「それではそろそろ本題に移らせていただきます」 と、襟をただしてグレイナインちゃん。 彼女自身何か得るものがあったのか、先ほど悲壮さは見られない。 「時間がないので細かい説明はすっ飛ばします。とにかく皆さんにはこの街から脱出していただきます。まあ脱出といってもそのあたりの段取りはぼくが仕切りますので、皆さんは同意さえしてくれればいいのですが」 「同意って、それができるのならば、むしろお願いしたいくらいだけれど………。そんなことができるの?」 「なんとか。皆さんには見えないかもしれませんが、今この上空には先ほどキィ=ヒストウォーリーが空けてくれたゲートがありまして。実をいうと“ぼくたち”もそこを通って来たんですね。これを使えばある程度たやすく、皆さんを外に“転送”させることが可能です」 「転送って?」 あまりこう言う場面では使わない言葉である。単純な脱出とは何か違うのだろうか。 「申し訳ありませんが、通常の人間であるクロラットさんとカタナさんは、そのゲートをくぐることができないんです。いや、クロラットさんならなんとかなってしまう気もするのですが、やはりカタナさんは厳しいでしょう………」 「ちょっと待って」 何やら気になる部分は多いが、その前に聞き逃せないことがあった。 「クロくんと私がって?もしかしてクロくんも脱出させてくれるの?」 彼はすでに死んでいるというのに、それでも脱出が可能なのだろうか?まあ、彼と一緒でなければ、出ていく気はなかったのだけれど。 「できます。というか問題ありません。確かに死んでいる人間を転送することは難しいのですが……、そもそもクロラットさんは死んでいませんし」 「死んでない?」 思わず彼の遺体に目をやる。しかし相変わらず彼は仰向けに倒れたまま。どう見ても生きているようには見えない。 「まあ、見てください」 そういってクロくんの横に膝をつき、彼の手首を取るグレイナインちゃん。それを、私に差し出す。 「………?」 私もその手首に触れてみると、 「あれ………?脈がある」 そう。死んでいるはずの彼の手首には脈動があった。それもかなり力強く。 「え。じゃあクロくんは生きていたの?まさか気を失っていただけ?」 「それも少し違います。生きているには生きているというか、むしろ生きすぎているというか。だからこそ問題というか」 歯切れの悪いグレイナインちゃん。 「その脈拍で何か気が付くことはありませんか?」 気づくことと言われても………。変わらず彼の脈拍は強いまま。 ドクドクドックン…………ドクドクドックンドックンと…………、 「って、あれ?」 しかし注意してみると、その脈拍はどこかおかしかった。力強く鼓動したと思ったら急に弱々しくなったり、しばらく停止していたと思ったらまた小刻みに鼓動を刻んだり。 「なにこれ?」 まるで赤子にたたかせた小太鼓のごとく不自然なビート。というかこんな鼓動で脳に血液が回るのだろうか? 「魂のエラーです」 「魂の、エラー?」 聞きなれない言葉を耳にする。 「現在クロラットさんの肉体には二つの魂が存在します。一つはクロラットさんの魂。もう一つはクロバードさんの魂。それが不完全な形で混ざり合い動作不良を起こしているんです」 「クロくんと、クロバード君の魂が?」 どういうことだろう。 確かに先ほどの戦闘においてクロくんはこの体を乗っ取っていた。しかしクロバード君の魂とはどういうことか。彼の魂は白銀の炎に焼かれて死んだのではなかったのか? 「甘いです。黒之葛の一族の生しぶとさといったら、ゾンビや吸血鬼なんて目じゃないんですから。まあそれ以前に、ラットさんの扱う白銀の炎は本来邪悪に対してのみ効果のある代物なんです。しかし影に取りつかれる前クロバードさんは邪悪とは言い切れない存在です。ならばその邪悪のみを浄化し、元の魂が無事であってもおかしくはないでしょう」 なんと、そんな高度な浄化が可能な代物だったとは。どうやらあの炎の使い手は本当に奇跡の申し子だったらしい 「まあ、今回はそれが仇になっているわけですが………。炎に焼かれたショックで眠りについていた彼の魂ですが、どうやら目覚めつつあるようです。そして同じく目覚めたクロラットさんの魂と融合し、暴走しつつある」 「暴走とは?」 セブンくんも首を傾げる。 「完全に別の人間の魂だったら分離状態、あるいはどちらかがはじき出されていたのかもしれませんが、二人の魂は極めて性質が似ている。おかげで中途半端な形で混ざり合い、動作不良を起こしているんです。そして、それが肉体面にも悪影響を与えつつある」 「肉体面にも?」 「魂の変調は肉体にも影響を及ぼします。下手すると細胞が変異し、怪獣に変身して大暴れ、なんてこともあり得るわけで………」 それは、確かに大変だ。そもそも暴走するのがクロくんというのが、余計面倒くさい事態を招く気がする。ナゾナゾ怪獣クロラエルなんてのが出てきたら、もうどう対処していいのかわからない。 「ですので………、転送のついでにお二人の魂を再構成してしまいましょう。二つの魂を一つにまとめてしまえば、暴走も抑えられて、お二人が喧嘩することもなくなって、一石二鳥ですよね」 あっけらかんと言う彼女であったが、今とんでもないことを言わなかったか? 「再構成って、どういう?」 「ぶっちゃけると二つの魂を完全に合成して、一人の人間として生まれ変わらせるということです。そうすればお二人は死なずに済みますし、懸念事項も一挙解決。さらにお二人のパーソナリティが統合されて、いい感じのキャラクターが爆誕するかも?」 「いやいやいやいやいやいや!簡単に言うけど、そんなことできるの?というかしてもいいの?」 本人の意向を無視して。 流石に倫理的に問題がありすぎないか。魂をくっつけるだの生み出すだの、まさしく神の所業である。 「そうはいっても他に方法がありませんし。まあできるのかといわれれば、“鍵”に封入する時、圧力をかければいいだけですので可能かと。倫理的にもまあ、もとよりクロバードさんはクロラットさんの過去のようなものですし、むしろ二人でいるのが不自然なくらいですし。運が良ければ二重人格とかでやっていけるんじゃないですか?悪いようにはなりませんて!多分」 笑顔で言い切る彼女に軽く恐怖を覚える。この娘、一見頭よさ気に見えて、根はすごく大雑把なのではあるまいか。 「大丈夫ですって。先生、もといクロラットさんなら適当に折り合いをつけてやっていけるはずです。それより問題なのは………」 と、彼女が言いかけた時だった。 「URRRRRRRRRRRRRRRRRRRR」 ドームの外壁の向こうから聞こえる低い唸り声。 「何?なんの音?」 それは獣の肉声と機械音声が入り混じったかのような不気味な雄叫びであった。 「ちっ。来ましたか……」 不機嫌そうにサングラスの少女。 唸り声は外壁の向こうから。正面の崩れかけた外壁に目をやると………。 「何、あれ……」 外壁の向こうから巨大な何かがこちらをのぞきこんでいた。それは先ほどの話ではないが、まさしく怪獣と呼ぶに相応しい見た目。 いうなれば機動怪獣か。最低でも50メートルサイズ。上半身は人型で下半身は蛇。まるで神話の邪神を模したかのような不気味なフォルム。 「怪獣型の機動兵器……?」 市長軍のものでも空虎のものでもない。はじめてみる機体。その機動怪獣は外壁の上から私たちを覗き込んでいる。 「DGシステムの機動端末……」 と、横でグレイナインちゃんが呟いた。 「防衛システムが故障したか………。いや、この街の惨状ではすでに動力源がないはず。となるとあの人の仕業か………」 DGシステムの機動端末。そう呼ばれた機動怪獣はこちらを向いて口を開く。 輝く口内。次の瞬間、そこから放たれた巨大なビームが私達に降りかかって………、 「真夜の宝珠アクティブ!黒之葛の秘宝よ、その力をぼくに!」 その直前、何を思ったか自ら閃光に飛び込みながらグレイナインちゃん。その手にはチェック模様で彩られた野球ボール大の球が握られていた。 「顕現……真夜の戦斧!」 そのボールが一瞬輝いたかと思うと、次の瞬間手には巨大な一振りの斧が握られていた。古美術品を思わせるような、白と黒で彩られた美しい斧。彼女はそれを振り、 「華麗流戦闘術奥義、桜花横一文字!」 叫びとともに横一線、戦斧を薙ぐグレイナインちゃん。そこから放たれた桜色の衝撃波は目の前のビームを打消し、さらに後ろの機動怪獣をまっぷたつに切り裂く。 「な………」 上半身から崩れ落ちる巨体。 まさに一撃必殺。巨大な機動怪獣は裂け目から、桜の花びらが如く粒子となって散りゆく。 「っと」 再び私の前に降り立つグレイナインちゃん。一瞬、彼女の髪が鮮やかな桜色に見えたのは気のせいか。 「まったく……」 その手にはすでに戦斧はなく、先ほどのチェック柄のボールが握られていた。 「久々のマスタとの会話に水を差すなという話です」 拗ねたようにグレイナインちゃん。そうして改めて私に向き合おうとするが、 「待て。まだ他に………!」 背後からセブンくんの声。 彼につられて周囲を見ると、 「げ」 いつの間にやら背後の外壁からも機動怪獣が覗き込んでいた。それだけではない。前後左右の外壁からも同様に機動怪獣の姿が。 「いつの間に、こんな」 その数およそ20機。同型の怪獣の群れがこのドームを取り囲んでいた。 「これでは埒があきませんね」 ため息をつくグレイナインちゃん。彼女は真上の黒鳥を見上げ、 「ロージュさーん!力をお貸しいただけますかー?」 そう、呼びかけた。 「って………、ロージュ?」 と、見れば黒鳥の上には誰かが座っていた。その人はゆっくりと立ち上がりながら、 「了解した、9号さん。ここはぼくが引き受けよう」 そういって脇に抱えていた巨大な大砲を構えた。 どうやら黒鳥に乗って来たのはグレイナインちゃん一人ではなかったらしい。 それはいいのだが、そういって私たちを見下ろす少年は………、 「ロージュ、くん?」 そう、黒い大砲を抱えたベージュ髪の彼は、紛れもなくクロくんの友人、ロージュ=ポリリーフその人であった。戦士セフィのフィアンセにして心優しい大砲使い。 「でも、そんな」 そんなことはありえない。だって彼は、すでに死んでいるはずだ。それは数日前、私が気を失う前に確認しているはずで………。 「できる限り力を温存しておきたかったんだけれどね。まあ仕方ないか」 それでも、そういって大砲を構える彼は、やはりロージュ君本人にしか見えない。 しかし………、 「大事の前には小事がつきもの。ここはぼくに任せて君の用事を済ますといい」 しかし本人にしか見えないと思う一方で、どこか違和感があるのも事実であった。 「セーフティ解除。バレル、オープン」 まず気になったのは彼の雰囲気。このような状況下にありながら、彼は実に落ち着いているように見えた。私の知る彼は、クロくんに次いでテンパりやすい性格だったと思うのだけれど。 「星石開放。星の秩序を守るべく、ぼくに力を」 と、彼の呼びかけに応じるかのように、輝きを放つ額の石。 そう。もう一つ気になったのはそれだ。 彼の額に埋め込まれた緑色の石。それは周囲の光をかき集めるかのように、輝きを増していく。 しかし彼の額にはあんな石があっただろうか?いや、ああいうのを持っていたのは、別の人だったはずだ。 それは確か、暗黒シティの誰もが知る正義のヒーロー。ハルバード片手に悪を誅殺してまわる、テロリスト兼正義の味方。 「シャド=ヘビメイト………!必殺の騎士のジャスティスクリスタル!」 「ターゲットインサイト。消滅砲、発射」 彼がトリガーを引くのと同時に、マズルから放たれる緑色の極光。それは射線上にいた機動怪獣たちをまとめて吹き飛ばした。 「な………」 尋常な破壊力ではない。直撃した機動怪獣はもとより、かすった機動怪獣ですら半身が消し飛んでいる。 「これは、どういう」 そのままビームを横に振るい、怪獣を薙ぎ払っていくロージュ君。その横顔はやはり動揺らしきものは見られない。 倒しても倒しても湧き出てくる機動怪獣を、動じることなく仕留めていくロージュ=ポリリーフ。 これだけ強大なビームを斉射しながら、そこには一切の疲労が見られない。 当然だろう。星の代行者たる星義の石。その正当な後継者である彼は、ほぼノーリスクで星の力を引き出すことができるのである。 みんな、彼のことを知らない。彼がいかなる使命の下に生まれてきたのか。“彼女”に出会う前の彼がいかなる人物だったのか。それはクロラットですら把握していないことであった。 冷めた瞳で機動怪獣を撃ち払うロージュ。 しかし砲弾を装填ずる間際、ぽつりとつぶやく。 「この世界でも“彼女”の声は聞こえない……」 そうしてトリガーを引きながら、 「いったい誰なんだ。ぼくを呼んでいるのは……」 彼がこことは別の世界で、ある奇妙な再会を果たすのはもう少し先のことである。 |
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