「そう、来ると―――――」 それは、いったい誰の声だったか。 「思ってましたよ、怪盗魔王さん!」 がしりと、クロラット【怪盗魔王】の肩をつかむ誰か。 「お前は……」 掴んだのは他でもない、先ほど目の前で死んだはずのクロバード。 その焼け焦げた左腕が、クロラットの肩をしっかりと握りしめる。 「絶対こう来ると思っていた……。もしクロバードの体が使い物にならなくなれば、必ずお前はぼくを狙って来ると」 クロバードの胸には変わらず真夜の剣が突き刺さったまま。 しかしその宝玉が微かに輝いているのを見て、クロラット【怪盗魔王】は全てを理解した。 「まさか……、クロバードの体を乗っ取ったのか……!?クロラット=ジオ=クロックス!」 乗っ取ったとは人聞きの悪い。もとよりこの体は俺のものだ。 しかし、そういうことである。 先ほど俺は、真夜の剣にありったけの魂をこめ、クロバードの体に突き刺した。 剣が刺さっているのは心臓より、ちょい右。致命傷一歩手前ではあるが、今うごければとりあえず十分。 クロバードの魂は衰弱していたので、俺の魂がこの体を占拠できるのは当然のこと 他人の体を乗っ取るのに、どのようなリスクがあるかは定かではないが、もとよりこの体は自分のもの。リスクなどあるはずもない。たぶん。 「白夜の鍵、パージ!」 俺の呼びかけに応じ、胸に突き刺さった真夜の剣から白き鍵が零れ落ちる。それを右手で受け取り、クロラット【怪盗魔王】の胸に突き刺す。 「ぐっ!」 白夜の鍵の退魔能力。それが影をクロラットの体に縫い付ける。一方で奴【クロラット】の右肩に突き刺さったままの闇夜の鍵を引き抜いた。 「があっ!」 「もうこの中に逃げ込まれてはかないませんので……」 遠くに鍵を放り投げる。 「おの、れ。クロバ、クロラット……」 一歩下がるクロラット【怪盗魔王】。だが逃がしはしない。 「陰陽結界“玄武”起動!」 なけなしのREIを白夜の鍵を通じてクロラットの体にぶち込む。 「これは……!?」 発光するクロラットの体。その体を包み込む無数の魔法陣。 これで奴は動けない。 「ハマンさん仕込みの結界魔法です。あらゆる霊的存在の通過を遮断するそうで」 走り出す直前、背後のハマンさんに仕込んでもらったものだ。奴からは死角になって見えなかっただろう。 目的は無論、外側からの攻撃を防ぐため……ではなく、内側から奴を逃がさないため。 「もう一つ……、紅忍法爆砕の術!」 俺の号令とともに、クロラットの背部が赤色の輝きを放つ。 「なんだ……!?」 光に反応し振り向くクロラット【怪盗魔王】。 その背中には一本のくないが突き刺さっていた。 「これは……!?」 「サヤさん仕込みの“爆砕の術”です。刺さったくないから大量の魔法火薬を流し込み、あとは発火するだけで対象物を粉々に吹き飛ばすのだとか」 これも背後にいたサヤさんに仕込んでもらったものだ。 顔見知りにためらいなくくないを突き刺せるサヤさんマジおっかないが、その容赦のなさは実に頼もしくもある。 これで、準備は整った。 クロラットの体に入り込んだ怪盗魔王。 そしてそんなやつを逃がさないための結界魔法。 俺の体ごと奴を消し飛ばす爆砕のくない。 そして奴に突き刺した白夜の鍵。 すべてはこいつを仕留めるため。 もう絶対に、逃がさない。 「くっ、まさか、俺は……」 ついに自身の過ちに気付く怪盗魔王。 「自ら罠に飛び込んでしまったということか!?」 その通りである。 高速で飛び回るクロバードに、結界や術をかけることは困難だろう。 ならば俺自身に罠を施し、奴自らから飛び込んでくれるのを待った方が早い。 あとは火種を放るだけ。それで爆砕の術は発動する。 「灰色の聖書2章5節 獄炎より蘇りし鴉、その鳴き声で大地を灰に帰す」 聖唱とともに白夜の鍵を持つ手に力を込める。 鍵のなかに残っている小さな“火種”。 曰く、それはあらゆる邪悪を浄化する白銀の炎。 「正気か、貴様……。俺を仕留めるためだけに自らの体を使い捨てるなど……!」 10年近く使用したクロラットの体。確かに愛着がないわけでもない。 しかしどのみちその体は限界だったのだ。終わりはなるべく派手に、というのはくそ兄貴に同意だったりする。 故に、 「灰は土に 土は鉄に 250の満月を経て黄金へと至る」 一瞬、たくさんの笑顔が脳裏を過ぎった。それはこれまで出会ってきた多くの人々の笑顔。 ラット、ジャッジ、光、アルテア、ヴィオ、剣皇皇爵、セブン、そしてカタナ。 その笑顔に感謝をささげ、万感とともに黒白の剣に力を込める。 「やめろ!クロラット!」 「白銀の炎発動!燃え尽きろ、怪盗魔王!!」 燃え上がる白銀の炎。それは奴の体内に流れ込み、クロラットの体にかけられた爆砕の術に誘爆する。 「…………っ!」 断末魔の叫び声をあげる暇もあるまい。 白銀の炎は白銀の爆炎となって、一瞬でクロラットの体ごと、黒い影を消し飛ばした。 |
|
戻る | 次へ |