「次の黒之葛家当主は黒鳳とする」

 薄暗い広間に老人の声が響き渡った。
「ちょ、ちょっと待ってよ、曾祖父!」
 いたるところに怪しい彫刻が飾られた薄暗い石造りの広間。その中心で一人の少年が立ち上がった。
「なんで、俺が当主に?この前のテストは狂ノ助の圧勝だったよな!?」
 およそ10歳ほどの黒マントを羽織った黒髪の少年。彼は戸惑いながらも目の前の祭壇に立つ白髪の老人に叫ぶ。
「あのテストで当主を決めるんじゃなかったのか!?」
 少年が取り乱すのも無理はないだろう。先日大陸の辺境で行われたとある古名家の次期当主選抜テスト。少年はそのテストで兄と競い争ったが、結果はあらゆる点で兄に及ばなかったのだ。
 それ自体は悔しくあったものの、もとより彼には当主になりたいという願望はなかった。
 否、むしろこんな怨念を拗らせた落ちぶれ名家の当主など最初から御免だったのだ。
 彼がテストに挑んだのは、単に兄に挑発されたからというだけ。故に悔しくはあるものの、当主に選ばれないこと自体は喜ばしいと思っていたはずなのだが……、
「どうして!テストの結果は狂乃助の方が上だったのに。あのテストは一体何のため……」
 そう。結果は彼の思惑と大きく異なり、彼自身が当主に選ばれようとしている。
「無論、テストの結果は尊重している。そのうえでお前が相応しいと判断したのだ」
「はあ!?意味わかんないし!」
 厳かに言う老人に対し、噛みつくように黒髪の少年。
「くすくす……」
 そんな彼を見て笑ったのは、背後にいた黒髪黒ドレスの少女であった。
「ふふっ。お兄様ったら素敵。あんなにみっともなく取り乱して……」
 童顔ながらも麗しい顔に笑みを浮かべ、ツインテールを震わせる。
 彼女の名は黒夜=黒之葛。少年の二つ下の妹であった。
 彼女は実の兄が人生最大の混乱の中にいる様子を、楽しそうに見つめていた。
「おい、狂ノ助!お前は文句ないのかよ。こんな当主の決め方」
 と、少女の声を聞いている余裕がなかったのか、少年は隣に跪いていたもう一人の少年に話しかける。
「ん?」
 少年と同じ黒髪の、黒コートを着た少年。彼はゆっくり少年に振り返りながら、
「そーだなー」
 と、呟く。
 彼こそ少年と次期当主の座を競い合った兄、黒之助=弾=黒ノ葛であった。
「くやしーなー、むかつくなー。弟の分際で兄から当主の座を奪うなんてー」
「なんだ、その棒読みは!」
 いきり立つ少年とは対照的に、狂ノ助少年は落ち着いていた。まるでこうなることをとうの昔から予期していたかのように。
「〜〜〜〜〜っ!」
 そんな彼の落ち着いた様子にますます苛立つ少年。
「なんで俺なんだよ!?別に狂ノ助でいいだろ!そもそもこういうのって、長男が受け継ぐもんじゃないのかよ」
 改めて老人に向かって怒鳴る少年に対し。
「黒之助は当首にふさわしくない。彼は有能だが、決定的に欠けているものがある」
 と、ばっさり切り捨てる白髪の老人。
「な…………」
 絶句する少年。
 老人はすでに狂ノ助少年に興味を失っているようだった。いったいどういうことなのか。確か数日前までは黒之助こそ歴代最高の当主となる男と絶賛していなかったか。
「なんだよ………。狂ノ助に欠けているものって。そもそも黒ノ葛の当主に必要なものってなんなんだ……?」
 呻くように少年が呟いたところで、
「やれやれ………。しかたないな」
 そういって狂之助少年が立ち上がった。
「こっちはとっくに諦めがついていたってのにな。手間かけさせるなー、まったく」
 そういって彼は少年より一歩前に出る。
「つーわけだ、爺ちゃん。こいつはこいつでまだ黒ノ葛を引き継ぐには未成熟らしい。ならばもう一つ試練代わりに追試を設けるというのはどうだろう?その中でこいつがもうひと化けすることもあるかもよ」
「ふむ?追試、とな………?」
 ここで初めて狂ノ助少年に目をやる老人。
「貴様に案があるのか、黒之助」
「ん。実はちょっと面白い情報を仕入れてね。最近航路が見つかったとある大陸に、珍しいお宝があるらしい」
 と、懐から取り出した新聞の切れ端を見せながら狂ノ助少年。
「なんでもそれはこの世のあらゆる黄金と比してなお、美しく壮大な宝だとか。そしてその街では今、そのお宝を巡って熾烈な争奪戦が起きつつあるという」
 そういって狂ノ助少年はにやりと笑う。
「どうだい?俺達もこれに参加してみるというのは。そして先にお宝をゲットした方が黒ノ葛を受け継ぐってのはどうだろう」
「狂ノ助、おまえ何を言って……」
 少年には兄がどのような思惑でこのようなことを言っているのか理解できなかった。
 否、理解できなかったのは彼だけではない。この広間にいる臣下達も、目の前の老人も、あるいは言っている本人ですらわかっていなかったのかもしれない。
 それはあらゆるものの敵となりうる彼の才能、DHがなしたことかもしれなかった。

 さておき彼による提言は、数か月後実行に移されることになる。そしてそれはとある街での戦いに、巨大な石を投げ込むことになるのであった。

 そう巨大な黄金の夢を求めて競い合った、とある英雄たちの戦争に……。