―――それから長い年月が過ぎました。



「ぎあっ!」
 その日、とある廃墟に、少女の叫び声が響きわたった。
 直後、薄汚れたビルの一部が崩落し、轟音と土煙を巻き起こす。
「人形!?」
「人形さん!」
 それを、数キロ離れたところから見ていた十数人の一団が、悲鳴を上げた。
 ボロきれを纏った難民を思わせる一団。事実、彼らは世界各地における“人間狩り”から逃れてきた、旧人類の難民たちであった。

「いちちちち」
 土煙漂う瓦礫の中で私は身を起こした。
 目の前に舞散るコンクリートの破片と、散乱するガラス片。
 立ち上がろうにも、膝に力を入れただけで、全身に激痛が走った。
「いったあ……。久方ぶりのこの痛み」
 無理もないか。経年劣化で脆くなった廃ビルとはいえ、上空4000メートルから音速で突っ込んだのだ。直前でシールドを張ったとはいえ、無傷で済むはずもなかった。
「レーザーミサイルを防ぐのに全力出し切っちゃって、着地にエネルギーを割けなかったな。予備のエネルギーパックがなかったら、スクラップになっているところだった」
 やはり、できないことはするものではない。私も歳だし。
 最新のガキンチョ相手にガチの高速戦闘をやらかすのは、少々無茶がすぎた。
「よっ、と」
 右手の剣を支えに立ち上がる。
 しかし―――、
「!?」
 その瞬間、剣は音も立てず崩れ去った。
「真夜の剣が・・・・・・」
 灰と化した剣は、土煙に紛れ宙に消える。
 私の冒険が始まって以来、長きにわたって共に戦い続けてくれた愛刀は、この瞬間、その命を終えたのである。
「これまでだ、DG9」
 冷汗を流す私に、頭上から声をかけてくる者がいた。
 見上げれば、視線の先に、黒い衣装を身に纏った白髪の青年が浮かんでいた。
「Dミリオン……」
「よもや、今の攻撃を防がれるとは思わなかったが……。まさかあの骨董品に、我が多次元攻撃を防ぐだけの力があったとはな。流石は伝説の英雄。いろいろおかしなものを持っている」
 冷たく、厳かな物言いで彼。
 黒マントを羽織ったその風貌は、それだけを見れば、私の師であるあの人に似ていなくもなかった。
「しかし、これ以上奥の手は残していまい。頼りの剣は折れ、貴様自身のエネルギーも尽き果てた。もはや貴様にできることは何もない」
 Dミリオン。それが彼の名前であった。
 三年前造られた、最新鋭の“新人類”にして、彼らを束ねる6人の王の一人。
 ついでに言うと、先ほど上空における高速戦闘で、私をぶちのめし、地上に叩き落としてくれた張本人でもある。
「いい加減、敗北を受け入れよ。そして我が軍門に下れ。もとより貴様を滅ぼすのは俺の本意ではない。
 本来貴様は我らの中心に立ち、新たな世界の柱となるべき存在」
 黒マントを翻しながら彼。
「その運命を受け入れよ。我らが祖にして、伝説の人形、グレイナイン・KZ・ドリムゴード!」

 神託のごとく廃墟に響き渡る青年の声。
 この荒廃した世界で、私は何十年かぶりに自分の名前を聞いた。