PART 5



「ここが、SIDE:Cですか」
 そう、少女は周囲を見回し呟いた。
「懐かしい。この混沌とした空気。ぼくの知る暗黒シティによく似ている。他の暗黒シティはどれも似ても似つかないものばかりでしたからね」
 と、苦笑いして黒鳥から飛び降りる。
「やはり近づいているようですね。ぼくがSIDE:B帰れる日もそう遠くはないということか」
 マントをはためかせ、私の目の前に降り立つ少女。
「さて。遅れてしまい申し訳ありません、カタナさん。本当はもっと早く駆けつけたかったのですが、いろいろ立て込んでしまって」
 そう、馴れ馴れしく語りかけてくる彼女に、やはり覚えはなかった。
「あなたは、誰なの?どうして私を助けてくれて……」
「ぼくの正体など大した意味はありませんよ、カタナさん。ぼくのことは、まあ通りすがりのお助けキャラとでも思ってください。実際他の用事のついでに立ち寄っただけですし」
 通りすがりのお助けキャラ。それで片付けるには、あまりにも彼女の存在は謎すぎた。
 クロくんの恰好をした黒髪の少女。物腰柔らかでありながら、その立ち振る舞いに隙はなく、幼い顔つきに似合わず、その表情にはいくつもの修羅場を潜り抜けてきたかのような精悍さが見て取れる。
「あー、この恰好はコスプレのようなものでして」
 と、私の視線から察したのかマントを翻して彼女。
「そう。実は私クロラットさんの大ファンなんですよ。それで時々ごっこ遊びとかするんですよね」
 そう弁明する彼女の言い分には、明らかに無理があった。そもそも暗黒シティにクロくんのコスプレをする美少女なんかがいたら、私かヴィオちゃんのレーダーに引っかかってないはずがない。
「生体波動に微弱の霊子波が……」
 と、隣のセブンくんも訝しげに、
「それもDGシリーズのマイクロコアと同一の波長……。まさか君は」
「申し訳ありませんが、一つ一つの質問にお答えしている時間はありません、セブンさん。間もなくこの暗黒シティは終焉を迎えます。その前にあなたたちには脱出していただかないと」
 と、私たちの質問を遮るように少女。
「暗黒シティの終焉って、どういうこと?あなたは今暗黒シティで何が起きているか知っているの?」
「すべてというわけではありませんが……。一つ言えるのは、このままここにいればそれに巻き込まれるのは確実だということです。しかし機動鉄道がない以上、普通の方法ではこの街から脱出できません」
 それはわかる。数日前の機関暴走事故で機動鉄道クローディアは暗黒シティから出て行ってしまった。クローディアは暗黒シティと外界を繋ぐ唯一の交通手段で、他の方法で外に出るのは、極めて難しいといわざるを得ない。
「それで、あなたが助けてくれるというの?私たちを」
「まあ完全に、とはいきませんが。それでも、このままではすべてが失われてしまうよりはましでしょう」
 と、微かに悲しみを湛えた目で彼女。

 気になるといえば、その目だ。
 先ほどから私に語りかけてくる彼女は、なぜだか私と目を合わそうとしない。いや、チラチラ合いはするのだが、その視線には寂しさと気まずさが入り混じったかのような、例えるのなら喧嘩別れした友達と再会したはいいけれど、はたして仲直りするべきか、その話題に触れないようにするべきか悩んでいるような……、そんな複雑な感情が見て取れた。

 何故、彼女は私をそんな目で見るのだろう?やはり、私は彼女とどこかで会ったことが………、

『カタナ……。やっと会えた……、自分』

「………っ!」
 ズキンと、突如襲いくる激しい頭痛。脳裏に浮かんだ声と景色が、私の脳を激しく揺さぶる。
「今のは………」
 一体なんだったのか。
 人ごみの交差点。すれ違った少女。その手をつかんだのは………、
「いけません、カタナさん。無理に思い出そうとしては……」
 と、私の異変にを察したのかサングラスの少女。
「その記憶はあなたのものではありません。今のあなたに多次元交感能力は危険すぎる。冷静さを欠いた状態でそれを使えば、他のあなたに自身を上書きされかねません」
 心配そうに言う彼女の声には………、やはり覚えがある気がした。
「名前………」
「え?」
「あなたの名前はなんていうの?」
 せめて、それだけでも聞き出そうと問いかける。
「名前、ですか」
 少女は少しだけ悩んでいたようであったが。
「グレイナイン、と………。そうお呼びください」
 やがてぽつりと呟いた。
「グレイ、ナイン?」
 やはり、その名前に聞き覚えはなかった。似たような名前にも心当たりはない。
 なのに、なぜだろう。何かがストンと胸に落ちた気がした。欠けていたパズルが埋まったかのような充足感。先ほどまでいまいち存在を希薄に感じていた少女が、途端に実体を帯びてくる。
「カタナさん?」
 そう、私の顔を覗き込んでくる彼女に、
「素敵な名前だね。グレイナインちゃん………。とても、あなたに似合っている」
 自然と、そんなセリフが口から出た。
「あ………」
 彼女は一瞬キョトンとしていたが、
「ありがとうございます!ぼくもすっごく気に入っているんです、この名前」
 と、満面の笑みで彼女。
「とても大切な名前なんです。とてもとても大切な人達から頂いた………」
 その名を胸に抱くように、穏やかな笑みを浮かべるグレイナインちゃん。
 それは彼女がここにきて、初めて見せた笑顔であった。


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