Epilogue

20XX年、東京都某区にて。



 「人間なんて最低だ!」
 この日、俺の人間不信は頂点に達した。

 土埃舞うビル街の大通りを全速力で駆け抜ける。
 足の筋肉は張り、息は絶え絶えだが、それでも足を止めるわけにはいかない。
 限界寸前の俺を支えているのは死にたくないという未練よりも、死んでたまるかという怨嗟であろう。
 流れる汗をぬぐうこともなく、ひたすら俺は走り続けた。

 この日の東京は絶好の地獄日和であった。
 昨日までの歓楽街はゴーストタウンと化し、時折聞こえる爆音はここが戦場ではないかと思わせる。
 実際その通りで、数時間前のさる敵の襲来により、都内は現在戦争の真っただ中であった。
 たまたま都内を訪れていた俺、黒鼠九郎はそれに巻き込れることになったわけだが、そこで俺は人生最大ともいえる裏切りにあう。

 街宣で告げられた避難命令によって、地下シェルターに駆け込む人々。
 迷子の親御さん探しをしていた俺は、いつの間にか避難誘導の手伝いまでさせられていたわけだが、そこまではまあ良い。
 問題はその後。手伝いが終わり、やれ自分も非難しようと思ったら、
『スミマセン、定員オーバーデス』
 無情にも目の前で閉ざされる鋼鉄の扉。唖然とする俺の足元にヒラリと舞い落ちたのは、隣のシェルターまでの道のりが記された一枚の地図であった。
 距離にしてここから4q。どこを通っても危険区域を横断する死の中距離レース。
「覚えていろ、愚かな人間どもが――――――――っ!」
 そんな三下ゼリフを吐き捨てながら、俺はその場から駆け出すほかなかった。

「絶対にこんなところで死ねない。何が何でも生き延びてやる………!」
 で、走り続けて10分。いまだゴールにはたどりつけない。
 スタミナはすでに限界で、ここ数年の運動不足を痛感させられる。無理もあるまい。考古学者志望の俺は最近研究室で過ごすことが多かったし。中学時代バスケで鍛えた体力も、今ではよくて常人並み。だかといってあきらめるつもりは毛頭ない。こんな死に方は惨めすぎる。
「どうせ死ぬなら、せめて大勢の人間を道連れに………」
 疲労と裏切りによっておれのハートはすっかりダークサイドに堕ちていた。
 だからだろうか。そんな俺にさらなる災難が襲い掛かってきたのは。
「ん?」
 一息つこうと地べたに座り込んでいた俺に、覆いかぶさるように黒い影。
 見上げるとそこは身の丈10メートルほどの、髑髏顔をした怪人がたっていた。
「げ………」
 静かに俺を見下ろす髑髏の怪物。その怪物のことを俺は知っていた。
 なぜならそれこそが本日都内を騒がせている災厄の正体。そして、ここ数年間俺が追いかけている研究対象そのものであった。
 怪物はゆっくりと拳を振り上げる。

 ここ数年、世界は謎の怪物の脅威にさらされていた。海岸より現れ世界各地の都市部を襲う巨大な怪物。
 それらは数こそ多くはないものの、その力は極めて強大で、各国の軍隊はいまだこれに対し有効な対策をとれていなかった。
 その怪物には未だ名前はない。正体もわかっていない。
 唯一わかっているのは、それが人類にとって避けようのない天敵であるということ。
 この日東京に現れたのも彼らの一種で、東京湾にて彼らの姿が確認されたのが早朝のこと。軍隊は頑張って海岸線で足止めしていたらしいが、いくらか取りこぼしが出てしまったらしい。

 次の瞬間、怪人の拳が俺の立っていたアスファルトを貫いた。
 飛び散る石片。立ち上る土煙。
 紙一重で怪人のパンチから逃れた俺は、爆風に押され、転がりながら怪物と距離を取った。
「なんてことだ。ようやく半分までたどり着いたのに」
 それもなるべく遠回りをして、安全そうな道をたどってきたのに。どうやら連中は思った以上に都市部に侵入してきていたらしい。
「それより今は逃げないと!」
 慌てて立ち上がり一目散に逃げ出す。
 しかし、
「追ってくるし!」
 振り返ればこちらに向かって歩いてくる髑髏の彼。どうやらすっかりターゲットにされてしまったらしい。
 次第に縮まる彼との距離。
「こんな形でこいつらの研究をする羽目になるなんて………!」
 実のところ俺が考古学を専攻していたのは、この怪物どもの正体を解き明かすためであった。
 理由はもちろんこいつらの正体を掴み世界平和に貢献するため………、ではなく軍や研究機関にデータを売り渡し、大金を稼ぐためである。
 拝金主義者と言わば言え。このご時世どこも就職の窓口が狭く、なかなか仕事が見つからないのである。
 そんな中こうして怪物と直接接触できたのはデータ取得においては絶好のチャンスなのだが、
「でも死んだらそこで終わりだし……!」
 やはり命あってのものである。今は逃げるのを優先しようとしたところで
「いてっ?」
 そこで、盛大にすっ転んだ。
 どうやら足元に転がっていたコンクリート片に躓いたらしい。振り向き背後の怪物を撮影しながら走っていたのが仇となったか。
「!!」
 気が付いた時すでに背後まで巨人は迫っていた。その距離およそ2メートル。
「やば。洒落になってな………」
 そうして再び拳を振り上げる巨人。今度こそ、そのパンチが俺を貫こうとしたところで、
 
「何やっているんだい、君は!」

 直前。そんな声を聞いた気がした。

 ズド―――――ン!!!!!


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