一度だけ、彼に尋ねたことがある。
 それは彼とコンビを組んで何年か経ったある日のこと。

 彼と出会ったのは偶然で、まあ計画的に近づいてきたのは見え見えだったけれど、黄金の夜を一緒に探さないかと誘われ、まあ暇な時ならいいのかなと深く考えずに受け入れた。
 さして本気ではなかったと思う。冒険よりも仕事を優先することも多かったし。
 ただそうやって何年か過ぎたある日、漠然と疑問に思ったのだ。
 だから何となく尋ねてみた。
「なんで、クロくんは私をパートナーに選んだの?」
 そう、夕暮れの教室で。

 目をまばたきさせてクロくん。一瞬虚を突かれたようだったが、間もなくああと微笑んで、

「そりゃ決まっているでしょ。君がお金持ちで、自分というものがなくて、利用しやすそうで、使い捨ててもぼくの良心が傷まない、どうしようもなくつまんない女だからだよ」

 そう、一息で言い切った。
「いや、ぼくとしても他にあてがなかったわけじゃないんだけれどさ、どうせ使い捨てるなら、気兼ねなく後腐れのない女の方がいいじゃない?」
「……………そう、だね」
 正直頷くしかなかった。
 だってあまりにその通りだったから。
 確かに私は自分がなくて、資産家で、姉さんたちから言われたことは何でも聞くお人形さんで、なるほど利用するうえでこれほど都合のいい女は他にいまい。

 でもさ…………、そこまで言うことはないじゃないか。
 私にだっていろいろ事情があるんだ。苦労しているんだ。
 君だって私のことは知っているだろうに………!

「ま、せいぜいこれからもぼくの役に立ってくださいね。カタナさん」
 そう肩をたたいて教室から出ていく彼の背を、私は追うことができなかった。
 できたのは黙ってうつむいて、拳を握りしめることのみ。
 この感情はなんなのか。わかったのはだいぶ後になってから。
「………いいさ。そこまで言うのなら、面白いパートナーになってあげようじゃないか」
 自分でも初めて出す、恐ろしいほど冷たく低い声。
「これからもよろしくね、クロくん」
 自然と唇の両端が吊り上る。

 この日、私は生まれて初めて“悔しい”と思ったのだ。
 仕事よりも姉さんよりも、彼を優先するようになったのはこの日から。
 無論今でも彼の言葉を許してなどいない。
 彼が面白いパートナーだと認めてくれるまで、その存在を魂に刻み込むまで、私の復讐は続くのである。

 ただ……、何故わざわざ彼があんなことを言ったのかは、今でもよくわからない。

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