エイプリルフー特別ノベル

ブラックブラザーズゼロ




「ジーク・黒ノ屑! ジーク・黒ノ屑!」
「ジーク・黒ノ屑! ジーク・黒ノ屑!」

 薄暗い広間に唱和が木霊する。

「大陸最強、黒ノ屑!」
「黒き太陽、黒ノ屑!」
「大陸の真の王者、黒之葛!」
「魔王名家、黒ノ葛!」

 天井に掲げられた紋章旗に敬礼する数十人の一団。

 ここは新世界大陸剣皇領、黒ノ屑家の屋敷。
 そして彼らはこの家に仕える臣下達であった。
 痩せこけた中年に、太っちょの青年。そして箒を持った老婆など、容姿、年齢は様々。ただ共通して、黒スーツと黒ネクタイを着用していた。

「いや、精が出るね」
 そんな彼らの背後の扉が開き、一人の少年が広間に足を踏み入れた。
「しかし何事だい、これは? いつもの悪の軍団ごっこかな」
「おお、これは黒之助お坊ちゃん!」
「お帰りになられたのですか?」
 広間に現れた金髪の少年に、駆け寄る臣下達。
「これはこれは、何か月ぶりでしょう。坊ちゃんが帰られるのは」
「全くあなたという人は、いったん屋敷を飛び出したらろくに連絡も入れずに」
「言ってくだされば、お迎えにまいりましたのに」
「いや、せっかくの練習を邪魔しちゃ悪いと思ってね。気合の入った唱和が、隣の山まで聞こえたし」
 周囲を取りかこむ大人たちに気押されすることもなく、金髪の少年。
「で、実際なんだったの、今のは? どこぞの独裁国家のまねごと? あとその黒スーツはなに? いつからうちの屋敷は黒スーツが正装になったの?」
「よくぞ聞いてくださりました、坊ちゃん。 実は我ら、来たるべく十三名家との決戦に備え、組織のあり方を見直していたところでありますでゲス!」
 胸を張りながら、黒ひげ小太りの中年。
「より強く! よりカッコよく! 見た目だけで連中を圧倒できるよう、黒スーツで統一してみたザマスよ」
 にやりと笑う、眼鏡をかけた中年の男。
「この格好と、先程の唱和が合わせれば、連中は戦うまでもなく、我らに跪くに違いないですたい!」
 ポーズを決めながら、見た目ゴリラの筋肉質の男性。
「「「いかがでしょう、坊ちゃん!」」」
「悪くないね。中身よりもまず見てくれから、という姿勢は評価したい。ただ黒スーツだけじゃ、まだまだインパクト不足かな?
 いっそ全身黒タイツにしてみたらどうだろう。ショッカーみたいに。表面には髑髏イラストをプリントして」
「それは素晴らしい!」
「流石は坊ちゃん、ナイスアイディーア!」
「早速、衣装を発注しましょう!」
 と、盛り上がる家臣たち。
 そんな彼らを見て、
「うん、相変わらずのアホだね。おかげで癒されるわ。数か月振りのマイホーム。
 アホな臣下に、無責任な当主と。黒ノ屑も堕ちるところまで堕ちたもんだよなー」
 言いながら、実際リラックスした表情で金髪の少年。
 あまり外では見せない、素の彼の笑顔であった。
「こんなザマだから百年準備しても、反乱の一つも起こせないんだよな。つーか、初代が見たら発狂するんじゃね? 数百年間、十三名家に復讐するために準備しようとして、実際やってきたのは盛大なコントだからな」
 そう言って笑う少年こそ、この城の主の一人にして、黒ノ屑家次期当主。黒之助・黒ノ屑であった。
 後に剣皇三獣騎として、その名を大陸に知らしめる、狂之助左衛門・弾・黒ノ葛の幼き日の姿である。

「それで、坊ちゃん。今日は何のためにお帰りになったのですか?」
「そうですよー。いつもは俺たちがいくら呼んでも帰ってきてくださらないのにー」
「もしかして女の子に振られました?」
「それとも、いよいよ反乱を!?」
「それがじっちゃんに呼び出しくらってなー。家督に関わることだから、必ず帰ってこいって。いや、今更んなことで話すことなんてないと思うんだけどなー。ただ、じっちゃんも歳だし。生きているうちに顔を見ておこうと思ったわけ」
「なるほど。しかし家督継承についてですか」
「いよいよ坊ちゃんが正式に黒ノ屑の当主になるのでゲスか?」
「どうだかねー。じっちゃんはあと百年は現役のつもりらしいし」
「しかし、黒之助坊ちゃんが当主になられたら、いよいよ十三名家との決戦も近いですたい」
「ああ。我らの祖先を反逆者呼ばわりして弾圧した、忌まわしき十三名家の連中の目にものを見せてやりますわ」
「偽りの王である十三名家を引きずりおろし、我らが主、黒之葛が、大陸を支配するのだ!」
 エイエイオーと家臣たち。
「そうはいってもねえ……。やるならやるで、君たちの手を借りず、俺一人の力でやった方がいいような? 君ら、いらんところでドジ踏むし、土壇場でいろいろ台無ししそう」
「そんな、坊ちゃん! 今更、本音を!?」
「我ら坊ちゃんのために、厳しい訓練を耐えてきたのに!?」
「悪い悪い。でもまあ、君ら体力が余っているのなら、これからここにくる奴を足止めしておいてもらえるかな。じっちゃんと話している間に、あいつが割って入ってくると、話がこじれそうだし」
「これからくる奴?」
「足止め?」
 と、臣下達が首をかしげた時だった。
「狂之助えええええええ!」
 窓をぶち破って、一人の少年が広間に飛び込んできたのは。
「ひいい、何事!?」
「てんめえええええええ、また俺のナイフコレクションを、勝手に売り払いやがったなああああああああああ!?」
「あなたは……、黒鳳坊ちゃん!」
 現れたのは、黒マントを纏った、黒髪の少年であった。
「しかも、その金でエロ本買い占めた挙句、俺名義で学校にばら撒きやがってええええええええええ!!」
「ひいい!? 坊ちゃん冷静に!」
「黒鳳坊ちゃん、ご乱心―――!!」
 狂気の目でナイフを振り回す少年を、必死に抑えつける家臣たち。
「んじゃ、俺はじっちゃんの顔見てくるから。せめて、五分くらい持たせてな?」
「そんな、ご無体な、黒之助坊ちゃん」
「どこに行く!? 待ちやがれ、クソ野郎!!」
「どうどう! 黒鳳坊ちゃん、落ち着いて―――!」
 すさまじい怒号を背に、一人地下への階段を下りて行く黒之助であった。