか？　そういえば、彼女は暗黒シティ関連のキャラクターだったな。あれ？　そういえば、お前の元カノって……」
「今はそんな話はいい。それよりこれ、本当に本人なのか？　なんで彼女がゲームのキャラに……」
「なんでって、それがこのゲームのウリだしな。さっき言っただろ。このゲームは“実際の英雄”をモチーフにしたキャラ達と共に、魔王を倒すお話だって」
「実際の英雄って、まさか……」
「そ。ジ・ワードで活躍中の“現役の英雄達”だ。彼らをモチーフにしたキャラが大量に登場するのが、このゲームの最大のウリだ。勿論彼女だけじゃなく、他にも大勢いるぞ？」
　そういって画面上部の【キャラクター一覧】と書かれたボタンをタップする金髪の青年。
　すると、
「これは……」
　大量のディフォルメキャラ達と共に、その名前が画面に並んでいく。
　その中には、黒髪の青年も見覚えのあるキャラクターも、大勢含まれていた。

　星形のハルバードを手にした短髪の青年。
　右手から炎を出す橙色の髪の青年。
　日本刀をかまえた小柄な少女……。

「必殺の騎士にホムロ……。それにトモエさんまで」
「そのあたりが、暗黒シティ界隈のキャラだな。実は半年前、メインストーリーの舞台が暗黒シティでな。大量に新キャラが追加されたんだよ。
　割と尖った性能のキャラが多いのが特徴でな。お勧めするとしたら☆5キリアか。単体最強クラスの上、指揮官スキル持ち。ネット上じゃ☆5殊導とならび、人権キャラ扱いだ」
「☆5殊導？　ってことは、こっちの動物型機動兵器に乗っている連中が……」
「ああ。俺たち新世界大陸のキャラだな。大陸キャラはドラグナークラスが多いから、即行で戦場を制圧したい高機動パーティ向けだ」
「五色の魔法使いに、魔導学院長、それに彼女の同位体まで……。随分マニアックなところまで押さえているんだな」
「そして見るがいい。これが去年の新世界大陸イベで追加された、☆5ドラグナー、狂之助だ」
　画面上にアップになる、金髪のキャラクター。両手に銃を構え、ニヒルな笑みを浮かべる彼は、確かに目の前の青年に瓜二つであった。
「そもそも、これが俺がゲームを始めたきっかけでな。実は、初期はモーションがいまいちでな。運営にクレームを入れて変えさせたんだよ。改良しないと部下連れて乗り込むぞってな」
「相変わらず、どうでもいいことに全力だすのな、あんたは」
「なんとでもいえ。おかげで人気キャラの仲間入りだ。悔しいことに、翼っちには及ばないがな」
「ああ、やっぱり彼女もいるんだ」
「大人気キャラだぞ、彼女は。なにせ、このゲームがランキングトップに浮上したのも、彼女が登場してからでな。当時は多くのプレイヤーが狂ったようにガチャを回し、“翼破産”なんて言葉が生まれたくらいだ。運営も味をしめたのか、イベントごとに彼女のバリエーションが増える始末でな。水着翼っちに、サンタ翼っちに、花嫁翼っち。そして、これが先日のハロウィンイベントで登場した、ロリカボチャ翼っちだ」
　金髪の彼がタップすると、金髪紅眼の少女が画面いっぱいに表示された。頭身はモチーフとなった少女よりかなり低い。背中には蝙蝠の翼が生え、巨大なかぼちゃパンツを履き、髑髏の着いた大鎌を手にしている。
「流石にあざと……、いや、いろいろ詰め込み過ぎじゃなね？　元となった彼女も大概だけど」
「多くのプレイヤーを破産に追いやった魔性のロリだ。完凸するとビキニ仕様になってな、それを見るために、会社を手放した経営者もいるらしい」
「排出率何パーセントだよ。ていうか、本人はこのこと知ってんの？」
「いや。この後、教えに行こうと思っているところ。翼バリーションはコンプ&完凸しているからな。まとめて見せたら、どんなリアクションするか見ものだよな」
「ふ〜ん……」
　しばらく新世界大陸には近づくまいと心に決める黒髪の青年。近くにいたら、巻き添え食って、火ダルマとなることは確実だろう、と。
「勿論、お前もいるぞ。ほれ、☆2クロラット・ジオ・クロックス。サービス開始当初からいる恒常キャラで、主人公なのに☆2。強化立絵なし、モーションも地味で、プレイヤーの間でも空気扱いだな」
「いや、それはいい」
　本当は全くよくないが、あまりに問題だらけで、どこから突っ込んだらいいのか、わからない彼であった。
「まったく、なに考えてんだ、運営は。実在の人物をゲームに使うなんて。本人達に許可は取ってるのか？」
「取ってないんじゃない？　少なくとも、俺は許可求められた覚えがないな。お前のとこには連絡来たか？」
「来るわけないだろう」
　来たら即刻断っていたはずだと、黒髪の青年。
「じゃあ、無許可？」
「だろうな。一人一人契約していたら、莫大な契約金を支払うことになるだろうし。懸命な判断だと思うぞ？」
「どこが懸命だ……」
　全く正気の沙汰ではないと、黒髪の青年。
　無許可で実在の英雄達を登場させるなど、肖像権を正面から踏みにじっているようなものだ。
　運営には最低限の良識がないのか。いや、ないのだろう。それは、これまでの説明からも明らかだった。
「まあ、これが最大のウリってわけだ。今をときめく大世界の英雄達を、自分の駒として使える。これで人気が出ないわけがないだろう？　つーか、出なかったら俺たちの立場がないし」
「俺はこんな二次創作クソゲーに利用されるために、生きてきたわけじゃないんだけどな」
「まあ、そう言うな。これで結構、運営は勉強しているぞ。原作の細かい設定を拾ってきたり、ファンが喜ぶツボを押さえていたり」
「だから原作って俺たちじゃん」
　ため息を吐きながらも、黒髪の青年はふと思う。もしかして、彼のお伴の少女がやっているゲームもこれだったのではないか、と。
　そういえば以前、「ついに自分も水着デビューですよー！」とか、叫んでいた気がする。聞き流すべきではなかったか。
「特に最近導入された、ラブラブ会話モードは好評でな」
「ラブラブ会話モード？」
　またしても出てきた不吉なワードに、眉を顰める黒髪の青年。
「ああ、原作のカップルとか、特定のキャラの親密度をあげると、専用イベントが発生してな。原作でもあったラブラブ会話が再現されるんだよ」
　と、金髪の青年は、黒髪の青年（を模したキャラクター）のアイコンをタップし、それを隣の白コートの少女のアイコンにスライドした。
　すると、

『ラブラブ会話モード発生！』

　愛らしいメロディとともに、ピンク色のロゴが表示された。
　そして、

『やあ、カタナ。調子はどうだい？』
『もちろんさ、クロ君。なんていったって、君がいてくれるからね』

　と、画面に黒いマントを纏ったサングラスの青年と、バケツ帽をかぶった白いコートの少女が現れた。

『だが無理はするなよ、カタナ。君に何かがあったら、僕は生きていけない。君は僕にとって太陽のような女性（ひと）なのだから』
『ありがとう、クロ君。でも大丈夫だよ。私のことは、いつだって君が守ってくれるから』
『当然さ。誰であろうと君のことは、傷つけさせはしない。僕のカタナ。愛しのマイフェアレディ』
『ありがとう。愛してるよ、クロ君』
『僕もだ、カタナ。結婚しよう！』
　ハグする二人の周囲を、ハートのエフェクトが埋め尽くす。

「……と、こんな感じでな。レベル1だとこの程度だが、レベルが上がるごとにラブラブ度も増していってな。レベル10まで行くと、専用スキンとラブラブアイテムが……って、どうした兄弟。顔真っ青だぞ？」
「――――――」
　金髪の青年からの問いかけに、黒髪の彼は即答できなかった。彼は今、胃の奥から押し寄せて来る強烈な吐き気を堪えるのに、精一杯だったからである。
「……なに、今の？」
「だからラブラブ会話モードだよ。原作のラブラブ会話を再現してだな」
「どこが再現だ。こんなおぞましいやり取り、一度もしたことねえよ」
「ないの？　まあ、そこはアレンジを加えたのかもな。お前達は奥ゆかしいところがあるから、少々脚色して……」
「少々じゃないだろ！　こんな名誉棄損があるか。運営している会社はどこだ。今すぐ乗り込んで、サーバーごと消し飛ばして……」
「落ち着け、兄弟。二次創作じゃよくあることだろ？　それに、これで参っているようじゃ、次のイベントでもたないぞ？　なにせ、このラブラブ会話モードが発生するのは、男女のカップルに限らなくてな」
「男女のカップルに限らない……？」
「そ」
　金髪の青年は、再び黒髪の青年のアイコンをタップする。それを今度は自身の、金髪の青年を模したキャラクターのアイコンにスライドした。

『ラブラブ会話イベント発生！』

　愛らしいメロディとともに、今度は黒マントの青年と、金髪の青年が画面に現れる。
　そして、

『久しぶりだね、兄さん。珍しいね、あなたが僕の元を訪ねてくるなんて』
『当然だろう、弟よ。今日はお前の誕生日じゃないか』
『覚えてくれていたのかい!?　嬉しいよ、兄さん。もしかしてそれは、僕が欲しかった古代の魔術書かい』
『誕生日プレゼントだ。受け取ってくれるか、弟よ。俺たち兄弟の絆の証に』
『ああ！　大切にするよ、兄さん！』
　がっしり肩を抱き合う二人の周囲を、ハートのエフェクトが埋め尽くす。

「―――とまあ、こんな感じでな。中にはBL風のイベントもあって、お姉様方にも大好評……って、きたなっ！　何やってんだ、黒鳳！」
「―――うえっ。げぼっごほっ」
　荒い呼吸で黒髪の青年。
　ついに、彼は押し寄せる吐き気を堪えきれず、昼食べたカップ麺を、テーブルの上にぶちまけたのであった。
「な……な……、なんだ、今のは……!?」
「だからラブラブ会話モードだって。懐かしいよな。俺たちも昔はこんな風に誕生日を祝って……」
「おまえと誕生日を祝ったことなんて、一度もねえよ！　つーか、このシナリオ持ちこんだの、おまえだろ！」
「バレた？　まあいいじゃん。おかげで、俺たちの仲はプレイヤーの間でも大好評。俺たちを組ませるために、お前を使うプレイヤーも増えたって話だ。ついでに俺たちを題材にした薄い本も大量生産されているって話でな。ははっ」
「何がおかしいんだ、お前は!?」
　怒鳴りつける黒髪の青年。
　本来なら、すぐにでもネトフォごと、彼の顔面をたたき割ってやりたいところであったが、悲しいかな彼を殺したところで、ゲームが消えてくれるわけでもない。ついでに言うと、ここまできたら最後まで話を聞きだす必要があった。
「そうそう、来月からは年齢制限イベントも解放されるって話だ。その名もラブラブ会話モードアダルティ版といってな。アンケートで人気上位だったカップルから順に、よりラブラブでアダルティなイベントが追加されるそうだ」
「よりラブラブでアダルティ……」
「で、喜べ兄弟。記念すべき第一弾は、お前とカタナちゃんカップルに決まったそうだ。すでにサンプルCGも来ているぞ。なかなかきわどいよな。カタナちゃんよりお前の方が」
　見れば画面には、半裸になった黒髪の青年のCGと『アダルティ版、来月解放予定』とのメッセージが表示されていた。
「……いや、なんで俺とカタナなんだよ。今、人気順って言っただろ。俺は人気ないんじゃなかったのか？　こういうのは、剣太郎×翼あたりから始めるのが普通だろうが」
「うむ。そこは金を使った。先月のアンケート時に、大量のバイトを雇ってな。お前とカタナカップルに組織票をぶっ込んだんだ。ネット工作もやったぞ。俺の部下千人、PCルームに監禁して」
「……」
「連中には恨まれたがな。その甲斐あって、お前とカタナちゃんカップルをトップにねじ込むことに成功した。喜べ、兄弟。運営もこの結果を受けて、夏イベントも水着カタナ（☆5）でいくことに決めたそうだ。イベントにはお前も出るだろうし、そっちの方でもラブラブトークが楽しめるかもな」
「―――」
　それには応えず、黒髪の青年はソファの下の収納を開いた。中には彼には不似合いな大きさの、旧世界大陸製のレーザーマシンガンが入っていた。さほど銃器の扱いは得意でない彼ではあるが、今の彼の怒りを表現してくれる獲物は、これぐらいしかなかった。
「で、一応最後に聞いておくけど、結局あんたの用件はなんだったんだ？　何か重要な用件があって、ここに来たんじゃなかったのか？」
　安全装置を解除しながら黒髪の青年。そんな彼の問いかけに、
「おお、そうだった。用件というのはまさにそれでな。アンケート工作するのに、金を使っちまって、夏イベント用に溜めていた資金もなくなっちまったんだ。これじゃあカタナちゃん（水着）を引けない。
　というわけで、金貸してくれよ、兄弟。お前が帰ってくる前に、金目のものは売っ払っといたから、あとは貯金と次の依頼料全部な」
　そう言って金髪の青年は、さわやかな笑顔で右手を差し出すのであった。

　直後、黒髪の青年のマシンガンが火を噴いた。金髪の青年の座っていたソファが吹っ飛び、中の羽毛が部屋中に舞い散る。
　リビングの家財道具一式が瓦礫と化すのに、5分とかからなかった。