中盤戦はまあ、言うまでもなく俺の劣勢となった。

「ロージュ君!?」
「ごめん。クロラット君。ぼくは、ここまでだ」
 前線で偽ムゾンの足止めをしていたロージュは、敵の左腕、ナノマシンアームが変形した長槍によって胸をぶち抜かれた。
「ぐ…、せめてっ!」
 しかし、最後の気力を振り絞って発射された彼の砲弾は偽ムゾンと、背後にいた死鎌金融カセをまとめて打ち抜く。
「あとは、よろ、し……く」
 光の粒子となって消えゆくロージュ、そして偽ムゾンとカセ。
 マントの中の熱が一つ消えたのを感じる。おそらく二度目の召喚はできないのだろう。二度目の友人の死に、何とも言えぬ感慨が湧く。
「感傷に浸っている暇はないよ、お兄さん」
 と、頭上から飛んできたグレネードを、ピンク色のリボンがたたき落とす。
「このままじゃ押し切られるよ。何か手はないの?」
 爆炎を背に俺の横に降り立ったのは、魔法リボンの使い手、キタラ=フォヌオート嬢であった。
「そうはいっても、ね」
 目の前でおこなわれているナイツたちによる抗争。それは素人目に見ても、俺が召喚したナイツが劣勢であった。
 現在俺が召喚しているナイツはエンジェス、ダイスケ、カガジマ、ヴィオ、キタラに加え、

012 機動画家ペートロ
015 市長軍の隠れ英雄ロドニオ
022 闇レスラーエカテリーナ
053 青鬼バルバーグ
099 枕探究家ネミー
154 REIドールファングバンカー
176 朱の闘士ローブ
187 予備校教師タケシ
194 賞金稼ぎウールウェン
199 結界の巫女ハマン
205 委員長レイコ
236 アフロマスターバジリスコ

 の、計17名。
 それに対しクロバードが呼び出したナイツはブルース、必殺の騎士をはじめとする40名。
 およそ倍以上の敵を相手に、彼らはよく持ちこたえくれていると思う。……が、さすがに消耗は隠せない。
 本来なら増援を召喚したいところだが、そうもいかない。俺の手元に残っているナイツは7人。それに対しクロバードが残しているナイツは200人以上。
 クロバードが手札を温存しているのは、ひとえに俺の未召喚のナイツを警戒しているからだろう。もし、俺の手の内が明らかになれば、最適なナイツを召喚し、一気に勝負を決めに来るはずだ。
「ひゅーっ。これはしんどいねえ」
 前線で壁となってくれているバルバーグにバジリスコさん。
「だらっしゃあ!」
「む!?」
 ついに星のハルバードを破壊し、必殺の騎士相手に肉弾戦を挑むカガジマ君。
 もう少し……。もう少しだけこらえてほしい。
 いまはまだ辛抱の時。必ず勝機は来る。俺がそれを見逃さえしなければ……。
「やはり、その程度か」
 戦いの向こう側から、馬鹿にしたようにクロバード。
「守られてばかりで、ろくに動くことすらできないとはな。貴様にかつての力があればいくらでも別の対応が取れただろうに」
 事実ではある。
 俺にかつての力があれば、変装するなり囮になるなり、いろいろな手が打てたはずだ。
 しかし今の俺では下手に動くだけで命取り。
「やはり貴様はクロバードの未来にふさわしくない。失敗作のクロラットはここで、消えるべきだ」
 内心苛立つ奴を見て、俺は自身の推測が当たっていたことを確信する。
「……なるほど。やはり動機はそれですか。そんなに僕がクロバードの未来であることが許せませんかね?」
「当然だ。力も野心も失い、みっともなくあがくだけのその姿……。見ているだけで吐き気がする」
 まさに吐き捨てるようにクロバード。
「何故そこまで落ちぶれた?何故そんな醜態をさらして生きていられる?自身の才力をもって世界に挑む。それがクロバードの野心だったはずだ。……なのに、今の貴様はなんだ。他人にすがり、災厄をまき散らし、挙句何一つ成し遂げられぬその醜態。貴様のような屑を、クロバードの未来として受け入れられると思うか」
「…………………」
 奴の言っていることもまあ、わかる。
 俺だって好きでこんな俺になったわけじゃないしなー。ガキの頃はもう少しましな自分になれると思っていたさ。
 けど現実はこの有様。もてる力を失い、暗黒シティの最下層をはいつくばり、強い奴にはへこへこ頭を下げ、それでいて何一つ成し遂げられぬ醜態ぶり。
 あの頃の俺が今の俺を見たら、そりゃあ殺意の一つもわくだろう。
「やはり貴様はクロバードの未来にふさわしくない。俺が、そう、この完成された俺こそが、クロバードの未来であるべきだ」
 クロバードのもう一つの可能性ともいえるこの男。実際、奴はそのような存在になりつつあるらしい。
 いうなればこの場にはクロバードの未来が二つ同時に存在しているようなものか。ならば、自身が唯一の未来となるべく、もうひとつの未来を消しにかかるのは当然のことといえるだろう。
「半端者のクロラット。貴様にクロバードの未来は務まらない」
 冷たい声に殺意を乗せてクロバード。
「ましてや………、残り時間が少ないとあってはな」
「………………………」
 ………やはり、そこに気付いていたか。
 カタナにも話さなかった俺最大の秘密。俺に残されたタイムリミット。
「宝刀を使ったところで騙されるものか。貴様の身体能力は明らかに日を追うごとに劣化している。その作り物の体はもう、限界を迎えているのではないのか?」
 見定めるかのようにクロバード。
 ……彼の指摘する通り、俺の体は限界が近かった。
 もとよりこの体はかつての事件の際損傷した体を、とある連中が無理やり修理してくれたもの。しかしそれは黄金の夜が見つかるまで持てばよい、という応急処置的なものでしかなかった。
 最近では呼吸をするのにも苦労するようになり、俺自身先は長くないと自覚していた。
「答えろ、クロラット。貴様に残された時間は後どれだけある」
 執拗に追及するクロバードに対し、
「………3か月くらい前、かな?」
 仕方なく俺は正直に答えてやった。
「なんだ………と?」
「いやね、ドクター曰くとっくに寿命は過ぎているそうで。会うたびに言われましたよ。お前が生きているのは現代医学に対する侮辱だって」
 頼むから早く死んでくれ。それがドクターの口癖であった。
 彼が言うには俺の臓器は半分が死に、もう半分が末期状態にあるらしい。それをヴィオの蘇生魔法と、ドクターの違法薬物によって無理やり動かしていたのだ。
 だが、その二人が死んでしまった以上、どう考えても俺に未来はない。というか、正直よく今日まで命が持ったと思う。
「ある意味暗黒シティが崩壊してくれたのは幸運でしたね。おかげであなたを引きずりだせましたし」
 本当、変なところでツキに恵まれる俺である。
「正直あなたに籠城でもされたら、ぼくは時間切れでアウトでしたよ」
「……っ」
 ぎりっと奥歯をかみしめるクロバード。
「クロラット……。やはり貴様はここで消えるべきだ。何も成し遂げられず、こんな世界の辺境で、みじめに死んでいく“俺”を、俺は絶対に認めない」
 憎悪をたぎらせクロバード。
「そうだ、お前に魔王の器は、つとまらない。俺、が。この、クロバードこそが……」
「………………?」
 しかし、気のせいだろうか。少しクロバードの空気が変わった気がする。
 幼稚な怒りの裏に垣間見える、底知れぬ冷たさ。
 そんな彼の背後からは、やはり黒い影がにじみ出て……。
「というか今なんて言いました?“魔王”って……?」
 なんかとてもロマンチックな言葉を聞いた気がするが。
「………………」
 無言で新たな鍵を取り出すクロバード。それを見て俺はぎょっとした。
 ワイヤーで束ねられた秘宝の鍵。その数は少なく見積もって100本以上。
「もはや小細工はさせん。今回は“あの男”の邪魔は入らない。確実に貴様を殺し、俺はこの体を手に入れる」
「なんですって!?」
 100本分の鍵から放たれる強烈な閃光がドーム白色に染めるあげる。
 光が収まり、クロバードの前に立っていたのは、奴が召喚した100人の英雄。
「失敗した貴様に俺の器たる資格はない」
 右手をあげながらクロバード。
「因果万象から塵一つ残さずよ。クロラット=ジオ=クロックス!」
 と、彼が腕を振り下ろすのと同時に一斉に攻撃態勢に移るナイツ達。その誰もが暗黒シティに名の知れ渡った一騎当千の英雄。
 飢えた白狼ガーネットに魔石剣士クズィラ、伝説の殺し屋ドラゴンに超人類エイチカと……。ああ、とてもすべてを把握しきれない!
「とにかく時間を……!」
 内ポケットから取り出した新たな鍵。
「十六夜の鍵と……、陽炎の鍵」
 正直あまり使いたくなかった2本。
「何をぼけっとしている場合かにゃ、クロネズミ君」
「油断していると命を落とすワオーン」
 そういって先陣を切ってくるのは、魔法少女コンビのAクライスちゃんにJラスクちゃん。
「雷の猫オルトロース!お行きにゃさい!」
「炎の犬サラバード!いくんだワン!」
 相変わらず変身中は動物語か。
 彼女たちの杖から放たれた大量の炎の犬と雷の鳥が、群れを成して迫りくる。
「とにかく、お願いします!」
 迫りくる獣に鍵をかざす。光とともに現れたのは、俺もよく知る二人の美女。
「レイピアさん!サヤさん!」
 片や長髪、ラフな格好をしたお姉さん。もう片や黒髪忍者コスチュームのお嬢様。
「やれやれ、私は君のこと嫌いなんだけどなー」
「……仕方ありませんね。ドブネズミ様、……もとい、クロラット様」






 素敵な嫌味とともに現れたのは、カタナの姉レイピア=シラバノとカタナの付き人サヤ=メルトローメ。
 どちらもカタナゆかりのナイツ達。呼び出したくなかった理由は……、ぶっちゃけもっとも俺に味方をしてくれるか微妙な二人だからである。
「サンダーキャノン発射!」
「死霊魔法。受けられるか」
 魔法の獣に続いて襲いくる、他攻撃魔法の雨あられ。
「やれやれ、確かに君のことは八つ裂きにしても足りないのだがな」
 しかし、そんな死の閃光に動じることもなく、魔道コンピューターを展開しながらレイピアさん。
「しかし、これもカタナへの贖罪だ。シロラットMk-3、第三種REI相転移ドライブ、駆動!」
 彼女の指がEnterキーをたたくのと同時に、周囲に展開される青白い壁。
「にゃにゃっ!?」
 その壁に触れた炎の犬と雷の鳥が粒子となって消えていく。
「なんと……」
 おそらく獣を構成するREI粒子を変異させているのだろう。魔道コンピューターを極めるとこういうことができるのか。
 次々と攻撃魔法を無力化していくレイピアさんの魔導障壁。
「はっ、それでどうにかしたつもりか、ガキィ!」
 しかし、敵は攻撃魔法だけではない。
 エアバイクで突っ込んでくるのは、REIドール収集家のバーゼ=ロド=クシュタイナー。
「そんな薄っぺらな壁で俺様たちを止められると……!」
 さらに彼に続く近接戦闘派のナイツ達。
「全く……、カタナ様をお守りできなかったあなたのために戦うのは不本意なのですが……」
 しかし、そんな彼らの前に歩み出る、忍び装束のサヤさん。
「ですが、あなたが死ねば、カタナ様が悲しまれるのは事実ですので」
 ジト目で俺を見つつ、印を組む。
「古代城壁召喚。紅忍法ストーンシールド!」



 彼女がクナイを床に突き刺した途端、地割れとともに飛び出す巨大な石垣。
「ぬおおっ!?」
 全速力で突っ込んできたナイツたちは、哀れ顔面から石垣に衝突する。
「お見事……」
 流石はトラップのプロ二人による二重障壁。物理的にも魔法的にも隙のない仕事をしてくれる。
 これでもう少し俺にも優しくしてくれたら文句はないのだが、いや、今は言うまい。
「まだダ!防護魔法、雷障壁!」
「式神さん。陰陽結界、お願いします……」
 さらに、ヴィオと結界の巫女ハマンによって展開される三重目、四重目の障壁。
「これは……」
 四種四重の結界を前に、流石に立ち往生する敵ナイツ達。
 しかし……、
「必殺……雷牙閃」
「タイガァァァァァ、バスターッ!!」
 当然それで怯む連中ではない。手持ちの武器で障壁に仕掛ける敵ナイツ達。
「せいっ!はっ!とりゃ――――――っ!」
 轟音とともに、4重の障壁は少しずつ削られていく。
「このままだともって20秒といったところですね。何か手はあるのですか、泥、もといクロラット様」
 ありがたく現状を分析してくれるサヤさんであったが、あいにく打つ手がない泥ネズミである。
「それでもなんとかしないとね……」
 結界が破られた時点で勝負は終わりだ。さすがに手持ちのナイツで、この大量の敵ナイツを押しとどめるのは厳しい。
 余剰戦力もあとわずかであり、現状を打破できる可能性はゼロに等しいだろう。
「それでも……」
 絶望するには早いだろう。いつだってそうだったはずだ。
 ピンチの後にこそチャンスがやってくるもの。ならばこの窮地を乗り越えた時こそが、俺にとって最大の……、
「必死なものだな、クロラット」
 と思考を巡らせている横から、邪魔するようにクロバード。
「なぜそこまで勝利に執着するのやら。この場で俺が勝つことは、お前にとって損な話でもないだろうに」
 わかりやすい挑発は当然無視。手持ちの戦力でなんとかクロバードに届きうる攻撃手段を組み立てる。
「もとよりお前自身言っていたではないか。俺とお前が黄金の夜にたどりつくことは同意だと。ならば俺が黄金の夜にたどりついた方が有意義だとは思わないか?どのみちお前の寿命はあとわずかだし」
「……………………」
 いいから黙れ、と思う一方で、………心のどこかで頷いている自分がいる。
 確かに……、ここまでムキになって勝つ意味はあるのだろうか。奴の言う通り、ここで勝とうが負けようがどのみち俺に未来などない。カタナももう死んじまったし……。ならば自身に限りなく近い存在である奴に未来を託すのも、一つの選択ではあるまいか……?
「いや、何を考えているんだ俺は。カタナを殺したのはそもそも……」
 チカチカチッカと点滅する電燈。わずかにぶれた俺の意思を奴は見逃さない。
「そもそも……、なぜ貴様は黄金の夜にこだわる?貴様とてすでに感付いているはずだ。黄金の夜など所詮、“種も仕掛けもある”都市伝説だと。にもかかわらず、この期に及んで黄金の夜を追い続けるのはなぜだ?」
「それは……」
 決まっている。殺されたカタナの復讐。そして、自身の運命を狂わせてきたものに対する嫌がらせだ。それ以外に何があると……。
「復讐?嫌がらせだと……?だったら直接相手に仕返しした方が早いだろう。必ずしも黄金の夜に執着する理由はない。しかしその姿を得て以来、何故だか貴様は“黄金の夜を追う”ことにこだわり続けてきた」
「……………………」
 そう、かもしれない。
 市長たちへの復讐心を燃やしつつ、なんだかんだで俺は黄金の夜を追い続けてきた。時に、復讐や嫌がらせよりも優先して……。
 しかし、それが一体なんだというのか。さっきからこいつは何を言いたいのか。
「なあ、本当に忘れてしまったのか、クロラット。貴様が黄金の夜を追いかけてきた本当の理由を。そしてなぜ、クロラットというパーソナリティが生まれたのかを」
 またも意味不明なことを抜かすクロバード。
『だめだ、クロくん!彼の言葉に耳をかたむけては!』
 そんな、誰かの声が聞こえた気がしたが、もう俺はクロバードの声から耳を背けることができなかった。

「ならば問おう、クロラット。そもそも貴様には………黄金の夜を追いかける資格はあるのか?」

「なん、ですって?」
 それは予想だにしていなかった方面からの質問。ものすごくシンプルなようでいて、曖昧な問いかけ。
「黄金の夜を追う資格って……」
 なのにそれを聞いた途端、俺はハンマーでぶん殴られたかのような凄まじい衝撃を受けた。



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