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 国際天使調査機関。
 俺が所属するその機関は、一応国連の管轄下にある。
 職務はその名の通り「天使」と呼ばれる存在の調査と、それに関わる一連の事件の全容解明。

 そもそもの発端は14年前までさかのぼる。
 1993年10月2日。ドイツのある片田舎、稲を収穫するために野良仕事に出ていた村人達の頭上に、初めて「それ」は降臨した。
 全兆およそ100メートル。十字架のフォルム。純白と銀で構成された巨大なオブジェ。
 圧倒的な存在感に村人たちは息を飲む。
間もなくその存在は村人たちに語りかけた。

『我が問いに……、答えよ人の子……』

 神託のごとく響きわたる声は、村人たちに一つの問いかけをした。
 問いかけの内容はいわゆるなぞなぞだった。
 後に言う「天使の試練」
 はじめは戸惑っていた村人たちも、彼らの中にも好奇心旺盛な者がいたのだろう。次第にそのなぞなぞに挑戦していく。
 そして数時間がたったころ、とうとう村人たちはその問いかけの正解を導き出した。
『見事だ……、天恵を授けよう』
 十字架のオブジェがそう告げると、雲が割れ、大地に光が降り注ぐ。
 呆然とする村人たちの前で、彼らが刈り取ろうとしていた稲の穂がむくむくと起き上った。
驚く村人たち。
 当然であろう。なぜなら世界規模の異常気象の影響を受け、今年の稲の収穫は絶望視されていたのだから。
 歓喜する村人。天に帰るがごとく消えていく十字架のオブジェ。

 この出来事は一夜にして世界中を駆け巡り、世界の誰をも驚愕させた。
 信じる者もいれば、信じぬ者もいる。
 しかしその後、二カ月の間に同様の存在が二体、地上に降臨した。
 11月19日、イタリアのとある漁港。
 12月22日 グルジア山岳地帯。
 姿形違えどもやることは同じ。人間に問いかけをし、その解答を求める。
 それはなぞなぞだったり、パズルめいたものだったり。
 遭遇した誰もが初めは混乱せども、次第に一人一人がこの[試練]に立ち向かっていく。
解答を導き出した人間に、恵みを与える彼ら。
 漁獲量が激減した漁村の住民達には巨大な魚の群れを。
 地震で崩壊した村の者達には、豪勢な宮殿を。

 世界中の誰もがその存在に歓喜し、いつしか彼らを「天使」と呼び、崇めた。次は我が街へと訴えるものもいたという。
 
 そう。この時は…………まだ。

 1994年1月1日。天使4度目の降臨。
最初の天使が降臨してから二か月。イギリスの地方都市に新たな天使が降り立った。
 全長およそ50メートル。髑髏の面に枯れ木のような腕。ぼろきれのような衣装。
 四度現れたその存在に人々は歓喜する。

『人の子よ……我が試練に挑め……』

 そして課せられる新たな試練。
 人々は心躍らせながらそれに挑んだが……………………
 
『残念ながら時間切れだ。今度の試練は失敗とする』

 10時間後、天使による終了宣告。
 住人達はとうとう正解を導き出すことができなかった。
「くそっ。とうとう答えがわからなかったか」
 悔しがる住人達。地団太踏む人々。
 しかしここで彼らの中に疑問が沸き上がる。
 試練の攻略は失敗した。しかしそうなると自分達はどういう扱いを受けるのか。
 思えば人間が天使の試練の攻略に失敗したのはこれが初めてだった。
 攻略に成功した人間が天恵をもらえるとするならば、それに失敗した時は……

『それでは……天罰を与えよう』

「天ば……?」
 その言葉の意味を理解するよりも先に、天使の全身から無数の光が放たれる。
 光は矢となり天まで昇り、雲に届くかという高さで反転し急降下。
 コンマ3秒後、大地に突き刺さる光の矢。
 瞬間、凄まじい爆音と熱風が大地を駆け抜けた。
 街を揺るがす巨大な震動。
 ビルの窓ははじけ飛び、建物は次々と崩落する。紙屑のように吹き飛ばされる人々。
「て、天使様……、一体何を!?」
 悲鳴を上げても、もう遅い。
 次々と突き刺さる光の矢は、街を端から消滅させていく。
 そう、人々は忘れていた。
 うまい話には裏がある。奇跡を手にするには代償がいる。
 人類が今日まで試練を攻略してこられたのは、ほんの「まぐれ」にすぎず……、人類は自分たちが気付いてなかっただけで、

 飛び散る肉片。響きわたる断末魔。

 史上かつてないほど、危険な橋を渡り続けてきていたのだと。
 
 数分後、
『それではこの度における試練は終了だ。次の試練も励んでくれたまえ』
 そこにはもはや何もない。
 あるのはかつて人だったものや物だったものの残骸。
 虚空に消えゆく天使の声が、何もなき荒野に木霊する。

 これが、後に言う第4天使の悲劇。
 この事件における生存者は一人もいなかったといわれている。
 これをもって人類は、今までいかに自分たちがおめでたかったかということを思い知らされた。

 イギリスにおいてもたらされた天使による惨劇は、世界中の人々を恐怖に陥れた。
 しかしそんな混乱をよそに、次々と降臨する天使たち。
 それまで容易く攻略できてきたのが嘘のように、次々と攻略に失敗する人間たち。
 攻略に失敗した者達には容赦なくもたらされる死の制裁。
 人類はこれらに何ら良策を打ち出すことができず、第1天使の降臨から14年、天使の試練により命を落とした人間は実に数千万とも数億ともいわれている。

 ………さて、そんな天使の暴虐に対してなんら有効な手段をとれなかった人類ではあるが、しかし全く何も手を打たなかったかといえば……、そうでもなかった。

 各都市の防衛機能の強化。
 天使への対応を目的とした、様々な条約の取り決め。
 そしてその中でも目玉といえるのが、先程上がった国連直属天使対策機関の創設といえるだろう。

 天使対策機関の創設はおよそ14年前、第4天使の悲劇から半年後である。
 目的はその名の通り天使並びにそれにまつわる全ての事象の調査。
 各国のあらゆる分野のスペシャリストが集められ、天使に関して様々な研究がなされた。
 ただし公にはその存在を秘匿され、一般に彼らの活動が表に出ることはない。
 世界の裏で天使を探る、特殊研究機関。
 ここまでを聞くと、映画に出てくる秘密結社のようなものを思い浮かべるかもしれないが……、実際その通りなのはどうかと思う。
 正直この天使対策機関は、少々方向性を間違っている気がしなくもない。
 そもそも互いの素性を隠すことにさほど意味があるとは思えないし、公に存在を隠しても資金の調達力と行動力が激減するだけだ。
 というかこの機関自体「天使が出てきて大変だ。じゃあとりあえず立ち上げておくか」みたいなノリで作られた感がひしひしとする。
 どこかちゃらんぽらんな特務機関。

 尤も……、この機関の最もタチが悪いといえるのは、作った連中がいい加減だった割に、集まってしまった連中があまりに[本物の]天才ばかりだったということだろう。

 ところで、これまで我らがどれだけ天使の謎を解明し、世界に貢献してきたかというと、これが実にさっぱりだったりする。
 機関の創設から14年。現時点で我らが攻略できた天使はたったの3体。
 3体も攻略できれば上等じゃん、などと思うなかれ。この機関に投じられている予算の額はちょっと洒落にならないくらいに莫大。いうなればどこぞの大国の国家予算クラス。そこらの小国だったら買い占めることができるかも。
 ……余談だが、天使対策機関の総本部は一番我らに出資してくださる、かの日の丸の国にある。
 いずれにせよこのままなんら成果をあげられないようだと、スポンサーからの視線も痛い。
 そんな我らの元に今回はなんと、天使の予測出現情報が飛び込んだ。
 大まかではあるが出現位置と日時が確定済み。
 半信半疑ながらもこれは毎回天使事件に駆けつけながらも、到着したときにはすでに手遅れ、という我らにとって千載一遇の大チャンス。
 何とかして天使の尻尾を掴みたい。

 そんなわけで、その天使が出るであろうアラブの進行開発区域に派遣されたエージェントこそが俺、怪盗騎士ことアルセウス・エクスカリバーであった。