10mほどあけて向き合う俺と彼女。
 俺の右手には一振りの西洋刀。彼女は相変わらず、徒手空拳。
「ユニックス様ー!頑張ってくだされー」
 脇から声援をくれるのは先ほど彼女にボコられたごろつきども。嫌われ者の俺を応援してくれるあたりに若干の義理堅さを感じないでもないが、あいにく野郎共の声援は俺のモチベーションを下げることにしかならないことを察してほしい。
「では、参ります」
「いつでもいいよん」
 剣を斜めに構え、攻撃に備える。
「それでは―――」
 と、言ったのと、彼女が右腕を振り下ろしたのは同時だった。
 そこから放たれる短刀状の何かが三つ。高速で迫りくるそれを右に半歩飛ぶことで躱す。
「これは……」
 すれ違いざま首筋を撫でるひやりとした冷気。
 改めて彼女と向き合うと、すでにその場に彼女はいなかった。
 投擲と同時に右に飛んだのだろう。3メートル先に着地したと同時に、再び彼女はそれを放つ。
「―――っ!!」
 右手から3つ。左手から3つ。計6本の迫りくる“それ”を今度こそ視認した。
 長さ50pほどの白き短刀。白銀の粒子を纏ったそれは、
「氷か!」
 確認に気をとられた俺は一瞬回避に遅れる。しかし問題はない。右手の剣を十の字に振るい、
「せいっ」
 一振り目で3本。二振り目でもう3本。コンマ2秒で計6本の短刀を叩き落とした。
「いや、なかなか」
 肝を冷した。元消防局の人間とは思えない、アサシンもかくやの容赦ない投擲。大崩落事件解決から間もなくして、早くも命の危機にさらされようとは。
「………………」
 正面には先ほどより2メートル距離を詰めた彼女。新たに右手と左手に三本ずつ短刀が握られている。
「なるほど。氷の剣………。アイスブレイドの使い手か」
 雪の結晶を纏いしそれは、紛れもなく彼女が生み出した氷の剣に他ならない。おそらく大気中の水分を凍結して精製したのだろう。
「見事だ。一瞬でそれだけの刀を造り上げるとはね」
 おそらく相当の集中力と繊細さを要とするのではあるまいか。理論こそ単純であるものの、この速さと精度での氷の精製はなかなかお目にかかれれるものではない。
「ただ………」
 わかってしまえばさほど脅威といえるほどのものでもない。
 せっかくの絶技も投擲意外に使い道がないのであれば、撃ち落とすか躱せば済むことだ。そうやって距離を詰めていけば、いずれは俺の勝利に終わるだろう。なにせ接近戦で俺に勝てる奴なんてそうはいないし。
「ちょっと手の内を明かすのが早すぎたね」
 所詮は消防局のお嬢さんということか。駆け引きに関しては素人なのだろう。
「それは、どうでしょうか?」
 と、俺の呟きが聞こえたのか、静かに彼女。
「むしろ気付くのが遅すぎたという考えも……」
「ん?それはどういう……」
 と、言いかけたところで右手に違和感があることに気付いた。どうにも先ほどから右腕が、妙に重い。
「って、なんだこりゃ!?」
 確認して気付く。おかしいのは右手………、が握っている剣であった。
 例えるならぱらぽらアンテナ。オーソドックスな西洋刀だったはずの俺の剣には、横向きに六つの氷柱が張り付いていた。
「これは………」
 光輝く真白きそれは、先ほど撃ち落としたはずの彼女の剣に他ならない。
「なるほど、そういう……」
 撃ち落としたと思っていた氷の剣は、弾かれることなく俺の剣に張り付いていたわけだ。おそらく剣(もしくは金属)にぶつかったときには張り付くよう、あらかじめプログラミングされていたのだろう。
 斬撃と武器封じの二段構え。思った以上の芸達者ぶりであった。
「いや、感心している場合じゃないんだけれど」
 そう。6本の短刀が張り付いた俺の剣は、明らかに重量が元の2倍以上になっている。このままこの剣で戦い続けるのは、ちょっと、まずい。
「それでは続いてまいります、ユニックス様」
「げ」



 俺の動揺などお構いなしに、今度は上に跳躍しながら剣を放つ彼女。重力を味方に付けた剣の速度は先ほどの二割増し。
 それに対し2倍の重量の剣を持った俺の回避能力は、どう頑張っても先ほどより落ちる。
「くっ」
 紙一重でかわした氷の刃がコンクリートの地面に突き刺さる。
 しかし息をつく暇もない。続けて右手左手右手左手と、精製した順に投擲してくる彼女。
 俺は時に避けながら、時に撃ち落としながら、何とかそれを凌ぐ。

 ちなみに氷使いときいて思い出されるのは、やはり先日の大崩落事件で大活躍した”彼”だろう。彼女の氷は出力でこそ彼に遠く及ばないものの、しかし用途と機能をコンパクトにまとめたことで、高性能高効率な中距離戦用魔法として完成しているといえる。

「実際、相手にするのしんどいしね!」
 回避できたときはよいのだが、問題は撃ち落したときだ。その度に氷の剣は俺の剣に張り付いていき、どんどん重量を増していく。
「このままでは、まずい」
 ホムロだったら一瞬で氷を溶かしてしまうのだろう。シャドだったらこの程度の氷が直撃したところでへでもあるまい。しかし俺には彼らのような広域攻撃手段もなければ、耐久力もない。できることといったら撃ち落とすか躱すくらいである。
 要するに相性が悪いのだ。せめて十二神器でも持ってきていれば話は別だったのだが………。
「ちっ」
 剣の重量が増すたびに勝ち目は薄くなっていく。
 勝機があるとすれば彼女のREI切れくらいか。戦闘開始からそろそろ一分。投擲した剣の数はすでに三百本近い。地面に突き刺さった剣の束は、まるで氷の剣山であった。いくら何でも奮発しすぎだろう。見たところそこまでREIに恵まれているようにも見えないし。
「おそらくあと20本といったところか?」
 少しずつ氷の精度が落ちているのもわかる。となると俺にも勝機が見えてくるわけで……、
「いいえ。あなたはこれで終わりです、ユニックス=F=オディセウス様」
 またしても静かに氷の彼女。
「む?」
 言われて気付く。たしかに彼女の言うとおりであった。
 周囲に突き刺さった無数の剣は、びっしり隙間なく俺を取り囲んでいた。剣山改め、氷の監獄。これではもう彼女の攻撃を躱すことができない。
「いや、大したものだね。ここまで計算していたわけかい、君は」
 本当に元消防士なのだろうか。一見無駄に思えた投擲の乱発も、実は彼女の思惑通りだったらしい。
 氷の剣、武器封じと来て、とどめは俺の行動力を封じてきた。まさに計算され尽くした殺人プログラム。いったいどこでこんな恐ろしいことを学んできたのか、彼女は。
「ともあれ………」
 客観的にみて、この次点で勝敗は決したといえるだろう。無数の氷の剣が張り付いた俺の剣はすでに100キログラムを超えている。こんなもんでこれ以上彼女の攻撃を凌げるわけがない。
 周囲の野郎共にもあきらめムードが漂っているし。
「ここらが潮時か」
 と、俺が両手を上げようとしたところで、
「大したもの、はあなたの方ではありませんか。ユニックス様」
 またしても静かに彼女は呟いた。
「ん、俺?」
「はい………。最初の投擲から298刀。うち193刀を牽制。105刀を必殺のつもりで投げました。絶対回避できないはずの一撃を105刀。しかしあなたは傷一つなく、そこに立っている」
 新たな剣を精製しながら彼女。その口調に微かに不機嫌さが混じっているように聞こえるのは気のせいか。
「過去、ここまで私のペースで進めていながら、仕留められなかった敵はいません。あなたは紛れもなく私が出会ってきた中で最強の戦士です」
 やや熱のこもったセリフで彼女。
「それだけの才能を持ちながら、あなたは何をあなたは迷っているのですか、ユニックス様」
「………ユーリシア、さん?」
 はて、何を言いたいのだろう、彼女は。
「大崩落事件は解決しました。すべてが円満に片付いたわけではないのでしょう。多くの傷が、悲しみが、この街から癒えていないのは事実です。しかしすでに新たな事態は動いている。誰もが次に向けて頑張っている。なのにあなたはいつまで、過去にとらわれているのです?」
 淡々と、しかしどこか訴えるようにユーリシア嬢。
「私は先日まで消防局にいました。そこで私が見たのは多くの災害現場と救われぬ被災者たちでした」
 一瞬空を見つめ、しかしすぐに視線を戻して彼女、
「変えられないものというのは確かにある。その最たるものが過去でしょう。ですが未来ならば変えられるかもしれない。新たに失われていくものを防ぐことができるかもしれない。しかしそれは、あなたが成すべきことを成せばの話です」
「………………」
「あなたが今日までどのような罪を犯して生きてきたのか私は知りません。あなたが何を踏みにじって生きてきたのかは私にはわかりません。それでもあなたは生きている。ならばその有難みを実感することはできませんか?そして生きているのならばやるべきことがあると思えませんか?」
「………………」
「様々な無念を無駄にしないため。新たな悲劇を生み出さないため。それができるのは生きている私達だけなのですから………」
 おそらくそれなりに誠実であろう彼女の訴えを、残念ながら俺はほとんど理解できなかった。俺と彼女が歩んできた道はあまりに違う。結局他人からのアドバイスなど、役に立つことは滅多にないのだ。そもそもそれが理解できたのなら、初めから俺は間違いなんて犯していないだろうし……。
 なので、
「えーと、もしかして君は最初から俺に会うために来たのかな?はじめから俺と戦うことが目的だったとか?」
「いいえ、そのようなことはありません」
 どうでもいい俺の問いかけに、きっぱりと彼女。
「けっして先日パーパロウ様から、ユニ夫の馬鹿がしみったれていていい加減目障りだから君の方から喝を入れてやってくれ、などと頼まれてきたわけではありませんよ」
「………そーですか」
 そういうことならきっと気のせいなのだろう。ついでに数年前どこぞの火災現場で彼女と会った覚えがあるのも、気のせいに違いない。
「失礼、少々喋りすぎました」
 そう詫びながら彼女。
「それではこれが最後です、ユニックス様」
 そういって両手に剣を構える。