「だから怪しいと思っていたんだよ!あんなぼろっちい会社が大陸横断技術を持っているだなんて」
 白い雲漂う青空の下、自分たちは港町の中央通りを歩いていた。
「いくら他に手段がないからって、あんな連中を頼りにしたぼくが馬鹿だった!」
 港町を歩き始めてからすでに十分。肩を震わせながら愚痴を吐き続ける先生。砂浜で目が覚めてからずっとこんな調子である。
「え〜。そんなことないですよ、先生。とりあえず無事着いたじゃないですか。こうして二人とも怪我するこもなく」
 と、先生を宥めながら隣を歩く自分。
 時折住民の皆さんとすれ違う。おそらく観光客が珍しいのだろう。ちらちらとこちらに目をやる住民の皆さん。
 洗濯中の主婦。果物を並べる八百屋の店主。閑散とした港町かと思っていたが、それでも中央通りに来ればそれなりに人はいるらしい。
「こんなのは無事についたと言わない!途中何度レッドアウトとブラックアウトを繰り返したことか。しかも途中から横回転も加わったよね?脱水機だってあんなに回らない」
 よほど堪えたのだろうか。時折ふらつきながらも、先生の愚痴は止まらない。まあ普段温厚なぶん、一旦機嫌が悪くなるとそれが長続きするのはいつものことなんだけど。
「え、あれはサービスだったんじゃないんですか?自分は楽しめましたけど。というか先生やっぱり鈍ってるんじゃないですかねー。一緒に朝練しましょうよ、もぐもぐ」
 というわけで先生の機嫌は諦めて、自分は手にあるソフトクリームを堪能する。
 オレンジ色のクリームに黒いぶつぶつが入ったこれは、先ほど売店で買ったWカキソフトクリームという名の代物であった。熟した柿(カキ)と、この辺りで獲れた新鮮な牡蠣(カキ)をブレンドした、この町の名産品らしい。味はまあ、開発責任者は首を吊った方がいいレベル。しかしこのようなキワ物を食すのも、旅の醍醐味。
「ところで先生。どこまで歩くんですか?そろそろ街の中心部につきますけど」
 さほど歩いたわけでもないが、それほど広い街ではない。地図上ではそろそろ街の中央にある広場に出るはずだが。
「というか、まだこの大陸に来た理由を伺っていませんでしたよね?いったい誰だったんです。先生をこの街に招待したのは」
「………………」
 と、私が訪ねた途端、先生は無言になってしまった。そして表情も先ほどまでのいきり立ったものから、苦々しげで何かを噛みしめたかのようなものに変わる。
 それは、自分も久々に見る先生が“本当に”不機嫌な時の顔だった。
「………………」
 やはり先ほどから先生が不機嫌だったのは、あの弾丸特急だけが原因というわけではないらしい。思えば弾丸に乗り込む前から苛立っているように見えたっけ。

 事の始まりは二日前。自分たちが新世界大陸の南にある、とある島に滞在していた時のことであった。
 自分と先生は成り行きから、島民の皆さんに島で起きていた怪事件の解決を依頼された。
 で、事件に挑むこと三日。事件は無事解決し、島民の皆さんから感謝され、ちょっとした豪遊生活送ることになった。
 しかしそんな日も三日たち、そろそろ次の目的地を決めようという話になった。自分としてはかねてより行きたかった先生の故郷を希望したが、先生は遠回しに拒むばかりだった。
 一晩続いた問答の末、結局は東にある海底神殿へと向かうことになった。自分としてもまあ仕方ないかとあきらめていたのだが、出発直前先生のもとに届けられた一通の手紙によって状況は変わる。
 大陸間郵便によって届けられたその手紙を読み、先生は突如目的地をニューワード大陸に変更すると言い出した。
 自分が狂喜したのは言うまでもないが、よく考えたらその手紙の内容もこの島に来ることになった目的も聞かされていなかった。
「一体あの手紙には何が書かれていたんです?どうして先生はこの大陸に来ることを決断なされたのでしょう……」
 と、聞きかけたところで先生の足が止まった。
「………先生?」
「………………」
 見れば先生の数メートル先には古びた教会があった。
 もはやだれにも使われていないのだろうか。周囲に苔の生えた三階建ての古びた教会。正面の扉には南京錠が取り付けられ、それしらも錆びついている。周囲は広場になっており、十数人の住民たちが休憩したり談笑していた。
「別に………、大した用事ではないんだけれどね。しいて言うなら買い物だよ。ちょっとめぼしいものを見つけたという情報が入ったから、それを買い取りにきただけ」
 と、青空を見上げながら先生。もしかしてここが目的地なのだろうか。
「郵送で済ませればいいものを。直接来なきゃ渡せないなんて言い出してね。仕方なくきたってわけ」
 吐き捨てるように先生。
 本当に珍しい。ここまで不機嫌な先生を見るのって、かの暗黒都市以来ではないか?
「えーと、やっぱり先生はこの大陸に来たくなかったのですか?」
「当然だよ。こんな見るものもない、くっだらない戦争を繰り返してばかりの大陸」
 うんざりした顔で先生。
 どうやら先生がこの大陸が嫌いなのは本当らしい。
「でも先生の故郷なんですよね?」
「故郷だからって愛着があるとは限らないでしょ。間違って戦争に巻き込まれでもしたらたまったもんじゃないし。本当は頼まれたって来たくなかったんだ、こんな大陸。だいたい今頃帰ってきたって……」
 と、ここで不機嫌だった先生の表情に微かな悲しみが浮かんだ。
「今更帰ってきても、手遅れだというのに………」
 不機嫌な顔以上に珍しい、先生の悲しげな顔。
 いったいどういうことだろう。何が先生を悲しませるのか。手遅れとはどういうことだろう。
「先生、それは………」
 と、自分が訪ねようとしたところで、

「おいおいそこまで言うことはないだろう。仮にも自分の故郷だってのにさ」

 と、頭上から、そんな言葉をかけられた。