そこはフランスの地方都市、とあるアパートの4階。
 ドアを開けて部屋に入ると、中の様子はいつもと違っていた。
 一言で言うなら、静か。
 照明は消え、薄暗く、いつもだったら歓声をもって出迎える仲間たちの姿がない。
 代わりにあるのはカーテンから差し込む薄らとした光と、鼻を衝く血と硝煙の匂い。
「お、ようやく帰ってきたな」
 暗闇の向こうから聞こえるしわがれた声。
 目を凝らすとそこには数人の男達。
 人数は6名。趣味の悪い黒のスーツで髪型はリーゼントもいればスキンヘッドもいる。平均年齢は40前後と言ったところか。
「へへ、てめえか?最近この街を騒がせているという天才怪盗少年というのは」
 男達はそれぞれ拳銃を手にしていた。
 そして足元にはゴミ袋よろしく転がっている数名の少年達。
「…………」
 見間違えようもない。それはこの部屋の住人たる少年窃盗団のメンバー達。
「丁度いい所に帰ってきてくれたじゃないか。おっと、怖がらなくていいぜ。俺たちはこの街の管理組合みたいなものでな」
 少年達は全身血まみれ。
 誰一人として息吹を感じられない。
「でな、最近ここらで悪さを働くガキどもがいるっていうじゃねえか。それで俺たちはこいつらを懲らしめに来たのだがな。しかしこいつら盗んだ金品をそこの金庫にしまってやがるじゃねえか」
 スキンヘッドは窓際にある50センチメートル四方の金庫を指さす。
 それは俺たち窃盗団の宝箱。中には宝石やらユーロ紙幣がびっしりと詰まっている。
「で、だ。ちょっとこのガキどもに開けてもらいたかったのだがな。そしたらこいつら予想以上に暴れるもんだからよ。ちょっと、やりすぎちまったわけだ」
 げらげら笑うおっさんたち。
 彼らの手にしている拳銃からは、未だ硝煙が立ち上っている。
 倒れているメンバーは……、全員手遅れか。
 口や腕からだけでなく、側頭部や胸から血を流しているというのは、ちょっと致命的すぎる。
「というわけでだ。坊主、代わりにこれを開けてくれねえか?素直に開けてくれれば何も怖いことはしないからよ」
 手持ちの拳銃を俺に向けるハゲ。さりげに出口に回る別の男。
 なるほど、そういうことか。
 彼らは、自称この街を裏から取り仕切る非堅気系の役人らしい。
 で、最近何かと自分たちの縄張りで好き勝手やっている、目障りなガキどもを潰しにきたわけだ。
 そのついでに俺らが所有している財産も没収してしまいたかったらしい。しかしそれがうまくいかず力ずくで通してしまったためこのザマ。
 はあ、と溜め息をつく。
 俺の足元、一番手前に転がっている少年を見る。
 茶髪で大柄、右腕に彫った入れ墨。
 彼こそ俺たち少年窃盗団のリーダーだった。
 短気で横柄ながらも、人懐っこく面倒見の良い彼。
 全身から血を流し、白目をむいた彼は、もはや動くことはない。
「…………」
 だから言ったじゃないかリーダー。アパートを借りるのはやりすぎだって。悪党は悪党らしく社会の隅で慎ましく生きていくべきったんだ。
 調子に乗って目立つことばかりやるからこうやって、ほんとに怖い人たちに目をつけられてしまった。
 尤も、その中でも一番目立っていたのが他ならぬ俺だったわけだけど。
「さあ、さっさと開けろ!ぶち殺されてえか!?」
 突きつけられる六つの銃口。まずいな、こいつら薬もやってるんじゃないか?
 若干痙攣した彼らの腕は指の力すら制御できず……
 次の瞬間、アパートのフロア全域に、銃声が鳴り響いた。

「ぐ……う……」
 数秒後、部屋にいた者たちは次々と床にひざまずいた。
 血を流し床に手をついているのは、もちろん黒服のギャング達。
 部屋の中で、両足で立っているのはこの俺一人だった。
「貴様、それは……」
 俺の右手には一丁の拳銃。
 ベレッタM92。イタリアビエトロ・ベレッタ社製の9mm口径、半自動拳銃。
 俺の手持ちの拳銃に驚くおっさんたち。
 そりゃそうだろう。だって俺も驚いた。
 今朝の狩りで最後に獲物にしたサラリーマン風のおっさん。
 その手荷物に差し込んだ手を引き抜いたら、こんなものが出てきたのだから。
「いや、誰だったんだろうな、あれ。マフィア?それともテロリスト?」
 知らない方が幸せでいられる類か。
 黒服の親父どもは床に落とした拳銃を拾おうとするも、叶わず床に崩れ落ちる。
 先程の銃声は俺が懐の拳銃を引き抜き、彼らに弾丸をぶち込んだ音。
 それぞれの利き腕と脇腹に一発ずつ。
急所は外してやったさ。あんたらと同類になんかなりたくねえしな。
「じゃあな、おっさんたち。生き延びたかったら救急車でも仲間でも呼べばいいさ」
 右手の電話機を指さし、さっさと部屋を出る。
 間もなく銃声を聞いたご近所さんが警察に通報する頃だろう。

 アパートの裏口から出て、裏路地をあてもなく彷徨う。
 一度だけ、アパートの方を振り返った。
 それにしても銃を握ったのも、引き金を引いたのも生まれて初めてだったが、存外上手くやれたものだ。
 弾丸は俺の狙い通り、一発たがわずチンピラどもにヒットした。
「やっぱり俺って……天才かもな」
 しかし今度ばかりは高揚感もなければ充足感もない。
 脳裏によぎるのは仲間たちの笑顔。ふらりと現れた俺を、同じ落ちこぼれ同士というだけで受け入れてくれた悪ガキ達。
 結局……、それが彼らの仇となった。
 ふと、いつか聞いた爺ちゃんの言葉を思い出す。

「いいか、アルよ。お前は確かに天才だ。しかしそれに増長してはならない」

「お前の才能はお前に幸福をもたらすことはない。導くこともない」

「…………」
 その時ぐるるる、と腹が鳴った。
 時刻は午前九時過ぎ。そういえば朝から何も食っていなかったっけ。
「一仕事終わってからの飯は上手い、だったよな。リーダー」
 とりあえず最寄りのファーストフード店に向かうことにする。
 その前に懐の拳銃を脇の小川に投げ捨て、一つだけため息をついた。

「また……、俺の居場所がなくなっちまったな」

 時に1999年7月。アルセウス少年9歳
 彼の居場所はまだ見つからない…………