死臭漂う暁の廃墟。 がれきと化した豪邸の敷地に立っているのは、私と彼の二人だけであった。 夕日を背にたたずむ黒マントの男。彼こそ私のパートナー、ナイツ250クロラット=ジオ=クロックス。 気を失ったセブンに応急処置を施している私の横で、まだ周囲への警戒を怠らない彼。当然だろう。ほんの数分前までここは戦場だったのだから。 戦場、だった。そう、過去形である。 本日ここ旧市長邸でおこなわれていたナイツたちの抗争は、つい先ほど終了したのだ。 参加したのは今日まで生き残ったナイツ全員。そして現在生き残っているのはクロくんのみ。 クロくんは市長の死体を眺めている。とても晴れやかとは言い難い表情。それはそうだろう。いくら宿敵であるとはいえ、かつては肉親も同然の人だったのだから。 「ク……ロ」 と、驚いたことに市長にはまだ息があったらしい。 しかし、それも虫の息。 「最後の、ぎ…は」 そう、何やら二言三言つぶやいた後、改めて彼は息を引き取った。 周囲を見渡すクロくん。その表情はやはり険しい。当たり前だ。周囲に転がっているナイツ達の死体。その中には見覚えのある顔も多いのだから。 ロージュ君、ヴィオちゃん。その他幾多のナイツたち。時に味方として、時に敵として、今日まで黄金の夜を競い合ってきたライバルたち。そんな彼らもこの日、命を落とすことになった。 激戦だったのだ。市長と彼の切り札である裏ナイツ249人との戦い。それはヴィオちゃんやロージュ君達の犠牲なしに勝利することは叶わなかった。 いくら黄金の夜のためとはいえ、この結末はあまりにむごい。もっと他の道はなかったのか。 どこかで何かが狂ってしまった気がする。 “この世界”におけるナイツたちの戦いは、あまりに死と狂気に彩られていた。 序盤から脱落していく強豪たち。連鎖する憎悪と悲劇。皆の心のブレーキは壊れ、ただ憎しみだけが広まっていった。 無論、私とて他人ごとではない。私にとってもヴィオちゃんやロージュ君たちは友人だったのだから。 それでも……、 「ごめん。ヴィオちゃん」 それでも、私はうれしかった。 ヴィオちゃんやロージュ君が死んだ悲しみより、クロくんが生き残ってくれた嬉しさが勝ったのだ。 よくぞ、この地獄の中で生き残ってくれた。正直、私はいつも不安だったのだ。もしかしてクロくんは黄金の夜を追う途中で、否、仮に黄金の夜にたどりついたとしても、必ず命を落とす運命にあるのではないかと。時々クロくんが見せる達観した表情。それは死を受け入れた老人のそれを意識させた。 でもその不安も杞憂に終わった。 手持ちの端末に今回の経緯を記録する。洒落て暗号で書き込むのが最近のマイブームだ。 モールスで書き込まれるVICTORYの文字。 そう。戦いは終わったのだ。もう彼のほかに生き残っているナイツはいない。クロくんの命を脅かすものはない。そう、生き残っているのが彼だけなのだから……、 「?」 チクリと微かな胸の痛み。あら恋煩いかしらんなどと胸を見ればそこから飛び出す小さな黒い突起。 液晶パネルに飛び散る赤い何か。 「悪いね。カタナ」 と、背後から声をかけるだれか。 振り向いけばそこに立っていたのはサングラスをかけた黒マントの彼。 「クロ、くん?」 そう、そこに立っていたのはクロくんだった。 ………クロくん、のはずだ。 でも何かおかしい。クロくんはさっきから市長のそばに立っているはずで……。 と、彼のサングラスがずり落ちた。揺らめくクロくんのシルエット。目の錯覚か。そこに立っているクロくんはいつもより少し長髪で……。 「あ、れ?」 そういえば、少しおかしなことがあったことを思い出す。 さっきのナイツたちの抗争中、気のせいでなければ、時々クロくんが二人いるように見えたようて……。 「カタナ!?」 と、今度は左からクロくんの声。それは市長の遺体の方から。 何かがおかしい、何、が、おかしい? 「あ、れえ?」 全身から力が抜けていく。意識に暗闇に飲み込まれていく。 私の意識はまるで、その黒い突起に吸い込まれるかのよう薄れていき、そして……、途絶えた。 |
|
戻る | 次へ |