「そうだ。そうして、お前は俺を助けるために命を落とした……」 静寂の空間。自身が殺した友人を前にして、ついに俺は原初の記憶を取り戻した。 「ジャッジでも狂之助でもない。俺が、あの影に取りつかれて……」 そうして俺はあの時のショックで記憶を失ったのか……。 「……………………………………」 いや。 本当に忘れていたのだろうか、俺は。 俺がラットを殺したという可能性。それは本当に思い至れないことだったか? 俺はただ気付かないふりをしていただけではなかったか?そのために、ジャッジを憎み、運命を呪い、がむしゃらに黄金の夜を追いかけていたのではなかったか? すべては自身の罪から逃れるために……。 「違うよ、クロくん。あれは事故だ。君のせいじゃない」 と、静かに首を横に振りながらラット。 「それにね、僕は後悔なんてしていない。確かに僕は死んだけれど、君を助けることができたのだから。ぼくたちはコンビだ。たとえ 僕が死んでも君が黄金の夜にたどりついてくれれば、それは僕たちの勝利ということになる」 それこそ一片の後悔もないというような笑みでラット。 しかし、 「だったら、お前が生き残った方がよかったじゃないか。お前の方が優秀だった。周りからも必要とされていた。お前が生き残った方が何もかも上手くいったはずなんだ!」 それでも俺は、自分を許すことができなかった。 なぜなら……、そもそも俺は、あの時操られてなどいなかったのだから。 ラットをナイフで突き刺したとき、俺にははっきりと自我があった。 あの影は取りついた者の意識を乗っ取るとかそういう存在ではなかった。あれは対象の“心の闇”に寄生し、それを膨れ上がらせる、そういうモノだったのだ。 それが、俺の“ラットへの憎悪”を増幅させたのだろう。 俺は……、心のどこかでこいつを妬んでいた。何もかもに恵まれ、自分にない善良さを持つ少年が憎らしかったのだ。 『おのれ、善良なだけのクソガキが……!』 あの影が取りついた途端、それが一気に膨れ上がった。その憎しみは世界への憎しみへとつながり、そしてあらゆる光が妬ましくなったのだ。 故にこいつを殺したのは俺だ。そんな俺に、自分の夢を追う“資格”があるはずもない。 他人の未来を奪った人間に、自分の未来を追う資格があるわけがない。 クロラットというパーソナリティは結局、俺自身の罪をごまかすための詭弁にすぎなかったのだ。 「しかも……。そうやってお前の未来を奪ってまで生き延びたのに、結局俺は何もできなかった……。力を失い、運命に見放され、あの日以来俺は失敗続きだ。自分一人じゃ何もできず、カタナも死に追いやり、挙句自分自身に殺される始末……」 情けない。みっともない。これではなんのために生きのこったのか。 やはり、俺はあの白銀の空間で、死んでおくべきだったのだ。 「そんなことはないよ、クロくん。君が生き残ったことに間違いはない」 と、強い眼差しでラット。 「ぼくは“ここ”から君の冒険を見守っていた。そして確信したくらいだ。あの日、生き残ったのは君で正解だったのだと」 強い口調で断定するラット。 「なるほど。確かに君はいろいろなものを失ったのかもしれない。一人じゃなにもできなくなったかもしれない。でも、それだけだったかな?失ったものの代わりに、手に入れたものだってあったんじゃないかな?」 「手に入れた、もの?」 問い返す俺に、頷きながらラット。 「そうさ。だからこそ、君は今日まで生きることができた。今日まで勝ち抜いてこれた。だからこそ“彼”も……君を脅威に感じたはずだ」 「俺を脅威に感じた……?」 彼とは、クロバードのことだろうか。 そんなはずはないだろう。奴は俺より全てにおいて優れていた。手持ちの戦力も上だった。いったいどこに俺を恐れる理由がある。 「そうかな?思い出して、クロくん。先ほどの君たちの戦い。君は言うほど一方的にやられていただろうか?彼は一方的に優勢だっただろうか?もしそうだというのなら……、なぜ彼は勝負を焦っていたのかな?」 「奴が、焦っていた?」 「そうさ。彼が一方的に優勢だったというのなら、そのままじっくり追い詰めていけば、確実に勝てたはずだ。なのに、彼は100人のナイツを召喚するという乱暴な方法で、一気に勝負を決めようとした」 それは……、まあ俺も意外に思ったところだ。あの混戦状態で、あの大規模召喚はかなりのリスクを伴ったはずだ。実際、何が起こるかわからない。だからこそ、裏をかかれたのも事実だが……。 「ではなぜ彼は勝負を焦っていたのだろう。何か思い当たることはなかったかい?」 「思い当たるといわれても……」 いきなり聞かれても困る。それこそあの戦場ではおかしなことだらけだったわけで。 しかし、それでも不思議に思ったことといえば……、 「奴が召喚したナイツより、俺が召喚したナイツの方が強かった?」 そんな、ところだろうか。 「正解さ!クロくん」 パチパチと手を叩きながらラット。だが正解と言われてもやはり困る。俺自身何となくそう思っただけだし。 ただ、あれ?と思ったのは事実だ。ロージュが偽ムゾンをぶっ飛ばしたり、カガジマ君が必殺の騎士を圧倒したりと、ちょっと普段では見られない番狂わせが多かった気がする。 しかし仮にそうだったとして……、いったい何が原因だというのか。 「心さ」 心……? 「召喚されたナイツたちは魂の結晶のようなもの。ゆえにその心のあり方で大きく能力が左右される。やっぱり望まぬ上司の下で戦うより、お気に入りの相手のために戦う方が、やる気が出るじゃない?」 ………そういうものなのだろうか。しかしそのお気に入りの相手とは誰のことだ? 「とぼけないでよ。君以外誰がいるのさ。君のためだからこそ彼らは率先して戦った!実力以上の力を発揮した!倍以上のナイツを相手に一歩も引かなかった……!」 両手を広げながらラット。しかし、それは…… 「全ては、召喚したのが君だったから!それこそが君の手に入れた力だ。あらゆる力を失ったからこそ、君は多くの人と交流した。多くの人の助けを借りることとなった。君もまた多くの人を助けることになった!」 だから、ちょっと待てって。 「そうして育まれた絆が、いま力となって、彼のナイツを押し返したんだ!完全なクロバードだからじゃない!不完全なクロラットだからこそ手に入れた“宝”なんだ!これだけ素晴らしいものを手に入れておきながら、こんなところで投げだしてしまうなんてもったいないとは思わないかい!?」 「だから待てっつーの!」 息を切らせて俺。 「………………」 いったい何を言っているんだ、こいつは。 絆の力だとか、魂の結晶だとか、恥ずかし過ぎんだろ。少年マンガじゃあるまいし、戦いに幻想を見すぎなんじゃないのか?これだからお坊ちゃま育ちは困る。 「でも、彼らが積極的に戦ってくれたのは事実だろう?」 「それは……」 まあ、確かに彼らはノリノリだったけど。 『たとえあなたにそのつもりがなかったのだとしても、我らは確かにあなたに助けられてきた。だからこそあなたに黄金の夜にたどりついてほしいと願っている』 ダイスケくんもそういっていたけど……、 「……いや、違う。やはり誤解だよ、ラット。彼らは別に俺を気に入っていたわけではない」 首を横に振る俺。 「彼らは俺の上っ面に騙されていただけだ。利用しようとして近づいた俺の本心に気付かなかっただけだ。だからお前から借りた善人面に騙されたんだろう」 要するに気に入られたのはこいつということだ。ならば、なおさらこいつが生き延びるべきだったということになる。 「だから違うんだって、クロくん。彼らはみんな君のことを見ているよ。君が何を想い、何を大事にしているかを。君の中の君のことを、多分君以上に知っている。それが、彼らを引き付けたんだ。とても僕じゃ代わりは務まらない」 確信を持った口調でラット。 「だからみんな君に期待している。君を応援している。君が黄金の夜に辿り着くことを願っている。君たちはもはやチームだ。君の勝利は彼らの勝利でもあり、君が黄金の夜に辿り着くことは彼らが黄金の夜に辿り着いたのと同じことになる」 そうして、ラットは頷いて、 「だから、君は黄金の夜を追う“資格”があるんだよ。この崩壊を迎えた暗黒シティを勝利に導けるのはもう君しかいないんだから。」 そう、言い切った。 「そして僕も君を応援している一人だ。君が何をしてくれるのかを、ずっとわくわくしながら見ているよ。だから君は君の思うままに突き進めばいい。というか、たかだか僕一人を殺したなんて、そんなつまらないことで歩みを止められたら、そっちの方が悲しいよ」 「………………………」 つまらない、ときたか。 なんというか………、本当にこいつの馬鹿さ加減は、死んでも治らなかったらしい。いや、こいつに限った話ではないんだけれど。 どこまでもアマちゃんというか、人を疑うことを知らないというか。勝手に人をヒーロー扱いするなっつーか。本当にウザいっていうのはこういうことを言うのだろう。 「………で、くそ恥ずかしい話はこれで終わりか?いい加減聞くに堪えないんだけれど」 ため息をつきながら俺。 正直さぶいぼ立ってきたし。男同士の長話とか面白いものでもないし。 「うん?まあ伝えたいのはそんなところかな。ご清聴ありがとうございました」 「あっそ。じゃあそろそろ行くわ」 なんつーかどっと疲れた。気分的に、重い腰を上げる。 「さて、行くといってもどこへかな?上に?それとも下に?」 「…………………」 面白がるようなラットの問いかけに、少しだけ俺はためらったのち、 「上に。やっぱあの野郎を野放しにできんわ」 正直自分と同じ名前の魔王が世界征服とか、考えただけでもぞっとするし。 「それにまあ、やっぱりここで投げ出すのはやっぱ気分悪いしな」 結局はそういうこと。夢を追う人間なんか、たいていそんなもんではなかろうか。 別に、連中の期待に応えたいとかじゃないし、応えられるわけでもない。 それでもこのまま終わらせることはできない。 非業の死を遂げていった顔見知り達。崩壊する暗黒シティ。 今日まで付き合ってきた連中の最後が、今日まですごしてきたこの街の終わりが、ただ“悲惨”という言葉で片付けられるのは気分が悪い。 何とか一矢報えないか。ハッピーエンドとまではいかなくても、せめてノーマルエンドくらいまでは押し戻すことはできないか。俺が黄金の夜に辿り着くことで、少しでも連中が納得できるのならば……。なにより、俺自身が踏ん切りがつくのなら。 乾いていた心に少しだけ潤いが戻る。 冷め切っていた魂に少しだけ熱が宿る。 「お前への償いは必ずする……。でも今は………行くよ」 こうなったら、とことんやってやろうと。 「それでいいんだよ、クロくん。その情熱こそが、執念こそがぼくを変えてくれたものだ」 と、頭上を指さすラット。その先の暗闇には一筋の亀裂が。そしてそこから差し込んだ光が俺を包み込む。 「それでは、これが最後の戦いだ。暗黒シティ最後の英雄、クロラット=ジオ=クロックス。どうか君に武運があらんことを」 光に吸い上げられるように昇っていく俺の意思。 そんな俺を下から見送るラット。 しばしの再開はこれにて終わり。しかしその最後に、 「ちょっと待て!本当にこれでよかったのか?ラット。お前は俺に何もかも譲ってくれて……。お前の人生はこれでよかったのか!?悔いはないのか!?」 どうしてもそれだけが気にかかった。 「後悔なんてないさ。そもそも僕は君のことを恨んでないし。僕は自分の人生を全うした。君と冒険したことも、喧嘩したことも、最後に戦ったことですら大切な思い出だ」 満ち足りた顔でラット。 「君のおかげで僕は充実した人生を送れた。だから君も自分の人生を全うするといい。それを……、彼女も望んでいるよ」 「………?なんだ、彼女って?」 「ああ。君はもう一つ見落としていたのか。注意深く見てみるといい。さっきの戦闘中、頭上の……」 そこで視界が白色に包まれる。ラットの声は途切れ、耳に届くのは戦場の爆音と人々の喧騒。 「ラット、お前は……」 もう声は届かない。 光の中、最後に見えたのは、いつだかと同じ穏やかなラットの笑顔であった。 |
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