「これは……?」
 笑い声はやまない。
 それは目の前のクロバードから………、ではなかった。
 と、垂れ下がっていたクロバードの右腕が、グインと振り上げられる。その手に握られているのは、元の形状に戻った闇夜の鍵。
 そしてナイフに引きずられたかのように、右手は俺の左肩に、闇夜の鍵を突き刺した。
「ぐっ!」
 鋭い痛み。だが致命傷には遠い。
『驚いたな。まさか、クロバードが破れようとは……』
 声は俺の左肩。たった今突き刺さったナイフから。
『やむをえまい。この体は放棄せざるをえないか』
 不気味に輝く闇夜の鍵。
 クロバードの背後の黒い影が、闇夜の鍵を伝い俺に流れ込んでくる。
「これは………」
 この感覚には覚えがある。
 当然だ。10年前のあの日、すでに一度経験していることなのだから。
 肌を伝い、内臓にまで染み込む黒い影。ティッシュペーパーに墨汁が染み込むかのように、肉体を、魂を黒く染め上げていく。
「そういう、ことか……」
 意識がどす黒く染まる中、ついに俺は真相へと至る。
 あの時ラットによって浄化されたはずの影が、なぜ生き残っていたのか。
「クロバードの体にいた影は焼き尽くされたはずだ。つまりお前は……」
『そう。その分身ということだ。あの時白銀の炎に焼かれた俺は、最後の力を持って、自身の切れ端を “安全な場所”に逃がしたのだ』
 いわゆる保険というやつだ。
 しかし安全な場所とはどこなのか。あの炎は周囲数十メートルを焼き尽くしたはずだ。逃げられる場所などなかった。
 ………それでもただ一つ、こいつが避難できた場所があったとすれば……、
「闇夜の鍵……!この中に貴様は逃げ込んでいたのか!」
『そうだ。この鍵は魂のシェルター。この中逃げ込むことで俺はなんとかあの炎から逃れたのだ』
 そうして逃げ込んだこいつは、時間とともに成長し、クロバードの魂を乗っ取ったわけだ。
 思えば納得できるところもある。
 そもそも出会った当初のクロバードは、さほど俺のことを目の仇にしていたわけではなかった。いろいろ思うことはあったのだろうが、別の目的のために動いていたように思える。
 それが、おかしくなってきたのは……、
「闇夜の剣を、使ってから……!」
 たしか3〜4回目あたりの使用から、がらりと様子が変わった覚えがある。
 いうなれば、闇夜の剣の一定回数以上の解放が、怪盗魔王の発生フラグといったところか。
「そして、その鍵を俺に突き刺したということは……」
『貴様はある意味クロバードよりも魅力的だ。体の不調がネックだが、DGシステムを利用できればなんとかなるかもしれん……』
 やはり、俺を次の宿主にするつもりらしい。
 こうして寄生されるのは二度目だからか、浸透速度は以前の倍以上。とても拒む余裕などない。
 ましてや先ほどクロバードをぶち殺す時、俺は全生命力を使い果たしてしまったし……。
「が……ぐ……」
 価値観が、倫理観が、塗り替えられる。自分の負の側面が浮かび上がってくる。
 そもそもなぜこいつを拒むのか。この影こそが、邪悪こそが俺の本質ともいえるのに。
 塗り替えられる意思と人格。
 流れ込んでくる誰かの記憶。
 俺の知らない暗黒シティ。もう一人のクロバード物語。ロザリー刑事、探偵騎士、怪盗ディアス、ジャッジ警部、キィ=ヒストウォーリー。暴走する正義。世界を飲み込む光。なぜ悪を否定するのか。何を持って人とするのか。泣きながら俺を見るキィ。
『あなたはこの世界最後の悪人……』
 拒む必要はない。善も悪も等価値。互いを食い合ってこそ世界は成り立つ。欲望に忠実であれ。昇華された悪は美しい。善を踏みにじることは楽しい。憎悪の中でこそ俺は輝ける。光を喰らえ。闇で覆い尽くせ。世界に血と慟哭を。そうだ俺が、魔王となって、世界を……。

「そうだ、俺は怪盗、魔王……」
 クロラットのキャラクターが失われる。新たな俺が新生する。

 そうして俺【クロラット】の魂が完全に影によって乗っ取られたとき…………………………、ついに怪盗魔王の命運は尽きたのであった。


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