「―――――!?」
 驚き振り返ると、100mほど先にある入場ゲートの暗闇に、いつの間にやら何者かが立っていた。
「往生際が悪いねえ、グレイナイン。この前あんなにコテンパンにしてあげたのに、まだ心が折れていなかったなんて」
 声からするとおそらく女性か。その誰かは笑いながらドームに足を踏み入れる。
「な…………」
そうして光に照らされ露わとなった彼女の姿を見て、自分は絶句した。
「あなたは………」





 一言で言い表すのなら、その姿は“異形”。
 全身を包む黒き包帯。道化を思わせる赤い鼻。小柄な体躯には不釣り合いな巨大な腕。
 長めの前髪からのぞかせる真白き顔だけは、美しく整ってはいるのだが、それがなおさら彼女の不気味さを際立たせていた。
「………やはり、来ていたのですね。ラビリンス」
 険しい声で黒マントの少女。
「もちろんだよ。君の行く先には僕があり、僕のいるところに君は来る。それは前回教えたはずだろう?グレイナイン」
 にやにや笑いながら異形の彼女。
 どうやら二人は顔見知りらしいが、それが友好的な関係でないことは、少女の険しい表情からも明らかである。
 いったい彼女は何者なのか。何故だか、妙な違和感があるが………。
「とはいえ驚いているのも事実なんだけれどね。まさか前回あれだけの目にあって、本当に生き延びているだなんて。いかに“記憶にある”とはいえ半信半疑だったよ」
 ………彼女の言っているのかわからないが、それでも危険な存在だということだけは、嫌でも理解できた。
 彼女が纏うREIの波動はあまりに不吉すぎるのだ。
 それは喜び、悲しみ、怒り、苦しみ、あらゆる感情がごちゃ混ぜになったかのような、暗く混沌とした波動。
 いったいどのような心の在り様があれば、あのような波動を放てるのか。もしや目の前の彼女は、心そのものが壊れているのではないか。
「………それで、やっぱりそこのセブン“兄さん”を仲間に引き入れようというわけか。SIDE:Cの因子を取り入れるために?まったく懲りないものだねえ、君は」
 ここで、初めて自分に視線を向ける彼女。その値踏みするような視線にゾクリと悪寒が走る。
「なんとでも言ってください。ぼくはあなた達には負けない。そのためならばどのような手段を使うこともいとわない」
「ふ〜ん?でも無駄なことなんだよねえ。だって、あるんだよ。僕にも、“彼と出会った記憶”が」
 それを聞いて、ピクリと頬を痙攣させる黒メガネの少女。
「ゆえにその最後も知っている。なんなら教えてあげようか?そこの彼がどのような最後を迎え、死に際になにを言い残したのかを」
「黙れ!」
 怒鳴りつける黒マントの少女の声に、周囲の大気が震える。
 彼女がこんなに感情をあらわにするのは、これが初めてであった。故に、その横顔をまじまじと見てしまい、
「あ……………」
 それで、先ほどから抱いていた違和感の正体に気付いてしまった。
「似ている………」
 そう、似ていたのだ。誰がって、目の前の少女と、あの異形の彼女がだ。
 容姿も雰囲気も全く異なる二人なのに、何故だろう。その根っこの部分がとてもよく似ているように思えた。
「どんなにあがいたところで無駄だよ、グレイナイン。君はあがけばあがくほど深みにはまっていくだけ。そうしてあらゆる苦難と絶望を味わった挙句、僕というゴールに辿り着くのさ」
「黙りなさい。もうあなたの世迷いごとには惑わされません。所詮あなたは大切なものを全て見失った、醜悪なガラクタにすぎない」
 そういって彼女が懐から取り出したのは、先ほどマスターたちを送り出した秘宝の鍵の一つ、真夜の鍵であった。
「それは……」
「ならばぼくの手であなたを終わらせてあげます。そしてあなたとともに出来損ないの未来も変えてみせます」
 瞳に決意をみなぎらせる彼女に対し、
「健気だねえ。でも無駄さ、グレイナイン。君がいかに大英雄としての素質を持っていようと、君ひとりでは運命は変えられない。エト=アイルやクロブレイド亡き今、君に暗黒シティを救うことはできない。それは………、このぼくが誰よりも知っているのさ!」
 高笑いしながら異形の彼女。その地獄の底から聞こえてくるような笑い声に背筋が震える。
「だから早く、こっちに来るといいよ、グレイナイン。それを………、“この人”も待ち望んでいるよ」
 そういって彼女は背後の暗闇に目を向けた。
「え…………?」
 気が付けば彼女の背後には、いつのまにか新たな人物が立っていた。


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