遠くから聞こえる阿鼻叫喚の叫び声。
 どうやら今年のバレンタインデーは両軍の共倒れに終わりそうか。
 まあ一昨年は男子が勝ち、去年は女子が勝ったから、今年はこうなるんじゃないかと思っていた。
「う〜ん」
 一方、剣太郎くんは少し悩んでいるかのようであった。
 まあ、ちょっと唐突すぎたか。
 いくら私の誘いだからと言って、皆を蔑ろにできるような彼じゃないし。
 ならば止むをえまい。調理室に行こうかと思っていたところで、
「うん。面白そうだね。優輝ちゃんと二人で遊ぶなんて、久しぶりな気がする」
 笑みを浮かべて剣太郎くんは言った。
「え? いいの?」
「いいのって、優輝ちゃんが言いだしたんでしょ? 二人で遊びたかったんじゃないの?」
「そうだけど、みんなの方は……」
「う〜ん。今日は優輝ちゃんを優先させてもらおうかなと。というか最近みんなやんちゃが過ぎるし、ここらでお灸をすえた方がいいかなーなんて」
 またしても驚いた。剣太郎くんの口からそんなセリフが飛び出すだなんて。
 普段は彼らに絶対服従の剣太郎くんが。
「……もしかして、男子の方でも何かあった?」
「それが悪乗りして、戦車の手配までして……、いや、何でもない。ともかくいい機会だから、今日は彼らだけで、なかよく窮地を脱してもらおうかなと……」
「なるほど………」

「ええい、マシュマロごとき食っちまえ! 食い物ごときに食われてたまるか!」
「男どもに後れを取るな! このマシュマロを喰らい尽くすのは我々だ!」
「うわ〜ん。狂……琢三郎さんたすけてくださいーい!」

 いろんなものが変わっていくのかもしれない。
 私も、彼も。バレンタインデーも。
 今年のバレンタインデーが去年と違ったように、来年のバレンタインデーもまた違ったものになるのかもしれない。
 来年の私はどのような気持ちで、君にチョコレートを贈るのだろう。そのチョコレートには、どのようなメッセージが書かれているのだろう。
 そして、君はどんな気持ちでそれを受け取ってくれるのかな?
 わからない。
 正直言うとちょっと怖い。でも、ドキドキする。
 今を愛しいと思いながらも、未来を待ち焦がれてしまう。
 だったら……。
「じゃあいこうか、剣太郎くん。まずはボーリングとビリヤードとバッティングセンターかな! そのあとは焼肉にしよう。勿論、負けた方のおごりで」
「それって全部優輝ちゃんの得意分野じゃない!? もしかして今日一番ぼこぼこにされるのってぼく?」
 今頃気付いたのか。ちなみに先日が彼の給料日だったことは知っている。
 先ほど力になってくれるといったのは剣太郎くんだ。ならば今日は遠慮なく、彼の力で豪遊するとしよう。
「さあさあ、行くよ。剣太郎くん。成長した君の力で、私をエスコートしてくれたまえ」
「うわあ! なんか生き生きしてる!? やっぱり早まったか、僕!?」
 彼の手を引き、街へと繰り出す。
 そういえば、こうして手をつなぐのも久しぶりだったか。
 相変わらず暖かい彼の手のひら。
 でもその暖かさから受ける想いも、少しずつ変わっていくのだろう。

 不安と期待を胸に秘め、私たちは進んでいく。
 雪に足跡を付けるように、一歩一歩未来へと。

 その先に待っているものが、暖かいものであることを願っている。


    
クラウン外伝 境界線の優輝ちゃん
おわり