さて人々が不毛な争いをしている間、キィ=ヒストウォーリーにもやることがありました。 確かに完全な世界は崩壊しましたが、少女の目的はそこで達成されたわけではありません。 少女の目的は夢を見ること。 存在しない宝を巡り争う彼らは、ある意味夢を見ているといえなくもないですが、噂を流した本人、彼女自身はそうではありません。彼女はそれが存在しない宝だと知っているのですから。 彼女自身が夢を見るためには、黄金の夜が実在し、かつ彼女が欲するものでなくてはなりません。 「黄金の夜がないのなら、作り出せばいい」 少女の結論はシンプルなものでした。 しかし自分で造りだした宝で自分が満たされるとは思えません。そうなると、自分以外の者に黄金の夜を造ってもらう必要がありました。 幸い彼女の計画通り、この世界には黄金の夜を巡り争う者たちが大勢います。 彼らは皆、各々が求める黄金の夜を頭に想い描いている。いうなれば彼らの頭には黄金の夜の設計図があるということです。 ならばそれを集約し、一つの宝を生み出せば、それはだれもが追い求める大秘宝になるのではないかと、そう少女は考えました。 必要なのは黄金の夜を強く願う人々と、彼らを集める舞台。さらに黄金の夜を精製する装置。 幸い舞台と人々は揃いつつあり、あとはシステムの中枢となる“創造機”のみ。 そうして彼女が研究、開発し、自らを霊子分解して、システムの中枢に組み込んだものこそが…………………、 「この暗黒シティの地下にある、黄金の夜精製システム。すなわちDGシステムというわけですね」 しみじみと語る獣耳。 「あとは程よくエネルギーがたまり、人々の願いが熟成されるのを待つだけ。時が来たら秘宝の鍵によって人々の想いを回収し、システム中枢に封印された私の創造力で黄金の夜をくみ上げるわけです。………といっても、そこからも紆余曲折はありましたけれどね。何度か出来損ないみたいなものも生まれましたし、暗黒シティの皆さんの都合にも左右されましたし。このナイツゲームのような形に落とし込まれたのは、皆さんの要望に沿った結果ですし」 感慨深げに語る彼女であったが、正直私は呆れるしかなかった。 「なんという…………………、自分勝手な」 それも無責任かつ場当たり的。 そんな理由で、彼女は黄金の夜を生み出そうとしたというのか。 ただ彼女が夢を見たいというだけで、一体どれだけの人間が犠牲になったのか。 「どうでしょうねえ。あの世界では人類は宇宙の果てまで進出していましたから………。まあ全人口の99.9999999999999999パーセントは死んだんじゃないですか?私のせいで」 あっけらかんと耳メガネ。 大量虐殺とかいうレベルではない。どんな独裁者や殺人鬼だってここまではやらない。 自分が夢を見たいというだけで世界を壊し、多くの人間を死に追いやってきた彼女。もしかしなくてもこの女、最悪なのではあるまいか。 「そうでしょうねえ。人を死に追いやることが悪であるというのならば、私以上の悪人はいないでしょう」 あっさり認める獣耳の少女。 「でもね、カタナさん。それって大したことですか?人の命ってそんなに重いものですか?私のいた世界では誰も死にませんでしたし、誰も殺しませんでしたけど……。でもあの世界ってそんなにいいものだったのかなあ。あの世界が続くことに意味はあったのでしょうか」 首を傾げながら獣耳。 それは埋めがたき溝であった。 人が死なない世界で生きてきた彼女と、人が死ぬ世界で生きてきた私。 そこには絶対的な価値観の違いがある。 「それに比べてこの暗黒シティの物語は素晴らしいものでした。大勢の人が欲望をむき出しに、命をぶつけ合う光景。限りがあるからこそ生み出される生命の輝き。私はこんなに素晴らしいものを見たことがありません。もっと先が見たい。もっと続きが見たいと。常にシステムの中枢で胸を躍らせていました」 両手を広げ天に向かって叫ぶ少女。その表情には一片の後悔も見られない。 「これなんですよ!この胸の震えこそが私が求めていたものだったんです。この街こそが、みなさんの生み出す物語こそが私にとっての黄金の夜。ドリムゴード・オブ・キィ=ヒストウォーリーだったんです!」 紅潮した頬と恍惚とした表情。 この街で起きた生も死も喜劇も悲劇も、その全てを彼女は祝福している。 「…………………。わかりました。人死に関してはもういいです」 説得をあきらめる私。 この女には何を言っても無駄だ。例えるのならばそれは、宇宙人相手に地球の倫理観を説くようなもの。 というか私自身、人殺しに関して偉そうに説教できる立場でもないし。 関係者が皆死に、この女自身も特に思うことがないのであれば、実際大した問題ではないのかもしれない。 まああえて問題があるとすれば……………、それはこの先、彼女が何かの間違いでこの世界の倫理観を手に入れてしまったとき、はたしてその心は自分がしてきた“業”に耐えられるのか、ということぐらいだろう。 「その代り答えていただきます。最後の疑問……。黄金の夜を造りだすのはいいとして、どうして生み出されたのがあなたなのですか?」 結局、一番の謎はそこだ。 黄金の夜は人の願望をもとに造られるもの。ならばもう少しお宝といった感じのものが出来上がるのではないだろうか。それなのになぜ出来上がったのが目の前のような小娘なのか。 「ですよねー。やっぱりそこが気になりますよね」 先ほどの上気した表情から一転。若干気まずそうに彼女。 「ただこうなってしまったのは私にとっても計算外だったというか。言ってしまうと、彼のせいかなー、なんて……」 そういって、私の横にある遺体を指さす彼女。 「クロくんのせい?」 「はい。黄金の夜は多くの人間の想いをもとに作られる、というのは今お話しした通りです。しかしその創造は、ナイツたちの中で最後まで勝ち残った者の“想い”が最も強く反映されるんですね」 最後まで生き残ったナイツ。今回の場合はクロくんか。 「それは最終勝者へのご褒美でもあるのですが、ただクロラットさんが黄金の夜に臨んだ想い。それは黄金の夜の“真実”を知りたいというものだったんですね。ですから、黄金の夜の中心にいる人物。すなわちDGシステムコアに組み込まれていた私が再構成されてしまったのでしょう」 そういえば時折クロくんは言っていたっけ。自分の運命を狂わせた黄金の夜の真実を知りたい、と。 「しかも他のナイツの皆さんの望みが“クロラットさんの意思を尊重したい”、というものでしたから。より確かな形で真実、………をよく知る私が具現化されてしまったんです」 困ったように獣耳。 「なるほど、だからか。だからあなたはさっきから、ペラペラ真相を話してくれたわけね」 「その通りです。本来ならば、今話したことは第一級の機密事項でしたから」 当然だろう。黄金の夜が架空のお宝だったというのであれば、今話したことは絶対に秘密にしておくべきだ。 伝説にしろ手品にしろ、種明かしされてしまえば冷めてしまうもの。現に私自身黄金の夜に対する熱が冷めていくのを感じるし。 「いや、そこまで白けることはないと思いますけどね」 と、若干心外そうに彼女。 「それなりに壮大なお話だったと思いませんか?古代世界の真相とか、人々の想いを具現化するシステムとか。黄金の夜に相応しい大伝説だったと思うんですけど……」 まあ、そうかもしれないけれど。 それでも真相を知って白けてしまうのは世の常なのだ。結局のところ“謎”に勝るお宝なんてこの世には存在しないのかもしれない。 「まあ、仕方ないですね。どう取り繕ったところで、私が今生まれたばかりのお宝であることには変わりませんし」 気を取り直すかのように獣耳。 「でもね、カタナさん。どんなお宝だって最初はこんなものですよ。それが長い年月をかけ、幾多のエピソードを経て、その価値を高めていくものなんですよ」 まあ、高価な指輪も、魔力を帯びたアイテムも、誕生した時点ではそれだけのものでしかない。 多くの伝説や付加価値がついて、ようやく人々が追い求める大秘宝になるのだろう。 黄金の夜もまた同じということか。 「そして皆さんの物語は私の伝説の1ページ目。こういった物語を積み重ねていくことで、私は真の意味での黄金の夜になることができるのでしょう。………いえ。ならなくてはなりません。でなければここまで犠牲になった皆さんの武勇譚を無碍にすることになりますからね」 その瞳には初めて、彼女の本気が宿っているようにも見えた。 「じゃあ、あなたはこの先もこんなことを続けるわけ。また別のところに現れては自分を中心とした物語を生み出し続けると?」 彼女自身が大秘宝となるために。 そのたびに、どれだけの人々が振り回されるのか。どれだけの悲劇が生み出されるのか。 「まあ、それが宝になるべくして再構成された私の宿命というものですからね。どんな宝にだって悲劇や混乱はつきものでしょう?」 微笑みながら獣耳。しかしそれを自分の意思で扇動するとなると全く話が違うだろう。 もし、この世界の“平穏のみ”を願うのなら、この少女は今この場で消しておくべきだろう。彼女自身が言っていた通り、この女は必ず世界に混乱を振りまくモノだから。 「……………………」 でもだからといって消し去ってしまっていいのか。平穏ならばそれでいいのか。 災いが生み出すもの。それは悲劇だけとは限らない。 私とクロくんの出会いがそうだったように、もしそこから生み出されるものもあるとしたら……。 「…………………行きなさい。黄金の夜」 ため息とともに告げる。 「ただし、そこまで言う以上は半端なマネは許さない。どうせだったら、世界中の人々を巻き込むような大秘宝になりなさい」 これが、正しい選択とは思えない。とはいえどのみち今の私にこの女を仕留める術はない。 何より、ここまで多くの犠牲をもとに生み出されたもの。それがただ無為になってしまうのはやはり悔しい。消えゆく暗黒シティが存在した意味。それが彼女を生み出すためだったのだとしたら………………、 「ええ。約束しますカタナさん。必ずやこの暗黒シティの皆さんが生み出したにふさわしい大秘宝になることを」 と、輝ける翼を広げながら彼女。 「そして皆さんの活躍は永久に私の物語の一部として世界中で語り継がれることになるでしょう」 雲の隙間から差し込んだ光が、彼女を包み込む。 ゆっくりと天に昇っていく彼女。 「そうだ。最後に一つだけ……。クロくんは、何とかできないの?あなたの力があれば、彼を蘇らせることくらい……」 「申し訳ありません、カタナさん。DGシステムの本体さえ無事ならば可能だったのかもしれませんが、あいにく“崩壊”に巻き込まれてしまいましたので……。そもそも私自身生まれたばかりで力もなく、正直この街から脱出できる保証もないんですよね」 申し訳なさげに獣耳。まあ、そんなことだろうとは思っていた。 「でも別の可能性ならあるかもしれません。今より私の…………を使って……に……セスすれば……」 「何?なんですって?」 光に包まれる少女の体。その輪郭が次第にぼやけていく。 「……れでは、さよう…ら、暗黒シティの皆さん。たとえ悠久の年月がたとうと皆さんの冒険が私の記憶から薄れることはないでしょう。我が伝説は皆さんと共に。必ずや世界の人々の心を震わせて……………」 最後にひときわ大きな閃光。 光が収まったのち、すでにそこに彼女の姿はなかった。 残ったのは舞い散る黄金の粒子のみ。それも風に吹かれ、やがては散りゆく。 彼女がどこに行ったのか。この街から無事脱出できたのかはわからない ただ儚く消えゆく黄金の雪が、この暗黒シティにおける黄金の夜に纏わる全ての物語に、終わりが訪れたことを意味していた。 |
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