「いったい、どうして……」
 なぜ彼らがここにいるのか。唐突な事態に、一瞬理解が追いつかなかった。
「どうって言われても、あのままだとクロ兄ちゃん死んじゃうからねえ。慌てて飛び出してきたんだけど?」
「無礼は承知。しかしこれも御身を守るため。どうかお許しください」
 かんらかんらと笑うエンジェスちゃんに対し、律儀に頭を下げるダイスケくん。
「飛び出てきたって……」
 気が付けばマントの内ポケットから微かな熱を感じる。手で探ればそこにあったのは3つの秘宝の鍵であった。確か灰色の鍵、黒炭の鍵、赤さびの鍵だったか……。
「鍵の中に入れられたまま戦いが終わっちまうなんて、シラケるにも程があるからな。勝手に出てきちまったが文句はねえよな」
 バットをフルスイングしてカガジマ君。後方に飛び退く必殺の騎士。
 そこでようやく理解が追い付く。
 秘宝の鍵が何らかの作用を及ぼし、現れたのは死んだはずのナイツ達。
 つまり、
「ナイツの、召喚……!」
 と、顔をしかめるクロバード。
「クロラット。では貴様も……」
「………ええ。まあ、集めてましたよ」
 ようやく暗示が解けてきたのか、ふらつきながらも立ち上がる。
「確かに、ジャッジは言っていましたね。最後の鍵を握るのは秘宝の鍵。ゆえに最終決戦までにできる限り集めておけ、と」
 本来ならば無視するところであったが一応は遺言。無視するのも寝覚めが悪い。
「では俺が回収しそこなった鍵は……」
「回収しておきましたよ。顔見知りの分は一応、ね」
 マントを翻せばそこには4つの内ポケット。中に入っているのは秘宝の鍵、その数計25本。
「貴様……!」
「まあお守り代わりにでもなればと思って、携帯していたんですけどね、まさか本当に鍵そのものに守られるとは思いませんでした」
 流石は、暗黒シティ。何が起きるかわかったものではない。
「しかしまさか、ナイツが自らの意思で具現化するとは……」
 と、本日一番の戸惑いを見せるクロバードは置いておいて、改めてエンジェスちゃん達に向かい合う。
「皆さん、よくぞ俺のために」
「お礼なんていいよ〜。ぼくとクロ兄ちゃんの仲じゃん」
「まー、俺は気まぐれだしなー」
 笑うエンジェスちゃんに不機嫌そうにカガジマ君。
 俺を守るように、周囲を固める三人。実に頼もしい反面、少しだけ不可解に思ったのも事実だ。
「ぼくに、力を貸してくれるというんですか、皆さんが」
「当然でしょ。そのために出てきたんだから」
「我らは今よりあなたの剣。どうぞ存分に采配し、あなたの望みを果たしてください」
 あっけらかんと答える、ちびっこ二人。
 しかしおかげで余計に疑問は深まってしまう。
「いや、でも、いいんですか?こんな戦いに、力を貸してくれるなんて。別に俺に協力したところで皆さんに何のメリットがあるわけでもないでしょうに」
「うっせえなあ、へっぽこ探偵。んなもん俺らの勝手だろ?」
 ふてくされながらカガジマ君。
 しかし当然の疑問ではなかろうか?だって彼らはついこの前まで敵同士だったのだ。一時的に共闘関係にあったとはいえ、それはあくまで利害が一致しただけの話。
 そんな俺に対し手を貸す理由なんて、どこにもないはずだ。
「それに、皆さんはすでにお亡くなりになっているというのに……」
「そんなこといったってねえ。僕たちは手伝いたいと思ったから手伝っているだけだし。深い理由なんてないよ?」
「そう。むしろ死んでいるのに、というよりは死んでいるからこそ、ですね。死んだ後だからこそ、下らないしがらみやメリットデメリットに捕われることなく、純粋に手助けしたい人間を手助けできるのです」
「…………」
 当然のように言う彼らのいうことを、しかしなかなか受け入れることができない。助けたい相手がいる、のはいいとして、なぜそれが俺なのか。俺には別に彼らに助けてもらう理由なんて……
「たとえあなたにそのつもりがなかったのだとしても、我らは確かにあなたに助けられきた。だからこそあなたに黄金の夜にたどりついてほしいと願っている。そして……、そう思っているのは我らだけではないかと」
 と、俺のマントの内ポケットを指さすダイスケくん。
「?」
 そういえばいつの間にやら、マントの内側が妙に、熱い。というか、ざわめき声が聞こえるのは気のせいか。
 耳を澄ませてみると……、

「いつまで待たせル、クロラビット!」
「早く俺を出せ!」
「私なら連中を一網打尽にしてあげますよ〜むにゃむにゃ」
「ふざけんな!俺が先に決まってんだろうが!」

 聞こえたのは俺を出せコールの大合唱。それも、どこかで聞いたことのある声ばかり。
「みんな、早く戦いたくてうずうずしているようだねえ」
「皆、クロラット殿の役に立ちたくてしかたないようですよ」
 くすくす笑うエンジェスちゃんにダイスケくん。
 いや、だからどうしてこんなにノリノリなのか。俺には全く理解できない。
 俺は、彼らを利用していただけで、裏ではどうやって彼らを始末するか計画を立てていたくらいで……
「だ〜っ!ぐちぐちうるせえな!力を貸してやるってんだから、ありがたく借りればいいだろ!」
 と、いよいよ半ギレしてカガジマ君。
「つうかてめえも言ってなかったか?利用できるものは猫の手でも利用するもんだと!」
 そういってバットを突きつける。
「そういえば言っていたねえ。“戦いは他人に任せ自分は安全なところに引きこもる。これぞ最高の戦術だ”って」
 誰のモノマネか、声色を変えてエンジェスちゃん。
「そう。だからあなたは存分に我々を利用すればいいのです。ま、どうしても理由がほしいというのなら、フォービトゥーンの時助けていただいたお礼ということでひとつ」
 ウィンクしながらダイスケくん。
 マントの内側からは相変わらず、 怒号もかくやの“俺を出せ”コールの連唱。内部の温度は急激に上昇し、このままでは脱水症状で倒れかねない。
 全く……、
「この、お人好しどもめ……」
 思わずため息をつく。
 いい加減理解するのをあきらめる。本当死んだ後まで、俺の役に立ちたいとか、どうかしているとしか思えない。どいつもこいつも馬鹿なんじゃないのか。どうやらナイツはとんでもない愚か者の集団だったらしい。
「でも、まあ」
 俺にとってありがたい話であるのは事実だ。進んで利用してくれなんて言う物好きがこんなにたくさんいるのだ。これを使わない手は確かに、ない。
「他力本願こそ我が王道。使えるものは猫の手だって利用する」
 それが、俺“クロラット=ジオ=クロックス”の戦い方だ。
 危うく緩みかけた涙腺を引き締め、改めてクロバードに向かい合う。
「せっかくだからこき使わせてもらいますよ、皆さん。遠慮なくぶっ放して、さっさとこの下らない闘いにけりをつけますか!」
 周囲の三人とマントの内側から、一斉に上がる歓声
「調子に乗るなよ。クロラット……!」
 と、そろそろ苛立ち極まったのか、声を震わせクロバード。
「まさか本気で俺に勝てるなどと思っているのではあるまいな。その程度の戦力で」
 睨みつけるクロバード。その背後からはやはり黒い影が……。
「わかっているのか?貴様と俺にどれだけの戦力差があるのかを」
 冷徹に告げるクロバード。
 まあ、その通りだろう。俺が持っている秘宝の鍵は25本。仮に残りの鍵を全て奴が持っているのだとしたら、奴の鍵は223本か。およそ1対9の戦力差。普通に考えたらまず勝ち目はない。
「でも、戦力差で劣っているのはいつものことですしー。あなたのように慢心してドジふんだ敵なら結構知っていますけど?」
「ほざけっ」
 新たに3つの鍵をかざすクロバード。
光とともに現れたシルエットは少々巨大。
「機動獣ジェネシス、怪獣機ゴモラズ、合体機動兵器バルバズ……!」
 いずれも大型機動兵器。そして搭乗するのはどれも見覚えのあるナイツたち。
 迫る機動兵器群を迎え撃つべく、内ポケットに手を突っ込む。どれにしようかなと迷った挙句。
「やっぱりこれか。さっさと使わないと文句が増えそうだし」
 取り出したのは二つの鍵、水晶の鍵と虹色の鍵。
 召喚魔法の手順など知らないが、何をするまでもなく秘宝の鍵は勝手に輝く。
「頼みますよ、ヴィオ!ロージュ君」
 現れたのは紫のローブをまとった少女と、大砲を担いだ童顔の少年。
「全く仕方ない男ダ!」
「了解!ここはお任せあれ」
 攻撃魔法の詠唱をはじめる、ナイツ249 魔法学士ヴィオレッタ=ザ=カーストーンと、巨砲の照準を合わせる、ナイツ154 ロージュ=ポリリーフ。






「雷撃魔法喰らエ!」
「レールランチャー発射!」
 そうして二人が放った雷が、弾丸が、迫りくる機動兵器群に直撃する。
 ジェネシスとバルバズは大破。しかしゴモラズは健在か。
「それじゃあ、俺たちも参るか!」
 そういって、目の前の必殺の騎士にとびかかるカガジマ君。
「お祭りは華やかにね!」
 ビームランスを振り回すエンジェスちゃん。
「エンジェス。油断はしないように!」
 ヒートブレスを吐くリューグージ君。
 しかし、敵も怯まない。
「やれやれ、これは手を焼きそうだ」
 ヒートブレスをかいくぐる必殺の騎士。
「面白い!面白いよ、ブラックス!」
 ナイフ片手に笑い狂うブルース。
 背後のクロバードは新たな秘宝の鍵をスタンバイ中。

 気が付けば、暗黒シティを代表する英雄たちが、二極に分かれて争いあうという嘘のような光景。まさしく、暗黒シティドリームマッチといったところか。
 振るえる大気は目の前の戦闘だけが原因というわけでもないらしい。
 終末は迫っている。この街の最後を彩る意味でも、この戦闘ほどふさわしいものはないかもしれない。
 揺れるドームにチカチカチッカと点灯する電燈。
 どこか、心が疼きつつ、しかし何かを見落としているような気もしつつ、
「お願いします、皆さん。あの黒髪をぶっ飛ばし、ぼくに勝利を!」
 俺もマントの内ポケットから、新たな秘宝の鍵を取り出すのであった。



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