PART 3




「はっ」
 そうして俺は目を覚ました。
 眼前に広がるドームの天井。チカチカチッカと点滅する電燈。
 噎せ返るような血と硝煙の匂いが、ここが戦場であることを思い出させる。
「ぐっ」
 半身を起そうとしたところで胸に走る痛み。手を当てると凄まじい熱。
 当然だろう。鋼鉄をも溶かすホムロのバーニングパンチの直撃を受けたのだ。本来ならば俺の上半身が蒸発していてもおかしくなかったはずだが……。
 と、焼け焦げたマントの裾から零れ落ちる何か。
 螺旋を描いた白黒二色の鍵は……。
「真夜の、鍵……」
 そういえばポケットが足りなくて、これだけはネックレスにして首から吊るしていたんだっけ。
 目の錯覚か、一瞬鍵の宝玉から白銀色の炎が零れ出たように見えた。
「………お前が、守ってくれたのか?ラット」
 そういえば真夜の鍵を構成する二つの鍵。そのうちの一つは奴に預けてあったんだっけ。
「ずっと、ここから見守ってくれていたのか?おまえは……」
 てっきり白夜の鍵の所有者はジャッジだと思っていたが……。
 そういえば久しぶりに奴と話をした気がする。どこで何を話したのかはすでにあいまいだが。
「おいおい、いつまで寝ぼけているんだ、クロラット君」
 と、頭上から声をかけるだれか。顔をあげてぎょっとする。
「皆さん……」
 そこに立っていたのは俺が召喚した15人のナイツであった。しかし皆満身創痍で、ひどいものとなると体が透けて見える。
「……いったい、どれくらいの間、気を失っていたんです?ぼくは」
「20分と17秒ですね。この状況で居眠りとは大した大物で」
 肩の埃を払いながらサヤさん。
「20分も……」
 その間ずっと俺のことを守ってくれていたのか。それもたったこれだけの戦力で。
 彼らの外周にはさらに俺達を取り囲み武器を構える200人近いナイツ達。その向こう側には不敵な笑みを浮かべるクロバード。
「あれ?ヴィオとカガジマ君は?」
 見回して二人の姿がないことに気付く。
「カガジマ兄ちゃんだったら5分くらい前にやられちゃったよ。あとはよろしく、だってさ」
 思い返すようにエンジェスちゃん。
「最後まで獅子奮迅の活躍でしたね。10人以上のナイツを仕留めた上、必殺の騎士を道連れにするとは……」
 と、ダイスケくん。
 最後まで……、俺のために戦ってくれたのか。彼とはそう長い付き合いではなかったというのに。
「ヴィオレッタどのも30秒程前まで生き残っていたのですが……。ホムロどのと魔法少女コンビを倒すために力を使い切ってしまったようです」
 ……あの魔人どもを一人で片付けたというのか、ヴィオ。
「クロ兄ちゃんがやられてから、ブチギレまくり暴れまくりでねえ……。あ、ヴィオ姉ちゃんからも伝言を承っていたんだっけ」
 思い出したかのようにエンジェスちゃん。
 しかし伝言ってなんだ。また、どやされるのか?
「『勝てなくてもいいから悔いの残らないようにやれ』だってさ」
「…………………………」
 天井の一部が剥落し、粉塵を巻き起こす。
 どうして、どいつもこいつも…………。
「本当、さっきから思っていたんですけど」
 深くため息をつく。
「皆さんってお人よしがすぎますよね」
 一瞬キョトンとする一同。
「きゃはははははははははははははははは!どうしたの、クロ兄ちゃん。いきなり」
 爆笑するエンジェスちゃん。
「あなたに言われるようではおしまいですね」
 心底あきれた目でサヤさん。
 その他苦笑するナイツ達。つか、敵ナイツにも笑っているのがちらほら。
 ……だが実際その通りだろう。本当何故彼らはここまでしてくれるのやら。こんな勝っても何のメリットもない戦いのためによくもまあ好き好んで…………。
「……………………………」
 俺のため、なのか。俺のためだから頑張ってれるとのか。この、暗黒シティの曲者どもが、俺のため、にだけに……。
「そうか……。これが、俺が手に入れたもの、か」
 回り道ばかりしてきたと思っていたが、そうでもなかったのか。失敗してばかりだと思っていたが手に入れたものもあったのか。
 天井を見上げ、ため息をつく。
「…で?どうするんだいクロラット。このまま防衛戦に徹するのか?」
 魔道コンピューターをスタンバイしながらレイピアさん。
「OKだよ、兄ちゃん。何時間だって足止めしてあげるよ!」
 戦斧で素振りしながらエンジェスちゃん。
「そう……ですね。それも悪くないんですが」
 天井には相変わらず点滅を繰り返す電灯。うっとおしいなあと眺めていたが、

チッカチッカチカ チカチッカチッカチカ チッカチカ チカチッカ チッカチカチッカチッカチッカ チカチッカ チッカチッカチッカチカ チカチカ チカチカチッカ チッカチッカ チカチカチッカ チカチッカ チッカチッカチッカチカチッカ チカチカ チカチカチッカチカチッカ

「あ………」
 “それ”に気付いた時……、俺のテンションは跳ね上がった。
「そういう……ことか」
 自然と、笑みがこぼれる。
「クロ兄ちゃん……?」
 不思議そうに問いかけるエンジェスちゃんに、
「いえ、やはり決着をつけましょう。何事も終わりが肝心ですしね」
 立ち上がりながら答える。
やはりこれだけの面子をそろえながら、消耗戦というのも芸がない。ましてや暗黒シティ最後の戦いとなる以上、それにふさわしいものに彩るのも俺の役目だろう。
「決着、とな?具体的には何をすればいいのかな、むにゃむにゃ」
「そうですね、皆さんは全力でぶっ放していただければOKです。あとは僕が何とかしますので」
「全力って、余力を残さなくてもいいってこと?」
「いいってことです。これで最後ですし、皆さんも悔いの残らないようにお願いします」

 左手で髪をかき上げながらこたえる。

「最後かー。それじゃあ、とっておきの技をお見せしますかね」
「せっかくだから派手に参ろうか」
 テンションを上げながら一同。
「それからハマンさんとサヤさんにはちょっとお願いがあるんですけどよろしいですか」
「私に、ですか?」
「はて、この期に及んで何があるのやら」
 近寄ってくれた二人に小声で指示を出す。聞かれたところで支障はないと思うが、まあ一応念のため。
「可能ですが………。どのような意味があるのでしょう?」
「この期に及んで自殺でもするつもりですか?」
「いやまあ、ちょっとした保険ですね」
 というわけで改めてクロバードに向き合う。
「ふん。ようやく覚悟を決めたか、クロラット」
 声に憎悪を宿らせクロバード。
 クロバードまでの距離はおよそ100m。その直線上だけでも30人以上のナイツ達がいる。普通に突破しようと思ったら最低100人程度のナイツに襲い掛かられることを覚悟しなければならないだろう。

 眼前の景色を網膜に焼き付ける。

「しかし無駄なことだ。貴様では俺に勝てない。貴様はこの暗黒シティともども因果律から抹消される運命にあるのだ」
 天を眺めて独白するクロバード氏。
 しかしなんだろうな。本人はカッコつけてるつもりなのかしらんが、さすがに役作りが過ぎないか。
「生き残るのは俺一人。故に俺が唯一の黒之葛となって世間に魔王の存在を知らしめてくれよう」
「おおー。敵ながらかっこいいねえ」
 横で感心するエンジェスちゃんだが、頼むから見ないでほしい。
 まったくガキの頃の文集を音読されている気分だ。一見かっこよさげに見えたところで、所詮は子供の頃の俺の成長した姿。
 やはりこいつは仕留めておかねばなるまいて。
 たとえ死んだ後だとしても、こんな奴が俺の名前をかたって世界中で妄言を垂れ流すとか、マジであの世で悶え死ぬ。
「もっとも……」
 痛い奴の始末は二の次だ。本当に倒すべき奴は別にいる。
 クロバードの背後の黒い影。それはもはやドームの天井に届きそうなほど巨大に膨れ上がっていた。
「怪盗魔王……」
 その存在も形も、10年前とは比べ物にならないほど確かなものになっている。まるで、クロバードから養分を吸い取っているかのように……。
 おそらく、もはや相手の負の一面を増幅するとか、その程度の存在ではあるまい。
 このまま放置しておけば、本当に世界中の光をくらい尽くす存在になりえるのかもしれない。
 ラットによって消し去られたはずのやつが、何故再び俺たちの前に現れたのか。わからなくとも奴だけは放っておくことはできない。
 世界のためなんて柄ではないが今回だけは特別だ。
 あれを生み出した元凶として、そしてあいつから全てを引き継いだものとして……、
「10年越しの決着。つけさせてもらうぞ」
 手にある5本の鍵を開放する。
 光とともに現れる5人のナイツ。

20 闇医アーレン
22 覆面レスラーエカテリーナ
98 復讐星フラン
151 精神科医ロゼ
139 活人剣マーチアノ

 これで、戦力は出し切った。出し惜しみは一切なし。残しておいたところで余計な警戒をされるだけだし。
「結局俺も闘わされるのか」
「必殺の騎士がいないのは物足りないが……」
 光輝く彼らの武具。臨界出力まで達したREIが暴風を巻き起こす。

 背中からまるでクナイを突き刺したかのような鋭い痛み。だが今はなんとか我慢する。

「ふん。最後の悪あがきか」
 敵も迎え撃つべく武器を構える。
「さてさて。どこまであがくのかな、クロラット氏は」
 向かい合う二つの勢力。
 戦力差はおよそ10対1。しかし今はあえてイーブンと見る。
「それではみなさん」
 機は熟した。決戦の時。
 最後にもう一度だけみんなを見渡す。その雄姿を忘れないように。
 万感の思いを込めて振り上げた右腕を今……、下ろす、
「お願いします!その力で僕を、勝たせてください!」

 瞬間、一斉にナイツたちの武器が火を噴いた。


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