「そんな、馬鹿な………」
石畳の上を転がる硝子の聖剣。
 人々の幸福を祈り、
剣を振るい続けてきた少女は
今ここで絶望に膝を屈する。
「だからいっただろう。君は私に勝てない、と。
そもそも君と私が戦う道理はない。
だって私たちは…………」
 眼前に立つは最後の敵。
彼女が討つべき大陸の支配者、

「親子なのだから」

「そんな。それじゃあ私は今まで
何のために………………」
 いつかは幸せな日々が返ってくると。
きっと家族と暮らせる日が来ると信じて
今日まで生き抜いてきた少女の願いは
完全に打ち砕かれた。
 絶望に囚われた少女を見下す金色の瞳。
「ふむ、己を見失ってしまったか。
ならば仕方ない。
これも父親の務め」
 そうして彼はゆっくりと剣を振り上げ、
「いま、楽にしてあげるよ。剣菜」
 振り下ろされる大剣。
しかし少女は動けない。
その切っ先が少女を切り裂こうとした時、

『惑わされるな、剣菜』

 硝子が鋼を弾く音。
「何っ!?」
 聖帝は自身の剣から伝わる衝撃に目を剥く。
 少女の手にはいつの間にか、
彼女を守るかのごとく硝子の聖剣が。
そして彼女の腕は剣に導かれるかの如く
聖帝の太刀を打ち返す。

『忘れてはいけない。
君には勝つべく理由があることを。
君の剣には多くの祈りが捧げられているということを』

 ふと、少女の脳裏に響く誰かの声。
 それはいつか幼い日、
自分に優しく語りかけてくれた………………。

『この戦いで負ければ、
それらは全て失われてしまう。
それがどれだけ悲しい事か
君は知っているはずだろう?』

「きさ、ま………………」
 聖帝は凄まじい憎悪の形相で、
彼女の手の内にある剣を睨みつけている。
「そう、か。
君の仕業だったのだな。
君が、彼女を導いて……。
三獣騎を現世に再臨させて………」
 ぎりっと奥歯を噛み締める。

『さあ、もういちど立ち上がるんだ、剣菜。
祈りは届くさ。
君がくじけさえしなければ』



「はあっ、はあっ」
 萎えかけていた両膝に活を入れ、
剣を杖がわりに立ち上がる。
 披露が蓄積しきっていたはずのこの体。
しかしどういうわけだか
今は生命力に満ち溢れている。
こんなにふらふらなのに、
敵は強大なのに、
今は少しも怖くない。
負ける気がしない。

自分は今、とても大きな存在に守られている。

「どこまでも………………」
 聖帝は剣菜に、
あるいはその背後にいる誰かに向かって吠える。

「どこまでもぼくの邪魔をする気か!?
剣崎剣太郎!!」

「ああああああああああっ!!」




 そうして再び激突する剣と剣。
荒れ狂う獣と獣。
 舞い散る火花は七色の熱風を伴い
周囲の城壁を焼き尽くす。

 これが、本当に最後の戦い。
 17年位渡る因縁の決着。 

 この戦いの勝者が世界の未来を定めるのであろう。
 祈りの騎士が世界に光をもたらすのか。
 虚無の王が世界を無に返すのか。

 その結末を見届けることは
どうやら今は叶いそうになく、
故に“ぼく”もまた祈るしかない。
 願わくば彼女に勝利を。
この悲しみに満ちた世界に希望が有らんことを。

七色の閃光を胸に焼き付け、
“彼”もまた自身の戦いへと帰っていく……………。




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