「しかし、世の中の流行り廃りってやつは分からないもんだよなあ、兄弟」
 そう、灰色のソファに腰掛けながら、金髪の青年は呟いた。
「ありえないと思っていたものが、気がつけば常識となり、これだけは変わらないと思っていたモノが、いつの間にやら過去の遺物と化している。人間の本質自体はそう変わらないってのにな。何故かな?」
 そう言って、ティーカップのお茶を飲み干す彼に、
「何故かな、じゃねえよ。俺が一番わからないのは、なんで今、おまえがここにいるのかだよ」
 そう、睨みつけながら言ったのは、リビングの入口に立つ黒髪の青年であった。
「なに人の家のリビングで寛いでいるんだよ。なに呑気に紅茶飲んでいるんだよ。大陸の戦争はどうしたんだよ。そもそも、どうやってここを突きとめたんだよ」
 とある仕事を済ませ、アジトに帰還した黒髪の青年、通称“先生”。
 そんな彼を出迎えたのは、彼がこの世で最も会いたくない、しかし一刻も早く見つけて始末したい、血を分けた彼の兄弟であった。
「次、俺の前に姿を見せたら殺すって言っといたよな? 自殺願望? この場合は他殺願望か? まあいいや。死ぬならどっちで死にたい? ナイフ? 銃弾? どっちにしろ、まずは肺にぶち込むけど」
「うわあ、苦しめながら殺す気満々じゃん。まあ、そうカリカリするなよ、兄弟。今日は戦いに来たわけじゃないんだ。俺だって、お前と殺し合うなら時と場所を選ぶ。今日ここに来たのは、お前に頼みごとがあってだな」
「聞くつもりないから、帰れ。いや、帰らなくていいから、まずはソファからどけ。そのソファ、今やっている仕事の依頼料の担保なんだよ。お前の血で汚そうものなら、こっちが弁償する羽目になる」
「だから話を聞けって。今回の依頼は特別でな。放置しておくと、世界そのものを揺るがす大事件に発展しかねない。
 しかも、お前にも関係のある話だ。お前だけでなく、お前の彼女のカタナちゃんにもな」
「カタナに……?」
 眉を顰めつつも、ナイフを引っ込める黒髪の青年。
 そんな彼に、
「まあ、まずはこれを見ろ」
 金髪の青年は懐から取り出した、黒い携帯端末を差し出した。
「なにが悲しくて、お前のネトフォなんか……。って、おまえネトフォ持っていたんだな。てっきり大陸では、まだガラケーが主流かと思っていた」
「大陸の文明レベル舐めているのか? 大陸のネトフォ普及率はとっくに9割超えているよ。そういうお前こそ、ネトフォ持っているのか? 黄金の夜事件のときはガラケー使っていたよな?」
「あれは戦闘中壊れないよう、あえて使っていただけ。頑丈だし。暗黒シティでもとっくに、大多数がネトフォに切り替えているよ」
「そうなの? いつからそういう設定になったん?」
「最初からそういう設定だよ」
「ふ〜ん? まあ、いっけど」

 余談だが、ネトフォというのはこの世界で普及している、多機能携帯端末のことである。パソコンと電話の機能を併せ持つ携帯端末。わかりにくければ、スマホと置き換えてもよい。

「ともかく、お前もネトフォ持っているならゲームアプリの一つや二つ、ダウンロードしているだろ? つーか、どんなゲームダウンロードしているんだ? 聞かせろよ」
「いや、してないし。俺はネトフォゲーに限らず、ゲーム全般やらないから」
「うそだろ? ガキの頃はあんなにどハマりしていたのに。いつからゲーム否定派になったんだ? 街を救った英雄様は、ゲームなんて低俗な娯楽は卒業しましたわってこと?」
「違うっつーの。否定派にもなってない。ただ以前、ゲーム絡みの事件で酷い目にあって、もうゲームはこりごりってだけ」
「ゲーム絡みの事件? ああ、魔王事件だっけか。都市一つが丸ごとゲーム化したっていう。お前が解決したんだっけ?」
「なんで知ってんだよ……。いや、解決したのは俺じゃないけど。まあ、きっかけとなった事件はその通り。あの事件以来、コントローラーを握るだけで、蕁麻疹が出ちまうんだよ」

 苦々しい表情で黒髪の青年。実際、彼にとってそれは、思い出したくない記憶の一つであった。

 街そのものがゲームに飲み込まれた奇怪な事件。
 欲望と命を天秤にかけたそのゲームに多くのプレイヤーが挑み、その大半が生還叶わず、電子の海へと消えていった。
 物理法則だけでなく、個人のステータスまで書き換えられたゲーム世界においては、彼の頭脳も十全の力を発揮できず、生還できたのは運に助けられたおかげといってよい。

「ふ〜ん? なにやらその事件にも興味が沸いてきたが……。まずはこっちの話を済ますか。そういう事情なら知らんかもしれんが、最近ジ・ワードで流行しているゲームがあってな。GWGってソシャゲなんだけど。ソシャゲについての説明はいるか?」
「いらないよ。基本プレイ無料のゲームサービスだろ。課金することで、アイテムを手に入れたり、キャラクターを強化できるっていう」
「多少偏見が入っている気もするが、まあいいだろう。ていうか、やっぱりDLしたことある?」
「だからないって。プレイしているのはグレイナインの方。最近、彼女が熱中しているようでね。彼女を通じて、いろんな情報が入ってくるだけ」
「なるほど。彼女は好奇心旺盛だからな。ソシャゲにも手を出していたか。
 しかし、意外だな。お前は止めなかったのか? てっきりお前は、彼女が漫画やゲームといった、世俗の趣味に嵌まっていくのを、良しとしないと思っていたが」
「全然? そうやって彼女が世俗に馴染んでくれるなら、良いことだろ。ついでに冒険や英雄といった、幼稚な夢物語から醒めてくれるなら、なお良い」
「ふうん? まあいいや。ともかく、これがゲーム画面でな」
 そう言って、画面をタップする金髪の青年。すると、高らかなファンファーレと共に、ポップな青いタイトルロゴが表示された。
「ジ・ワードGO……?」
「そ。正式タイトル、ジ・ワードGO。最近、主要大陸で流行している、ネトフォ用ゲームだ。登録者数トップ。売上トップ。月間新規登録者数トップ。開始一年でアニメ化、書籍化、映画化、コンシューマー化まで決まっている、化け物コンテンツだよ」
「ふうん? しかし主要大陸で流行って、どういう仕組みで運営しているんだ? 大陸間ネットワークは、未だ壊滅状態だろうに」
「さてな。俺たちの知らないところで、誰かが次世代衛星でも打ちあげたのかね」
「まあ、いいけど……。結局、用件はなんなんだ? まさか、流行りのソシャゲを見つけたから紹介に来た、なんて言わないだろうな」
「いや、そうだけど? 俺も始めて半年ほど経つんだが、これがなかなか良くできていてな。新規プレイヤーを招待すると、レアアイテムがもらえるっていうから、お前にも始めさせようと思って……。おいおい、ナイフに手を伸ばすな、兄弟。それも用件ではあるが、それだけじゃない。お前に関係のある話はここからだ」
 そういって、再び画面をタップする金髪の青年。すると、画面が石畳の広場へと切り替わり、右端からディフォルメ調のキャラが3体現れた。
「これは、戦闘画面?」
「そ。対戦モードだ。ストーリーモードもあるが、このゲームの場合こっちがメインだな。育てたキャラを、プレイヤー同士で戦わせるんだよ」
 間もなくして、反対側の端から、新たに3体のキャラが現れる。
 右手に3体。左手に3体。ファンファーレとともに、キャラクター達が戦い始めた。
「勝利するとポイントがたまる。一定のポイントがたまれば、報酬がゲットできるわけだ。さらに期間内でランキング上位に入ったプレイヤーには、限定キャラが配布されてな」
「ランキング上位プレイヤーに限定キャラ、ねえ……」
 トラブルの種にも思えるが、気にする程でもないかと黒髪の青年。是非はともかく、今更珍しいシステムでもあるまい、と。
「しかし、これが人気ゲームなのか? 正直グラフィックといい、システムといい、そこらのゲームと大差がないような」
 彼自身、お伴の少女にいくつかゲームを紹介されてきた。その中には、見栄えだけなら、これより優れたゲームがいくつかあったはずだ。
「良い指摘だな、兄弟。お前の言う通り、単純にゲームとしての出来なら、このゲームは並みもいいところだよ。グラフィックも普通。システムも普通。ついでに言うと、石の配布もショボめでな」
「じゃあ何が人気なんだよ。ゲームとしてもサービスとしても普通なら……。人気が出たのは、シナリオか?」
「いや、シナリオも普通だな。つまらないとまでは言わないが、特別面白いってほどでもない。強いて言うのなら、ノンストレス? 内容もよくある、実際の英雄をモチーフにしたキャラクター達とともに、魔王を倒そうって話だし」
「実際の英雄をモチーフに? それはいいアイディアじゃないのか?」
「最初にやったのなら、な。しかし、このアイディア自体は余所のものだし、亜流も出尽くしている。ジ・ワードGOは後発もいいところだ。“そのまま、それだけ”で人気を取るのは難しかっただろうな」
「じゃあ、何で人気が出て……って、なんだこれ? 画面の下をメッセージが流れて?」
 見れば、戦闘画面の下に表示された細長いウインドウの中を、高速でメッセージがスクロールしていた。
「これはもしかして、チャット機能?」
「御明答だ。このゲームの特徴の一つでな、対戦中のプレイヤー同士、リアルタイムでやり取りができるんだよ」
 いつのまにやら、金髪の彼はネトフォを持つ手と反対側の手で、無線ホログラムキーボードを打っていた。
「いや、対戦中のチャットって……。大丈夫なのか?」
「なにが?」
「なにがって……」
 いうまでもなく、SNSはマナーのいい人間だけではない。ましてやゲームに熱中しているプレイヤーともあれば、尚更だろう。
 案の定、チャットを追っていくと……

  クロラット【あなた】
うっわ。お前のキャラ弱すぎwww
スキルの付け方下手過ぎwww
もしかして新人さん?
     
  ドラゴンウイング【対戦相手】
ふざけんな
お前のダメージの出方おかしいだろ
データいじってるだろ
     
  クロラット【あなた】
いじっていませんーーーwwwww
君のキャラが弱すぎるだけですーーーwwwwww
気分いいからスクショ晒しておくわ
     
  ドラゴンウイング【対戦相手】
調子乗るなよおまえ
住所教えろ
●しに行くから
     
  クロラット【あなた】
来れるもんなら来てみればwwwwwwwwwww
来たところで返り討ちだけどwwwwwwwwwww
ゲームでも現実でも俺にボロ負けwwwwwwwwwwwwwww
     

 と、見るもおぞましいやり取りが繰り広げられていた。

「いや、なにやってんだよ。なに煽ってんだよお前。お前にはSNSのマナーってものがないのかよ」
「そうか? これくらいSNSじゃ普通だろ」
「どこがだよ。つーか、なに人の名前と顔、使ってんだよ。喧嘩するなら自分の顔でやれよ」
「だって俺有名人だし。顔バレしたら、なにされるかわからないじゃない。俺の周りにも迷惑かかるかもしれないし」
「だからって俺を使うなよ。つーか、こんなクソコメ連投して、運営から追放されないのか?」
「されないんじゃない? 俺は一年近くこのスタイルでやっているけど、警告すらされたことないぞ? 俺より口の悪いプレイヤーも大勢いるし。でも、BANされたプレイヤーなんて、聞いたことがないなあ」
「なんだそれ。運営はこの地獄を放置する方針なのか?」
「でもアングラチャンネルでIPは晒されていたぞ。お前のメアドと、このアジトの住所も」
「最近、やたら脅迫状やパンフレットが届くようになったのは、お前のせいか!?」
 対応に追われ、いよいよ引っ越しを検討中の彼は、思わぬ元凶に目を剥く。
「よし、俺の勝利! いや、余裕だったな。先月、輝目良に頼んで、クエスト周回してもらった甲斐があったわ」
 一方、金髪の青年は、そんな彼に目もくれず、目の前の勝利に喝采をあげるのであった。
「さ〜て。じゃあ、どのキャラクターをいただこうかな? やっぱりイベント限定キャラが欲しいところだけど」
 そして、そう言って、改めてネトフォの画面を覗き込むのであった。
「は? 今、何か不吉なこと言わなかったか? キャラクターを……いただく?」
「言わなかったか? この対戦モードでは、勝者が敗者のキャラを奪えるんだよ。対戦中のダメージに応じて」
「奪えるって……。このゲーム、課金ゲームだよな? 何万、下手したら何十万かけてキャラを育てたプレイヤーもいるんじゃないのか?」
「いるだろうねえ。かくいう俺がそうだし」
「そういうキャラも奪えるのか?」
「もちろん。そもそもこのゲームのキャッチコピーからして『君は自分が課金したキャラを守りきれるか?』だし」
「……最低の売り文句だな」
 ゲームの悪辣さに舌を巻く黒髪の青年。
 先程まで、ちょっとタチの悪いゲームだな、くらいに思っていたが、どうやらそんな次元ではないらしい。
「奪われるのを拒むことはできないのか?」
「できなくもなくもないが、距離次第だな」
「距離次第?」
「このゲーム、ジ・ワードのマップアプリと連携していてな。登録中のプレイヤーの居場所が分かるんだよ」
「プレイヤー同士の居場所が、わかる……」
「プレイヤー同士の距離が遠ければ、ブロックできることもあるんだけどな。近づくほど拒むのが難しくなる。だから、どうしても欲しいキャラがいたら、相手の近くまで赴いて、対戦を挑むのが基本スタンスよ」
「何それ。運営は鬼か悪魔か?」
 キャラを奪い合え、プレイヤー同士の居場所が分かる。これではプレイヤー同士のリアルファイトを煽っているようなものだ。
「すでにサービスの裏で何人か死んでいるんじゃ……」
 そう思う一方で、なんとなくこのゲームの人気が出た理由も理解できてしまう、黒髪の青年であった。
 以前、知り合いである市長に聞かされたことがあったのだ。人の狂気は金になる、と。
「よくサービス終了にならないものだな。こんなの業界荒らしもいいところだろう。流通や余所の運営は黙っているのか?」
「すでに大陸間ソシャゲ協会が声明を出していたな。このようなゲームは、プレイヤーとメーカー間の信頼を崩す。すぐに運営方針改めるようにと」
「で、運営は?」
「『話は分かった。いくら欲しい?』だったかな?」
「完全に暴走しているな……」
 呆れつつも、終わりは近いだろうと予測する黒髪の青年。
 いかに人の狂気につけ込み、一時的に儲けたとしても、こんなゲームが長続きするはずがないからだ。
 狂気というのは、あらゆるものを巻き込み、最終的に破滅へと向かうもの。
 問題は、その破滅がどのような形で、どれだけの人間を巻き込むかだ。できればその時、このゲームとは距離を置いておきたい。
(よし……)
 ならば、さっさとこの話題はきり上げるべきだろう。そのためにもいち早く目の前の男を、このアジトから叩きだすべきだ。
 そう、決意を新たに、再びナイフに手を伸ばす青年。
 しかし……、

「よし、決めた。相手の☆5、ヴィオレッタ・ザ・カーストーンをもらうとするか!」

 その決意は、ほんの数秒固めるのが遅かった。