私が目覚めたのはほんの1時間前のこと……。 「カタ……ん。カ…ナさん」 暗闇の中で、誰かが呼びかける声が聞こえた。 「目を覚ましてください、カタナさん。あなたの力が必要なんです」 気が付けば目の前に誰かが立っていた。 くせ毛だらけのヘアスタイル。馬鹿丁寧な物腰。 「クロ……くん?」 呼びかけて、しかし別人だと気付く。 「あなたは………?」 メガネをかけた白髪の少年。似ているようでいて、細部がいろいろと違った。 「お初にお目にかかります。カタナさん。僕の名はラット。かつて彼の友人だったものです……」 きれいにお辞儀をしながら白髪くん。 紳士だ!それはクロくんができそうでやらない、女性を立てる立ち振る舞い。 「今日この場に現れたのはあなたを導くため。しかし光栄です。このような形とはいえ、あなたのような麗しいお姉さんに出会えるなんて」 ………………しかし、この幼さでこの女慣れしすぎた感じはどうなんだろう?根拠はないが、クロくんの女ったらしのルーツはこの子にある気がする。 「でも、そっかあ。そうなると君が……」 クロくんのかつての友人、と聞いて思い当たるのは一人だった。ラットという名前にも憶えがある。 「ラット=アンダクルスターJr.くん………。私の先輩」 クロくんのかつてのパートナーだったという白髪の少年。クロくんは語ることはなかったが、実は勝手に調べてあった。 尤も彼に関するデータはほとんどが破棄されており、わかったのは市長の息子であることと、すでに故人であることくらい。 つまりまあ、その彼が私の前に現れたということは……、 「要するに私は、死んでしまったということかな?」 蘇る戦場での記憶。胸から飛び出た黒いナイフ。背後に立つもう一人のクロくんが………。 「や。今にして思えば、クロバード君だったわけですが」 どうやら、私は彼に殺されてしまったらしい。 「ドジ踏んだなあ。彼の存在には気をつけろと、散々クロくんから注意されていたのに……」 本当にもったいない、でなく申し訳ない。肝心の時彼の役に立てないなんて。 「いいえ。あなたは死んでいませんよ、カタナさん」 「死んでない?」 いったいどういうことだろう。 確か思いっきり心臓を貫かれたと思うけど。普通心臓を刺された人間って即死するものだよね? 「それが闇夜の鍵は“切れ味の鋭さ”が特徴でして……。そもそも殺傷用のアイテムではないんですよね、あれ。ですから慎重にやりさえすれば、心臓を傷つけずに貫くということも可能というか……」 それはどんなリアルマジックだ。心臓を傷つけずに貫ぬくナイフとか、通販包丁もびっくりの切れ味だ。 「実際手品師のような家系ですからね、彼のところは。彼のお兄さんなんかもっととんでもないことをやらかしていましたよ」 ………いや。クロくんに兄がいるということ自体初耳である。あの野郎、私に説明するのが面倒で黙っていやがったな………。 「話がそれました。ともかくあなたの肉体は無事だということです。ただ問題は魂の方でして。彼の一刺しのショックで、あなたの魂は肉体とわずかに剥離してしまったんですね。このままではあなたは体を動かすどころか、五感を通じて外界を把握することもできません」 つまり、今の私は肉体の周囲を漂う不幽霊のようなものか。まずいなあ。それ魔道霊障の中でも一番やばい症状じゃなかったっけ。 「打つ手がなかったクロくんは、あなたをコールドスリープにかけました」 なるほど、コールドスリープか。言われて見れば気持ち肌寒い気がしなくもない。 しかし、コールドスリープ………。なんだろう。何か引っかかる気がする。 「ともかく、私が目覚めるためには肉体と魂の回線を修復しなければならないわけか。でも困ったなあ。あいにく私には心霊治療の心得はないし……」 魔道コンピューターさえあれば手があったのかもしれないが、あいにくそれすら使えないのが現状だ。下手すると私、永遠にこの暗闇を彷徨い続けるのか? 「大丈夫ですよ、カタナさん。そのために僕はここへ来たのですから」 と微笑みながら右腕のシャツの裾をめくる白髪くん。 同時に輝く彼の右腕。 「それは……」 その暗闇を喰らうかのような雄々しい輝きには見覚えがあった。 「支配者の右腕……」 「その通りです。先ほど父さんが貸してくれたんです。これを使ってあなたを助けなさいって」 市長が私を助けろって?はて。私彼からは特に嫌われていなかったっけ……。 しかし成程、万物を制御するという支配者の右腕ならば、肉体と魂の再接続くらい造作もあるまい。 これなら私は蘇ることができる。もう一度彼のサポートにつける。きっと、彼の役に………、 「立てる………………、のかなあ?」 思わず首をかしげる。 「カタナさん?」 「いや。蘇れるのはうれしいんだけれどね。今更私にできることなんてあるのかな?」 なんかもう最終決戦っぽいし。むしろ彼の足を引っ張ることになる気がする。 ………いや。それを言い出したらそもそもこの一年間、私はどれだけ彼の役に立ててきたのだろう。 散々我儘を言い倒し、戦闘ではろくに役に立てず、足を引っ張りつづけてきただけではなかったか。 「それに戦闘だったら、ヴィオちゃんやトモエちゃんの方が得意だしねえ」 そう。彼の周りには強くて頼りがいのある女の子たちがいっぱいいるのだ。しかも、みんな美人だし! 私なんて彼女たちの中では下の下もいいところ。正直彼女たちと組んだ方がクロくんは黄金の夜に辿り着けたのではないかと、何度思ったかしれない。 「そんなことはありませんよ、カタナさん。クロくんのパートナーはあなた以外考えられません」 と、首を横に振って白髪くん。 「なるほど。確かに戦闘という点に限って言えば、あなたは他の彼女たちに及ばないのかもしれませんね。でも、それって大事なことですか?戦闘能力なんて言い出したらクロくんだって問題だらけだし………。でもいいじゃないですか。お互いがお互いでいいと思えるならば。弱い者同士、手を取り合って夢をかなえるだなんて、美しいことだと思いますけど」 静かな口調には、強い確信が込められているように思えた。 「それに戦いだけがすべてじゃないでしょう?黄金の夜事件は間もなく終わります。戦い以外にもやらなければならないことが増えるでしょう。そういう時必要なのが、あなたのようなパートナーなんです。互いがこの人だと思えて、ずっとやっていけるパートナーが……」 「ずっと、やっていける?」 その言葉に虚を突かれる。 ずっとって私とクロくんがだろうか?でも、それは……。 「違ったのですか?てっきりあなた方は結婚でもするんじゃないかと思っていたんですがね」 「結婚!?」 な、なにを言い出すのだろう、この子は。結婚って私とクロくんがか? いやいやありえないだろう、それは。正直全くイメージが浮かばないし……。 そもそも結婚なんてロマンチックなものは私には縁のない話……、と思ったところで、すでに二回も経験済みだったことを思い出す。 「まあ、あれは結婚といっていいものか、怪しいものだったけれど」 毎日サンドバッグにされただけだし。何度も首絞められて死にかけたし。 でもまあ……、要するに私はそんな女である。結婚とか恋愛とか、正直私にはよくわからない話。 レイピア姉さんの……、いや、彼女だけが原因というわけでもないか。いくつかの”経験”で私の感性は壊れてしまったのだろう。 クロくんだって、そんな女と一緒にいたいとは思わないはずで……。 「そんなことはないですよ、カタナさん。彼はあなたを必要としています」 諭すように白髪くん。いや、何故彼はここまで私を推すのだろう。 「だって、あなたといる時の彼が一番………、楽しそうでしたから」 「楽しそう?」 またも首をかしげる。 だって、そんなことはなかったはずだ。 私といる時のクロくんは、いつも怒ったり泣いたりで大変そうだった。きっと内心では、一刻も早くパートナーを解消したいと思っていたのではあるまいか? 「そんなことはありません。楽しそうでしたよ、彼は。気付かなかったのはあなたと、そして彼自身だけです。周りの人たちはみんな気付いていました。だからこそヴィオさんはあなたに彼を譲った。父さんは支配者の腕を貸してくれた。そして僕は、あなたを助けるためにここへ来たんです」 そういって右腕を私の胸にあてる白髪くん。 輝きが空間を光で満たす 「あなたは彼に必要な人です。あなたがいないと彼は悪い方へ悪い方へ進んでしまう。彼を魔王の影から救うには、黒之葛の闇から導くには、青空のように澄んで、太陽のような輝きを内に秘めるあなたの存在が必要なんです」 手の平から流れ込んでくる光と熱。それが私の魂と肉体の回線を修復していく。 「だからもう一度立ち上がってくださいカタナさん。そして僕達の代わりに彼を導いて……」 そう言う白髪くんの背後には大勢の人たちが立っていた。それはヴィオちゃんだったり、市長だったり、多分、クロくんが関わってきた大勢の人々。 彼らは何かを託すかのように強い視線を私に向ける。 「そう、言われてもね」 はっきり言って自信はない。 そもそも彼のいうことは希望的観測が込められすぎていて、私を過大評価しすぎもいいところだ。 「でも……」 だからといって、ここまでしてもらってなお腑抜けているほど、腐った覚えもない。 私だってこの一年でそこそこの根性は身につけたつもりだ。 チャンスをもらえるというのなら生かすまで。彼といられるのなら喜んでその隣に居座る。 それが私の唯一の望みにして、存在意義なのだから。 「それに……………」 いつだかの夕暮れを思い出す。 そういえばまだ私の願いはかなっていないのだ。 「そう。せめて、それまでは……」 光に消えゆく白髪くん。その笑みに別れを告げる。 そうして私はもう一度だけ…………… ・ ・ ・ ・ カタナ=シラバノの生体波動に回復の兆しあり。これより急速解凍モードへ移行する。 1000・999・998・997・996……… |
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