我ながら意外でもあるのだが………、序盤は俺の優勢に進んだ。

「ちっ」
 都合8度目の斬撃を刀で受ける。
 四方八方から襲い掛かる疾風の刃。それを最小限の動きで受け流す。
 さすがはトモエさん譲りの宝刀。素人でもぎりぎり扱える軽量に加え、俺自身の白兵戦能力を限界まで高めてくれる。それが、俺の命を紙一重で守ってくれていた。……や、それだけが理由でもないか。
「次、左上!」
 9度目、左から俺の首を撥ねに来る“はず”の斬撃に備え上半身を後ろにそらす。
 0.1秒後、むなしく眼前を通り過ぎる漆黒の刃。
「貴様……!」
 目の前の男も気付いたのだろう。
 返す刀。直線上、喉を突きに来たナイフを、事前に構えていた刀で弾く。
「やはり俺の攻撃を……!」
 その通り。
 
実をいうと俺、この男の攻撃がなんとなく読めた。
 俺と考えが似ているからか、あるいはこのように攻撃したことを覚えているからか。目の前の男が次、どのように攻撃してくるのかを何となく予測できるのだ。

「ていっ」
 23合目。たかがナイフによるものとは思えない重い衝撃は、しかし耐えきれないほどでもない。思った通り、この男の腕力はたいしたものではない。
 これなら防戦に徹すれば、ある程度はしのげるかもしれない。
「一応、ここまでは予定通り」
ちょっと出来過ぎではあるけども。
 さすがの俺も、ロマンチズムだけで戦場に立つほど愚かではない。ひたすらナイフをふるい続ける彼と、最小限の動作でしのぐ俺。どちらのスタミナの消耗が激しいかは語るまでもなかろう。加えて “制限時間”が迫れば彼も勝負を焦るはずで、そうなれば俺にも勝機が………、
「そんな、浅はかな戦い方が通用するとでも!」
 正面からのナイフ、ではなくドロップキック。刀の峯で受けるも想定以上の圧力にぶっ飛ばされる。しかし無理な体勢で蹴りを入れたせいだろう。彼もまた追撃に移ることができない。なんという間抜け。激戦においてできた間隙に、ひとまず呼吸を整える。

 打ち合っているうちに少しずつ理解できてくる。
 目の前の男はやはり俺だ。知識はなくとも魂でわかる。
 しかし俺であって俺ではない。あれはおそらくかつての俺がそのまま成長した姿。いうなれば、俺のもう一つの可能性といったところか。
 ゆえにあいつは俺が失った全てのものを持っている。戦闘能力、怪盗スキル、その他まあいろいろ。

「となると、奴が俺を目の仇にしている理由も読めてくるな……」
いずれにせよ戦力差は圧倒的で普通に考えればまず勝てない。とはいえ、そこまで悲観することもないだろう。
 いかに完璧に見えても、所詮は俺。弱点はいくらでもあるはずだ。現にここまでうまくやれている。あとは状況次第でどうとでも……、
「本気で、そう思っているのならお目出度いものだな」
 と、俺の思考を読んだのか、静かな声でクロバード。
「こんな無様な戦い方で、本当に俺に勝てるとでも思っているのか……?」
 一見落ち着いているようだが、よく見れば肩が震えている。苛立っている時ほど冷静を装うあたりがいかにも俺だ。
 なんか……、本当に勝てる気がしてきた。
「だがそうだな。このままだらだらと続けるのも芸がないか」
 しかし何を思ったか、闇夜の鍵を懐にしまうクロバード。
「どうせだ。圧倒的な差というものを見せつけてやる。俺がいかに本物にふさわしく、そして貴様がどれだけ落ちぶれたかをな」
 気のせいだろうか。クロバードの背後に一瞬、黒い影が見えた気がした。何か不吉なモノを感じさせる黒い影。
 と、余計なものに気を取られている間に、すでにクロバードの手には別のナイフがあった。
 ……否。刃がなく、ところどころがいびつに歪んだそれは……、
「秘宝の、鍵?」
 そう。それはナイツたちの証、秘宝の鍵であった。曰く暗黒シティに250本あるという古代秘宝の一つ。
「そうだ。これは秘宝の鍵の一つ、金剛石の鍵。26人の日、俺が回収した鍵の一つ」
 26人の日……。あのフォービトゥーンとの戦いで命を落としたナイツのものか。しかしいったいそれに何の意味があるのか。
 秘宝の鍵伝説が、ジャッジがでっち上げた創作だということはわかっている。なら、いまさらそんなガラクタを持ち出していったい何の役にも立つまい。
「甘いな。確かに秘宝の鍵伝説こそでっち上げだが、この鍵までもガラクタと決めつけるのは早計ではあるまいか」
 俺の表情から察したのか、薄ら笑いを浮かべながらクロバード。
「むしろこの鍵こそがDG計画における最後の”鍵“。彼女より受け継がれし設計図を基に、ヴァルハノの開発チームが生み出した最高レベルの魔導具だ」
と、クロバードが鍵を天にかざした途端、強烈な光を放つ金剛石の鍵。
鍵から発せられた大量のREI粒子が周囲に暴風を巻き起こす。
「何……?」
「ジャッジが言っていなかったか?秘宝の鍵には持ち主の魂を記録する能力があると。その性能と、臨界まで高まったDGシステムの創造力を組み合わせればこのようなこともできる」
 一気に膨れ上がった光に一瞬視界を奪われる。
「これは……」
 なにかをしくじった気がする。“自身の経験”からこいつが魔法戦を仕掛けてくる可能性は低いと踏んでいたが、それはとんでもない思い違いだったのではあるまいか。
「黄金の夜は数多の屍を踏み越えたその先にある。覚悟もなく敵となあなあでやってきたことを後悔するのだな」
 光が収まると、クロバードの横にもう一人別の人物が立っていた。
 肩に担いだ星型ハルバード。額に輝く星義の石。俺もよく知るその人物は……、
「必殺の騎士。シャド=ヘビメイト……!?」
 そう。彼こそはナイツ86、暗黒シティの名物ヒーロー、シャド=ヘビメイトその人。
 しかし、そんなことはありえない。だって彼は26人の日、ほかでもない、クロバードによって殺されたのだから。
「まさか……!」
 瞬時に状況を整理し、たどりついたのは最悪の結論。
「これが……秘宝の鍵の力?」
「行け、ナイツ86、必殺の騎士。覚悟も能力も欠いた半端者に無慈悲で凄惨な死を」
「……承知した」
 黒髪の号令とともに、突進してくる正義の味方。
 やはり、これは……、
「死んだナイツの、使役能力!?」
 コンマ2秒。戸惑う俺めがけて振り下ろされたハルバードは、ホールの床どころか、ドーム全体を大きく揺るがすのであった。


 戻る  次へ