「それでは、これが最後です」 と、これで何度目か、私と向かい合うグレイナインちゃん。 「クロラットさんに関しては先ほど説明した通りです。まあ、ぼくも思うところはあるのですが、他に手がありませんので、納得していただくほかありません」 まあ、仕方がない。私としても対案がない以上、この件に関しては認めざるを得ない。 「それはわかったけれど、転送っていうのは何なの?普通に脱出するのとはなにか違うの?」 「はい。全うな方法では脱出できないのはカタナさんも知っての通りです。ですから、これを使うのですが」 と、地面から何かを拾いあげグレイナインちゃん。彼女の手には先ほどの戦いでクロくんが放り投げた黒い鍵が握られていた。 「闇夜の鍵?それでどうやって………」 「ご存じかもしれませんが、闇夜の鍵と白夜の鍵には魂を情報化して保管する機能があります。で、ぼくの方で裏技を使いますと、これに肉体もデータ化して詰め込むことが可能なんですね。これを利用して、皆さんを別の世界に送ります」 「別の世界って?それは暗黒シティの外というわけじゃないの?」 「違います。キィさんが空けたゲートは無数の世界へと連なる“狭間”へのゲートなんです。その先、どのような世界に辿りつくのかはぼくにもわかりません」 やはり大雑把かつダイナミック。どうにも暗黒シティどころかこの世界から出ていくのは確定らしい。 「行く先は選べないの?」 「申し訳ありませんが、わけあってぼくたちは同行できませんので。ぼくにできるのは皆さんを狭間に投げ込むことだけです。そのあとどこ辿り着くかは運次第。過去か、未来か、並行世界か宇宙の果てか。まあ、ろくでもない世界に辿りつくことはたしかでしょうけど」 さらりと不吉なことを口にするグレイナインちゃん。 「ろくでもないって、どうして?」 「統計的に見て平和で穏やかな世界というのは、争いや混乱に包まれた世界に比べて非常に少ないんです。ですから行く先が地獄である可能性は高いかなと。ましてやクロラットさんのいく先にはトラブルがつきものですし。あまり平和な世界というのは期待しない方がよろしいかと………」 不吉に不吉を重ねてグレイナインちゃん。 「まあ、それはクロラットさんの宿命みたいなものですから仕方ないとして。ですから問題はあなたなんです、カタナさん」 と、先ほどのセリフを改めて彼女。若干、声が鋭くなったのは気のせいか。 「私が問題って、どういう?」 「ですから、あなたはどうするのかということです。黒之葛の鍵は2本。闇夜の鍵にはクロラットさんを。白夜の鍵にはカタナさんを封入することになります」 「ちょっと待って。2本って、それじゃあセブンくんはどうなるの?」 「セブンさんはREIドールですから。スペシャルな脱出方法があるんです。ですから今問題なのはお二人だけですね」 セブンくんには別の方法があるのか。それについても教えてほしいところだが、例によって時間がないのだろう。 「それで、問題っていうのは?」 「はい。お二人を封入した秘宝の鍵を時空の狭間に投げ込むわけですが、そのまま投げ込んでは、途中時空嵐とかに巻き込まれて離れ離れになってしまうんですよね」 「そうなると………、私たちは別々の世界に辿りついてしまうということ?」 「はい。ですからそれを防ぐために、二本の鍵を一本に。すなわち真夜の鍵にして送りこむわけです」 成程。そうすればめったなことで離れ離れにはならない。私とクロくんは同じ世界に辿りつけるということか。 「それなら、何が問題だというの?」 「だから、どうするのかということです。あなたはクロラットさんと同じ世界に行くのですか?それとも別の世界に行くのですか?」 ………………? いや、どうするのかといわれても。同じ世界に行けるのなら、行けばいいのではないだろうか。 「どうして今更………」 そんなことを聞くのか、と言いかけたところで、グレイナインちゃんの変化に気付く。 私に問いかける彼女の表情からは、先ほどの穏やかさが消えていた。むしろ睨みつけるような目で私を見上げている。 「先ほど言いましたよね?クロラットさんは災いを呼び寄せる人だと。ですから彼の行く先には、何らかの苦難が待ち構えているとみていいでしょう。でしたら、わざわざ同じ世界に行く必要はないと思いませんか?いっそここで別れた方があなたは幸せになれると思いませんか?」 射抜くような眼差しは、まるで私を通じ、別の誰かに問いかけているようにも見えた。 声はどこまでも冷たく、容赦がない。 「そもそも、あなた自身も思っていたはずです。自分はクロラットさんと一緒にいてもいいのかと。その通りです。仮あなたがについていったところで、この先、彼の役に立てることなどありません。この暗黒シティから出て、シラバノの加護を失ったあなたは全くの無力な女です」 サーベルのように鋭い眼差しからは、彼女の本気さが伺えた。 曖昧な答えは許さないと。ただ流されるままに彼についていくことは許さないと。 この質問をすることこそが、彼女がここに来た本当の目的だったとでも言うかのように。 「さあ、どうしますか“マスタ”。それがわかっていながらあなたはクロラットさんと同じ世界に行きますか?それとも、別の世界に行きますか?」 「…………………」 突きつけられた二者択一。 私はこれからもクロくんとともに行くのか。それともここで別れるのか。 彼女は言う。お前はクロラットのパートナーに相応しくない。いっそここで別れておけと。 それはまったくの正論であり、私自身思い続けてきたことでもある。 そもそも私と彼との冒険はすでに終わったのだ。私たちは黄金の夜に辿り着くためにコンビを組み、その目的は先ほど果たされた。 故に私に彼についていく資格はなく、彼もまた私を連れていくメリットがない。 だから、迷うまでもない。答えはすでに決まっていた。 「もちろん。ここでクロくんとは別れるよ」 そう。これが正解。正解のはずだ。 なのに、何故だろうか。 「……………本来ならば、ね」 「え?」 キョトンとしながら私を見上げる少女。 その瞳の奥底の光が、私に何か別の答えをに期待しているように見えたのは。 黄金の空、舞い散る光の粒子の中、一度だけ私は深呼吸をして、 「別にねえ〜。私はクロくんがいなくても平気なんだけさ。商才あるし、ぼっち生活慣れてるし」 それはまあ事実である。もとより私は一人で生きてきた。それがもとに戻るだけのこと。 「でも、クロくんは私がいないと困るんじゃないかなあ。ほら、彼ってヘタレだし、だらしないし、私がいないと何っにもできないし」 彼の遺体に流し目を送りながら、一世一代の大駄法螺を吹く私。 「というか、前から思っていたのだけれど、やっぱりクロくんて私のことが好きみたいなんだよね。時々冷たい態度をとるのも愛情表現の一つ、みたいな。もし私がいなくなったら、さびしくて泣いちゃうでしょ、彼」 気のせいか、クロくんの遺体がピクリと動いた気がする。何やら猛抗議しているような空気を感じないでもないが、悲しいかな死人に口なし。死んだクロくんに発言権はねえのである。 「というわけで私としてはクロくんとさよならしてもいいんだけれどねえ。流石にここまで想ってくれる人を無碍に捨てちゃうのは、可哀そうというか」 「マスタ………」 ふと、手に持っていた白夜の鍵の宝玉が輝いた気がした。 同時に思い起こされる誰かの言葉。 『どうか彼を導いて……。僕達の代わりに』 そして脳裏をよぎる2人の日、ヴィオちゃんが残した遺言。 『クロラビットにはお前がついておケ。奴にはお前が必要らしイ』 「マスタ……」 「カタナどの……」 少年少女たちは変わらず、祈るような目で私を見る。 「まったく………」 本当、困る。 みんなして私に何を期待しているのやら。私は君らが期待するような大役が務まる女ではないというのに。 クロくんの気持ちもわかるというもの。他人から期待を寄せられるのは、必ずしも喜ばしいことではない。 それでも………、そんな風に彼に期待を寄せまくり、散々重荷を背負わせてきたのは誰だったか。 どうやら……、そのツケを払う時が来たらしい。 「それでは、あなたは……」 「ま、しょうがないから最後まで彼の面倒を見てあげることにするよ。なんて言ったって、私は彼のベストパートナーだし」 ビシッと帽子の角度をキメながら私。 それが、私の答えであり、思えばずっと言いたかったセリフであった。 どこまでも図々しく、どこまでも身の程知らず。 でもいい加減、少しは自信を持っていい頃だろう。 足を引っ張ったか、相性が悪かったか知らないが、それでも私は彼と組んで黄金の夜に辿り着いたのだ。他のパートナーと、他の女どもと組んで同じようにできたものか。 きっと私こそが、絶対、必ず、君のパートナーに相応しい。 だからいい加減、君も私のことを認めろ。あんま他の女に目移りすんな。 何があっても私が、君のことを幸せにしてみせるから。 『全く、君という女は………』 と、ため息とともにそんな声が聞こえた気がした。 『よくもまあ、言ってくれる。たかが金づる代わりに拾った能面女が、誰のパートナーに相応しいって?』 怒ったようなあきれたような、それでいてどこか愉快げな彼の口調。 『でもまあ、面白い。そこまで言うならぜひとも僕を幸せとやらにしてもらおうじゃないか。ただしここまで言った以上途中で降りるなんて許さない。君には何が何でもぼくの人生の最後まで付き合ってもらう』 そして彼はあからさまにふてくされたような声で、 『ま、そんなわけでこれからもよろしく、だ。代わりにぼくの方も、最後まで君の面倒を見てあげるよ』 そうして声は消え失せた。 |
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