「え……、あ、あれ?」
 そうして、少女が目を覚ましたのは、それから数分経ってからのことだった。
「先生、自分は……」
「よかった、気がついたようだね、グレイナイン」
「あり? なんで自分は先生に抱きかかえられて? 役得? ん〜。でもマスタに悪いような……。じゃなくて、どうして?」
「疲れが溜まっていたんじゃないかな。ここに来るまで、休みなしだったし。いかに君でも、目眩の一つくらい起こしても不思議はない」
「そうでしょうか。言われてみれば、少しだけ体が重いような。やはりゲームのやり過ぎはよくないですね。しばらく、徹夜は三日に一度くらいにしておきましょうか」
「そこは週一と言って欲しいところだけどね。そんなことだから、妙な悪霊に取りつかれるんだよ……」
「悪霊? なにかのゲームの話ですか……?
 あ、ゲームと言えば、先生。ジ・ワードGOはどうなるのでしょう? どこか別の会社が運営を引き継ぐのでしょうか」
「どうなのかな? さっき運営している本人が、店仕舞いとか言っていたような」
 慌ててネトフォを取りだす、白マントの少女。画面をタップし、ジ・ワードGOを立ち上げる。
 すると画面には、

『誠に勝手ながら、ジ・ワードGOは本日を持って終了とさせていただきます。長らくありがとうございました』

 と、そんなメッセージが表示されていた。
「ぎゃ――――っ!? ジ・ワードGOが!? これでは自分の課金はどうなるのですか!? 夏イベントは!?」
「僕に言われても……。まあ、始まったサービスはいつかは終わるものだしね。課金する際は、そのあたりも考えてだね」
「そんなあ。せめてイベントCGだけでもダウンロードできませんか? シナリオと音声もダウンロードできると、なお良しなのですが」
「だから僕に聞かれても……。そのあたりは運営に直接聞いてみるのが良いんじゃないかな。あれで彼女サービスいいし。頼みごとは聞いてくれるかも」
「? 先生、運営の方と知り合いだったんですか? というか、生き残りがいたんです?」
「あー、まあ。君も知り合いになると思うよ。これからね……」
 深くため息を吐きながら、黒髪の青年。
 流石に先程、その運営と直接対話していたことを教える気力は、今の彼には残っていなかった。
「ともかくここを離れようか、グレイナイン。そろそろマスコミも嗅ぎつけて来るころだ。僕たちのせいでゲームが潰れた、なんて記事にされた日には、世界中のプレイヤーから、爆発物が送られてきかねない」
「そ、そうですね! しかし、ジ・ワードGO終了ですかあ。せめて夏イベントまでもって欲しかったんでけど。せっかく水着マスタのために、資金を溜めていたのに……」
 珍しくブルーな顔で白マントの少女。しかし、やがて思い出したかのように、
「こうなると実際のマスタに会いたくなるものですね。旅に出てから大分経ちますし。そろそろ、あの街の空気も恋しくなって来たような……」
 と、何かを期待するような眼差しを黒髪の青年に向ける。
「いかがでしょう? 先生」
 そんな彼女の問いかけに対し青年は、
「そうだね。それも悪くないかもね」
 と、素っ気なく答えた。
「え……?」
 思わぬ返事に、目を丸くする白マントの少女。普段なら、なにかと彼が避けたがる話題であったからである。
「本当ですか、先生!? 本当にあの街に帰ると?」
「どうやらあの街に帰る理由が一つ増えたようだ。あの悪性プログラムを滅ぼす手段を調べる必要がある。
 実のところ“彼女”が最終的にどのような手段で魔王を滅ぼしたのか、僕は知らない。関係者を回って、話を聞かないと」
 と、遠く、地平線の向こうを見つめながら青年。
「? それもゲームの話ですか? もしかして、先生もゲームを始めたのでしょうか? あ! でしたら、ジ・ワードGO以外にもお勧めのゲームがありましてですね……」
 と、再びネトフォを取りだす、白マントの少女。
 しかし、
「あれ?」
 画面を見て、彼女は首を傾げた。
「どうしたんだい?」
「いえ。ジ・ワードGOの終了告知の下に、なにやら別の告知がありまして。これは……新作ゲーム?」
「新作ゲームの告知?」
 彼女のネトフォを覗き込む黒髪の青年。
 すると、

『年内開始予定。ジ・ワードGOの流れをくむミラクルアドベンチャー“大魔王事件”。事前登録受付中。限定☆5キャラ一体プレゼント」

 画面にはキャラクターたちのシルエットともに、そんなメッセージが表示されていた。
「大魔王、事件……」
「うわー、どんなゲームでしょうねえ。大魔王事件……。ちょっと垢抜けないタイトルですけど。システムはジ・ワードGOを引き継ぐのでしょうか。データも引き継げるといいのですが。
 というか、いきなりゲームを打ち切っておきながら、早速新作ゲームの告知とは。相変わらずここの運営はロックですねえ。
 それはさておき、登録しても良いですよね、先生?」
「……懲りないね、君も。まあ好きにしたらいいんじゃない? 一応僕も登録しておこうかな」
「え!? 先生もプレイなされるのですか?」
「手に入れられるものは、入れておいた方がいいと思ってね。彼女、こういう部分ではフェアだし。尤も、どの程度気休めになるかはわからないけど……」
 と、ネトフォを取りだしながら黒髪の青年。そうして、なれないネトゲの登録作業を進める。
 しかし、
「しくじったな……」
 その途中、彼は小声でつぶやいた。
「なんであんなことを言っちゃったかな……。もっと穏便にすますつもりだったのに」
 舌打ちしながら黒髪の青年。
 本来なら、黙って彼女の話を聞き流すはずが、最後の最後で彼はしくじった。
 相手のあまりの電波発言に苛立ち、ついつい挑発紛いのことをしてしまったのだ。
「なんか似ていたからかな。あの若干電波なところが“誰かさん”に……。まったくこれで本格的に目をつけられる、なんてことになったら恨むぞ、君のことを」
 と、ここにいない誰かに対し、内心八つ当たりをしながら黒髪の青年。
「しかし…」
 と、しばらくして、再び彼は軽く首をかしげた。
「一つだけ妙なことがあったな……。なぜデイズは、あのことについて触れてこなかったのか……。 彼女にとって最も大事な“彼女”のことを。僕が参加するかどうかより、余程大事だろうに」
 画面に反射した彼の顔には、微かに困惑が浮かんでいた。
「先生?」
「彼女は本当にデイズなのか? だったら、どうして“彼女”の名を口にしなかった? まるで気にも留めていないかのように。なにか理由があったのか?」
 キョトンと首をかしげるお供の少女を余所に、青年はぶつぶつ独り言を呟く。
 じつは、先程彼女と対峙していた時、黒髪の青年はあえて触れなかったことがあった。
 目の前の彼女が何者かを探るために、“ある名前”を口にすることを避けていたのだ。
「まさか本当に忘れていたのか? 彼女の仇敵のことを。かの事件で彼女が死闘を繰り広げた彼女の最大のライバルのことを」
 画面をタップする指に力が入る。
 ネトフォが軋む音にも気づかず、黒髪の青年は呟いた。
「暗黒シティ最強のゲーオタにして、今は亡き暗黒シティ4強の一人……。勇者アイナについて触れなかったのは、一体どういうことだ?」

 気がつけば日は沈み、街灯の少ない郊外の町は、薄暗い闇に包まれていた。
 冷えた夕暮れの風が、時折青年のマントを揺らす。

 かくして、青年の困惑をよそに、ゲーム開始の時は迫っていた。
 およそ20億人のプレイヤーが参加し、その半数が命を落とすことになる死のゲーム。
 現実の価値を試す二つの世界の戦争。

 すなわち、大世界百大事件が一件、ソーシャルゲーム大魔王事件。

 ただ今事前登録受付中。
 限定☆5キャラ、グレイナイン・K・ドリムゴード(魔導学園潜入)もらえます。

 登録急げ。

DGワード業 終わり
DGワード 大魔王事件に続く