「それは…………、ウェディングドレス!?」
 そう、マスタが見に纏っていたのは純白のドレス。それもところどころに花の文様があしらわれ気品に満ちたそれは、女性なら誰しもが憧れるという婚礼衣装にほかなりません。
「一体何事です、その格好は?ま、まさかいよいよ先生とご結婚を!?」
「いやー、そうじゃなくてね。実はうちのグループの衣料部門で新デザインのウェディングドレスが完成してさ。そのPRを私がすることになっていたんだよね」
 頬をかきながら照れ笑いするマスタ。
「でまあ、これで写真撮ったりCMに出たりするんだけれどね。何かおかしなところはないかなーと思って」
 おかしな所なんてあるはずがありません。
ドレスの裾を翻し微笑むマスタはさながら天使か大日如来。なまじ仕事着姿や作業着姿を見慣れているせいで、稀に見る女性らしい衣装を着たマスタはいっそう神々しく見えます。
「素敵です!お美しいです、マスタ!」
「あはは、ありがとね。グレイナイン」
そうして自分に微笑みかけるマスタでしたが、
「……ちらっ」
 時折その視線は横にいる先生へと向けられています。
 ええ、ええ、わかりますとも。いつも隣にいるパートナーの気を、ちょっとおしゃれして引きたいその気持ち。仕事上のパートナーではなく一人の女性として見てもらいたい乙女心。
 ドリムゴード事件を解決してからというものの、我がマスタは時折可愛らしくて仕方ありません。
 それまで一日中作業着で油まみれでいても平気だったのが、最近ではちょっと汗を掻いたくらいでシャワーを浴びたり、アクセサリーなんか身につけてみたり、こっそり恋愛小説なんか読んでいたりして。
しかも本人がその気持ちを自覚できていないところがなお可愛いらしい!例えるなら初恋をしたけどその感情を理解出来ず、情熱だけ持て余す小学生みたいな!
 自分が言うのもなんですが、マスタはこのあたりが無知、というか幼い方で、ひょっとしたら自分のほうが恋愛感情というものを理解できているのではないかと思えるほどです。まあ、自分もトモエちゃんから借りた少女漫画からの知識なのですが………、ともあれこんな可愛らしいマスタを前にしたら、自分としても応援せずにはいられません。 
「それで、どうかな?クロくん」
 まるで主人にしっぽを振る子犬のごとく、何かを期待するかのように目を輝かせながらマスタ。
 おそらく今日も仕事でウェエィングドレスを試着するだけだったはずが、途中無性に先生の感想を聞いてみたくなり、仕事を打ち切って帰ってきたのでしょう。………というかこの格好で歩いて帰ってきた?この人、乗り物とか全然苦手だったような…………。
「ふむ、なるほどね」
 と、一通りマスタのドレス姿を堪能したのか、頷きながら先生。
 おそらく今先生は頭の中で、ありったけの語彙の中から、最もマスタの美しさを表現するに相応しい言葉を検索しているのでしょう。その言葉次第では、これが二人のゴールインになりえるかも?先生の賞賛の言葉に頬を染めるマスタ。そのまま二人で新婚旅行なんて素晴らしいではあーりませんか!
 さあさあ先生、賞賛の言葉をどうぞ。いっそプロポーズでも構いません、ゼ!
「まあ、悪くないんじゃない?それポリエステル製でしょ?なのにシルクのような高級感。もしかしてそれが新開発のコーティング技術?なるほど、見た目の割にコストパフォーマンスもよさそうだ」
 …………………………………。
 は?一体なにをいっているのだろう、この人。
 ポリエステルだのコストだの、そんな批評家みたいなコメント聞いてないんですけど。
「でも生地の区切りにはもうちょっと工夫がほしいかな?ヴェールだけでも相当なパーツ量だし。同じコストでももう一工夫あるだけでお得感が出せそうだ」
 だからそんな寸評いらね―――っ!!
 なにちょっとこの人、空気を読めなさすぎじゃない!?もう少しTPOをわきまえてほしいんですけど!
 そりゃたしかにマスタはドレスについてのコメントを求めましたけど、今注目するべきはそういうことじゃなくて。大事なのはドレスを着ているのが彼女、あなたのパートナーであるということですよーっ!?
「あ、あはは。まあ、うちの開発部門も努力していたからねえ。で、私の着こなしはどうかな。少しは売上に貢献できるといいんだけれど」
 頬を引きつらせながらも笑みをつくるマスタが痛い!
 この朴念仁、せめて「見違えたよカタナ。キミの新たな魅力にときめきラブハート♥」くらいのことが言えないのか――――――っ!?
「ふむ、着こなしねぇ」
 改めてマスタを眺める先生。
 おそらくこれが最後のチャンス。らしくもなくちょっとセクシーなポーズなんかをとっているマイマスタ。
 しかしもう嫌な予感しかいたしません。いっそ今すぐ先生の後頭部をスパナで殴りつけて、黙らせたほうがいいのかも!?
「というか、そもそも君がウェディングドレスのPRっておかしくない?きみってたしかバツニだよね?こういうのって独身女性がやるものだと思っていたけれど。いっそヴィオやトモエさんあたりに頼んでみたらどう?なんならぼくの方から声をかけてみてもいいけど」
 やはり殴っておくべきだった!!
 天元突破の朴念仁降臨!
 というか忘れてたよ。この人こういう事やらかす人だったよ。殺人事件の推理とかは得意なのに、自分に寄せられる好意には鈍感。相手の建前を鵜呑みにして、その裏に隠された真意を汲み取ることができない。石橋を叩いて渡っているつもりで、端から地雷を踏みぬいていく!
「………………」
 と、そんな先生の無神経ぶりに、とうとうマスタもブチギレて………、
「フ………、ウフフフフ♥」
 と思ったら笑った!
「そうだよねえ、私みたいな中古女がウェディングドレスなんて、ちゃんちゃらおかしいよねえ。フフフ、なんで私もこんな仕事引き受けたちゃったのかなあ」
 抑えきれぬ負のオーラを背負いながら、それでも笑みを作るマスタが怖い!先ほどまで上機嫌に弾んでいたはずの声が、黒い怨嗟に染まっていく。
 一体どう始末つけてくれるんですか先生。これあなたのせい。完全にあなたの責任ですから!
「そうそう、君がやるなら、作業つなぎや重機のPRのほうがしっくりくるって。そもそも君、この先ウェディングドレス着る機会あるのかなあ。せめてそういう相手が見つかってからにしたほうが良くない?」
 一方この期に及んで空気の読めない先生はなおも爆弾を連投中。
 一体どこにたどり着くのだろう、これ。少し前まで思い描いていたハッピーエンドは、すでに遠く儚い。
「そうだねー。じゃあ、そうするよ
 と満面の笑みを浮かべてマスタ。
「それじゃあそろそろ背中も冷えてきたし、着替えてくるね」
 そう言って自分たちに背を向ける。
「と、ちょっと待った。カタナ」
 と、その背中に声をかける先生。
 見れば少々気まずそうな顔。もしやこれは逆転のチャンス?この人、ようやく自らの過ちに気づいた?
「ちょっと機械油で手が汚れちゃったんだけれどさ……、君がかぶっているヴェールで拭いちゃダメ?」
 とどめキタ――――――っ!
「あ、あは、あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
 そうしてマスタは壊れた笑い声を上げた後、
「便所の水で洗っとけ!」
 ガラガラピッシャン。罵声と共に工房から出ていくのであった。
「………………………」
 そうして工房に取り残された先生と自分。
「なんだろう。いきなり機嫌が悪くなったな、彼女。何が勘に触ったんだろ」
「…………ご自分で考えてください」
 もはや怒る気力もわかずに、自分。
 例えようもない悪夢であった。一刻も早く忘れたい、が、間違いなく今回のエピソードは後に尾を引く事になる。一体この先何が待っているのか。考えたくない。逃げたい。
 本当どう責任をとってくれるのだろう、先生は。もう何が起きても自分は知りません。というか自分はマスタの側につきますから。
「しかしカタナがウェディングドレスねえ………………」
 と、そんな自分の苦悩を知ってか知らずか、宙をぼんやりと見つめながら先生。
「やっぱり許されない、か」
 果たしてそのつぶやきにどのような想いがこめられていたのか不明ですが………………、

 ともあれ、この出来事が半月後に起きる“大結婚事件”の引き金になったことは間違いありません。


大結婚事件プロローグ
グレイナインテンパる 完


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