「どうだ黒鳳。感慨深いものがあるだろう。何せ数年ぶりの新世界大陸だものな」
 と、親しげに言う金髪の彼に対し、
「特別何も。相変わらずしけた大陸だなと。住んでいる人しょうもなければ、支配している連中も腐りきってる」
 そうバッサリ返す先生。
「なんかまた戦争が始まったんでしたっけ?何やってんですかね、この大陸の貴族共は。つまらない見栄や意地の張り合いで、今度は何人死なせるつもりですかね………」
 心底うんざりしたように先生。
「ははは。まあそう言ってやるな。今代の十三名家当主どもは悪い連中じゃないんだがなー。なんか厄介な連中が暗躍しているらしくて、いろいろ後手後手に回っているのさ」
 と、やれやれと首を横に振りながらお兄さん。
「怪しいですね。そういって裏で手をまわしているのはあなたなんじゃないですか。そういうの好きでしょ。戦争を起こして大勢の人間が苦しむのを楽しんで」
 と、そんな彼に疑念の眼差しを向ける先生。
「いやー、そりゃ買い被りってもんだ、弟よ。ま、できるものならやっていたかもしれないがね。しかし現実は俺も振り回されている一人さ。どうにも面倒くさい奴が動いているらしくてな。俺でさえ踊らされている感がある」
「はあ?あんたが躍らされているって、何の冗談です」
 どうにも噛み合っているのかいないのか、不思議な会話であったお互い遠慮がないのはいいが、時折火花が飛び散っているような……。兄弟の会話ってこういうものなのだろうか。
「ま、こっちの事情はさておきだ。おまえはおまえで大変だったようだな。どうだったんだ例のお宝は。聞くところによると街の英雄を集めてのバトルロイヤルになったそうだが」
 と、ここで話題を変える金髪の彼。
「いいよなー。そんな面白そうなことになるなら俺も残りゃよかったか。………で、どうだったんだ?結局勝ったのか?黄金の秘宝とやらは手に入れたか?」
 興味深げに聞く金髪の彼に対し、
「どうですかね。手に入れたといえば入れたし、入れなかったといえば入れなかったような。いずれにせよあなたのような人でなしが満足できるようなモノではなかったでしょうよ」
 と、複雑そうな面持ちで先生。
「ふ〜ん?俺にとって満足できないって?その割にはお前は満足そうだな。俺にとって満足できないものなら、お前にとっても満足できるものではないはずなんだが………」
 と、さらに興味が増したのか、微かに瞳を輝かせながらお兄さん。
「にもかかわらず満足しているということは……。あ!わかったぞ。お宝は手に入らなかったけど、代わりにもっといいものが手に入ったんだろ!」
 と、両手をポンとたたきながらお兄さん。
「そう、たとえば可愛い彼女をゲットしたとか!」
 金髪の彼のテンションが上がる。まるで面白いおもちゃを手に入れたようなはしゃぎっぷりである。
「図星だろ。やるなー。流石は黒之葛の後継者。宝探しのついでに女も攻略したか。うちの血筋も安泰だなー。で、どんな彼女なんだ?やっぱお前好みの巨乳か?職業はメイドかナース?性格は清楚で大人しめが好みだっけ?それと眼鏡は?」
「………………」
 矢継ぎ早に質問する彼に対し、憮然とする先生。
「あ、それとも好みが変わったとか?十年近くだもんな。だったらそう………例えば、大企業の社長令嬢とかどうよ?」
「………………」
 金髪の彼の名調子は止まらない。
「趣味は仕事と機械いじりとか?性格は人懐っこいようでいて、どこか奥ゆかしいような。お前とのパートナー関係を重んじて、一定の距離は守る感じ?」
「………………」
 凄い………。なにが凄いってこのお兄さん、先生の逆鱗をピンポイントで撃ちぬいていくのだ。
 故意でやっているのかいないのか。先生の肩が小刻みに震えていることに気付いていないはずはないのだが。
「で、どこまで関係は進んだんだ?もうやるべきことは済ませたか?もしかしてそういうのも通り越して倦怠期とか?おまえって隠れSだもんなー。いい年なんだから好きな子をいじめるのも大概にしとけよ?」
 かんらかんらと笑う金髪さん。先生の肩の震えはもはや小刻みを通り越して震災レベルだった。
「なんなら俺が間を取り持ってやろうか?こう見えてもラブレターの代筆は得意でな―。お前の愛の言葉を面白おかしく脚色して………」
「いつまで下らねえことくっちゃべってんですか、あなたは」
 と、ここでようやく先生が話を遮った。
「こんな下らねえ話をするためにぼくを呼び寄せたんですかね。だったらさっさとあんたを始末して大陸から出ることにしますが」
 と、かろうじて笑顔を保ちながら、しかし恐ろしいほど冷たい声で先生。
「おっとそうだったな。楽しすぎて話がそれちまった。………で、本題ってなんだっけ」
 一方であくまで余裕の笑みを浮かべながら、金髪の彼。この空気の読まなさは凄い。実に見習いたい。
「あなたが手に入れたという“例のモノ”についてでしょう。いい加減実物を見せてくれませんかね。それともやっぱりデマだったとか?」
「ははは。そんなわけないだろう。もちろん持ってきているさ。ほら」
 ………と、コートの内ポケットから一つの巾着袋を取り出す彼。
「それが………!」
「ああ。これが今回お前のために用意した万能の霊薬。すなわち、エリクサーってやつだ」
 お兄さんの手のひらにちょこんと載った薄紫色の巾着袋。
「エリクサー?」
 初めて聞く言葉に首を傾げる。
 どうやら彼の手にある殷着袋の中に、そのエリクサーとやらがあるらしい。しかし、万能の霊薬というのは……?
「先生………」
「ん。古より伝わる霊薬のことさ。古代錬金術師が生み出した霊薬でね。あらゆる怪我や病に効くといわれている」
 と、視線は巾着袋に向けたまま、自分の疑問に答えてくれる先生。
「その製法は謎に包まれていてね、現代の魔道学士でも再現しきれないそうだ。故にオリジナルの霊薬は使われるとともに減っていき、現存するものは極僅かだという」
 そんなに希少な霊薬があったのか……。見れば巾着袋を見つめる先生の額には微かに汗が浮かんでいた。
「表社会裏社会問わず、ここ十数年エリクサーの実物を見たものはいないらしい。ぼく自身、一年間あちこちを回ってみたが、とうとう現物を見つけることはできなかった」
 しかし、その現物とやらが今目の前にあるわけか。
「二日前、突然現物を持っているという情報が飛び込んできたわけだ。しかし、よりにもよってあなたからとはね……」
 ぎりっと歯を噛みしめる先生と、それを薄ら笑いを浮かべながら見下ろす金髪の彼。
「一体どこであなたは手に入れたのです?というか本当に本物なんでしょうね?」。
「もちろん本物に決まってんだろ。ま、どこにあったというのなら………、地元のゲーセンなんだけど。雑貨品のUFOキャッチャーがあってさ、その中にこいつが混ざってたわけ」
 コイン一枚でゲットだぜと金髪の彼。
「ゲ、ゲーセンって………?それ限りなくパチモンくさいじゃないですか」
「まあそう思うのも無理はないだろうけどさ。とりあえず見てみるといいさ」
 と、ここで巾着袋の紐を解くお兄さん。袋の中から出てきたのは一つの小瓶であった。
「それが………」
 思わず息をのむ自分。それは隣にいる先生も同じだった。
「そう万能の霊薬、オリジナルのエリクサーだ」
 自分と先生が息をのんだ理由。それは単純に瓶の中にある霊薬の美しさに魅入られてだった。見る角度によってさまざまな模様を映し出す七色の液体。それはかの黄金の雪と比べてもなお美しく神秘的な代物であった。
「あなた、本当にそれをゲーセンで……?」
「くくく。信じたか?いや、本当お宝ってのはどこにあるかわからんよなー」
 驚愕の眼差しを向ける先生に対し、にやにや笑いながら金髪の彼。
「何年がかりで遺跡を発掘しても見つからないこともあれば、こうしてぽろっとふざけた場所から出てくることもある」
 と、くるくる小瓶を指先で回しながら金髪の彼。
「ま、そういうのと巡り合う才能は俺の方が上ってことかねー。問題は巡り合ったところで、俺には使い道がないわけだが」
 なにせ怪我することなんて滅多にないしなとお兄さん。
 そんな彼を忌々しげに見上げる先生。もしかして先生はこの一年間、あれを手に入れるためだけに旅をしていたのだろうか。だとしたらそのお宝が目の前の彼の手にあるというのは、先生にとって最高で最悪の展開なのかもしれない。
「しかしあらゆる怪我や病を治す霊薬って。もしかして先生……」
「それで、いくら渡せば売ってくれるんです?十億?百億?それ以上でも構いませんけど」
 と、自分の問いかけに答える余裕もなく、何が何でも手に入れてろうという気概を見せる先生。
 しかしその態度をよりにもよって目の前の彼の前でさらしてしまったのは、先生らしからぬ致命的なミスであった。
「おいおい何を言っているんだ黒鳳。お前から金なんてとるわけないだろう」
 と、案の定それを見て嬉しそうに金髪の彼。
「お前にとって助けたいものならば、俺にとっても助けたいものも同然だしな。なにせ、兄弟だし!」
 言葉だけを聞けばまさに頼りがいのあるお兄さんのセリフ。しかしそんな彼の表情はあれだ、まさに巨大なカジキマグロを吊り上げた漁師のそれだった。
「………じゃあ、さっさと霊薬を」
「まてまて。とはいってもやはり貴重な霊薬だしな。俺としてはお前がそれを手にするかふさわしいか確かめる義務がある」
 焦る先生に対し、手のひらで遮るように金髪の彼。
「確かめる、ですって」
 と、眉を顰めながら先生。いったいこの期に及んで何を確かめたいというのか、ということだろう。
「確かにこの霊薬をお前に渡すのは簡単だ。別に俺にとって惜しいものではないしな。しかしだからといって簡単に渡していいものなのか?それではお前を甘やかすことにならないか?これだけの霊薬をくれてやるのなら、その前にお前の覚悟を確かめるべきではないのか」
 と、なにやら尊大な口調で金髪の彼。
「いや、言っている意味が分からないんですけど……」
「何、難しいことではない。要はお前が薬にかける想いを知りたいというわけだ」
 と、ここで金髪の彼はにやりと笑い、
「まずはそう、この場で『カタナ、愛してるぞ!』と十回言ってもらおうか。可能な限り大声でな」
「………………………………」
「………………………………」
 と、自分と先生の時が止まる。
 教会前の広場を一筋の風が吹き抜けた。
「つづいて『カタナ!大好きだ!おれがお前を世界の誰よりも幸せにして見せる!』と十回言ってもらおう。もちろん両手を広げて天に向かってな」
「………………………………」
 自身が両手を広げながらお兄さん。その勢いは止まらなかった。
「それから『カタナ!お前のハートにフォリンラブ!』も入れとこうか。振り向きながら親指立ててな」
「………………………………」
 すごい。思わず感動してしまった。
 なんて素晴ら、恐ろしいことを言うのだろう、この人は。
 マスタに向かって愛を叫ぶ先生とか。見たい。自分も、ものすごく。
 気が付けば心情的にはお兄さんの味方になっていた。もう一つ気が付けばいつの間にやら彼の手にはハンディカムが握られていた。何を撮るつもりなのだろう。自分もあとで動画のコピーをもらえるのだろうか?
「………………………………」
 と、自分が興奮する一方で、やはり先生の肩は再び震えだしていた。いや、震えているのは全身か。あ、握りこぶしから血がしたたり落ちた。
「まだあるな。やはりバック転しながら『カタナ!エターナルラブハート』も入れておこう」
 と、そんな先生に気付いているのかいないのか、ますますヒートアップしながら金髪の彼。
「とどめは花火をバックに『カタナ、ギャラクシーシャイニングフォーリン……」
「いえ、もう結構です」
 しかしここでついに先生がお兄さんのセリフを遮った。
「んん………?」
「先生………?」
 と、二人して顔を見つめる。
「ふ、ふふ、ふふふふふふ」
 と、何やら壊れた笑みを浮かべながら先生。
「やっぱり間違いでしたね。一瞬でもあなたと交渉しようとした僕が馬鹿だった」
 と、いつだかと同じセリフを言いながら頬を震わせて先生。
 ゴロゴロゴロゴロ。
 気が付けば港町の空には雨雲が浮かんでいた。ご丁寧にも響き渡る雷鳴が、この先起きる不吉を予感させる。
「やっぱりあなたには……」
 と、ゆっくりマントの内ポケットに右手を差し込みながら先生。
「最初からこうするべきだった!」
 次の瞬間、マントから一気に手を引き抜く先生。
 同時にそこから放たれた黒い疾風が、目の前のお兄さんごと教会を縦一直線に切り裂いた。
「先生…………っ!」
 古びた教会一本の亀裂が走る。しかしその直線状にお兄さんの姿はなかった。斬撃が直撃する寸前横に飛んだのか。そのまま教会前広場に着地するお兄さん。
「ヒュウ。やるねえ。しかし思ったよりもキレるのが遅かったかな」
 と、たった今殺されかけたにもかかわらず、余裕の笑みを浮かべながら金髪の彼。
「もう少し早く切れると思ったんだけれどな。ま、ちっとはは大人になったということか?」
 そうお兄さんが言ったのと同時に教会の一部が崩れ落ちた。
 巻き起こる砂埃。逃げ出す広場の人々。
「先生…………」
 と、改めて振り返ると、先生の姿は変わっていた。
 黒いマントはそのままながら、サングラスは外され、髪もぼさぼさに逆立っている。
「その姿は………!」
 そう、その姿を自分は知っていた。
 先生が本気で殺したい相手を前にしたときのみ見せる戦闘モード。魂を半分ずらすことで再現した、先生のもう一つの可能性。
「……ふん。いいですよ。そこまでお望みならやってやろうじゃないですか」
 そういう先生の右手には三日月状の巨大な剣が握られていた。
 それはかの鍵が変形した、先生の切り札たる闇色の魔剣。
「霊薬は力づくで奪わせてもらう」
 早くも二枚のジョーカーを切った先生は、鋭い眼光でお兄さんを睨みつけ、
「ついでにあんたの息の根も………、ここで止める!」
 氷のように冷たい声でそう宣言するのであった。