独立自治区海風。
新世界大陸の南端にその港町はあった。
人口400人ほどの小さな街。訪れてまず目入るのは苔の生えた石造りの家と、隙間から雑草の生えた古びた石畳と、そして住宅街の南側に広がる広大な海。
外を歩く住民は疎らで、港町というには少々寂れた景色。しかしそれも当然の話か。何せ一応港町と呼ばれてはいるものの、一年を通してもこの街の港を利用する船は十隻に満たないのだから。地元の漁師の乗る数隻の漁船と、年に二〜三隻訪れる旅客船程度。
いつからか大陸の周囲に張られた次元壁によって、大陸外における航路は大きく制限されてしまった。故に外海を航行するためには次元壁に遮られない航路の発見か、あるいは次元壁を突破するだけの装甲船などが必要となる。
当然そんなものは滅多にあるはずもなく、この港街を訪れる客は稀なのだが………、
「ぎゃあああああああああああああああああああ」
しかしそんな稀な客が訪れたのが、今日この日であった。
「あああああああああああああああああああああああああ!」
「なんだ………?」
突如遠くから聞こえてきた悲鳴に、住民たちは窓から身を乗り出す。そんな彼らが目にしたのは、水平線の果てにある小さな“点”であった。
「………………?」
海の上にぽつんと浮かぶ黒い点。それは特殊装甲を纏った直径三メートルほどのロケットエンジン付きの弾丸であった。
「なっ」
弾丸は猛スピードで海をかき分けながら、一直線に港町へと向かってくる。
そして3秒後、海岸線を通り越し、その先にある廃船置き場に突き刺さのであった。
直後凄まじい轟音と、飛び散る瓦礫と砂埃。
怪我人が出なかったのは奇跡か、あるいは弾丸がぎりぎりで進路を変え人々の密集地帯を避けたからか。
「…………………」
人々が呆然とすること10秒。やがて、ウイインというモーターの駆動音と共に、弾丸後方にあるハッチが開かれた。
「し……」
灰色の煙漂うハッチの中から一人の青年が身を乗り出す。黒マントを羽織いサングラスをかけた黒髪の青年であった。
彼は死相を浮かび上がらせながら、弾丸から這い出し、
「死ぬかと思った。否、死んだ」
そのまま三回転して砂浜に転げ落ちる。
「………………」
頭から砂浜に突き刺さった彼を呆然と見つめる住人達。
すると、
「いやー、スリリングな旅でしたね。先生!」
彼らの頭上、ハッチの中から新たな声が聞こえた。
そうして新たにハッチから身を乗り出したのは、白マントを纏った黒髪の小柄な少女であった。
「世界初の海峡横断弾丸ツアー、隣の大陸まで一っ跳び、と。いや、宣伝文句に偽りなしですね。よもやマスドライバーで加速したロケットで力任せに“境界線”を突破するとは!」
そういってハッチから飛び出し華麗に砂浜へと着地する少女。
突如現れた謎の二人組に声をかける勇気のある住民はいない。
しかし少女はそんなことはお構いなしに港町を見回し、
「ここが新世界大陸ですかあ。穏やかでいながら、どこか力強さと高貴さを感じさせる香りがしますね」
そうして、砂浜に突き刺さった青年を背に、
「ここが先生の故郷なんですね!」
と、目を輝かせてそう叫ぶのであった。
こうして自分たちはこの大陸を訪れたわけである。
ニューワード大陸。またの名を新世界大陸。騎士と獣の王国。
未知の地で、呆然とする港町の人々の視線を受けながら、それでも自分は新たな冒険の予感に胸を躍らせる。
当然だろう。なにせこの大陸は今まで冒険してきた大陸と比してなお、神秘的な文化と歴史に彩られているというのだから。
獣型機動兵器の発展により栄え、十三名家と呼ばれる貴族連合によって治められし大陸。ジ・ワードにおいても有数の軍事力を備える大陸だというが、現在はかつてない規模の内戦の最中だという。
いくら魅力的とはいえ、そのような危険な大陸を訪れたのは、単に好奇心からというわけではなかった。
きっかけとなったのは一通の招待状。そこで砂浜に埋まっている“先生”にあてられた何者かからの手紙。
実をいうとその手紙の内容についてはまだ知らない。
にもかかわらず、なにか素晴らしいことがこの大陸で待ち受けている予感がするのはなぜだろうか。
わからないからこそ心は躍る。スリルがあるからこそ魂は震える。一刻も早くこの砂浜から駆け出し、大陸の中心まで走り抜けたいという衝動に駆られる。
………と、その前に自己紹介が先か。
自分の名はグレイナイン。とある街で生み出された人形である。
そして私の背後で砂浜に埋まっている彼こそが、かつてかの暗黒都市で活躍した偉大なる名探偵こと “先生”である。
自分が今日まで師事し、かつ人生の目標としている最弱にして最強の英雄である。 |