序章 
Final stage 神堂竜也の■■

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「こんな時間にお出かけですか?神堂先輩」
 ソファから立ち上がりコートを羽織った俺に、聖蒼十郎は問いかけた。
「ああ。もうすぐデートの待ち合わせでね。やっぱ初デートで女の子を待たせるのは、男としてイメージダウンでしょ」
 ウィンクする俺。溜息をつく蒼十郎。
「ほどほどにしておいた方がいいと思いますがね。だいたいあなたこの前、教育実習中の女性とキスしたのがばれて、校長に殺されかけたばかりでしょう」
「うん、それだ。つまり俺は未だあの失恋のショックから立ち直れてなくてな。故にこの傷ついた心をいやすためには、やはり旅先における新たな出会いが必要不可欠なわけで」
 右手を天に、左手は胸に。なぜ愛はかくも厳しいのかと神に問いかける。
 呆れるような蒼十郎の視線。
 部屋に響きわたる、愛くんのキーボードを打つ音。
 明るすぎず、暗すぎずなホテルの照明。
 ここは新京都プリンセスホテル13階、その一番東側の135号室。
 時刻は深夜12時過ぎ。窓から空を見上げれば、満月が我らを見下ろしている。
 部屋にいるのはたった五人の少年少女達。
 即ち、

 ソファで眠りこける男、鋼田鉄雄。
 黙々とノートパソコンに向かい、帰還後の学園報告用の書類をまとめておく女性、九条愛。
 蒼十郎の膝枕で心地よさそうに眠る少女、姫川ブルー・クリスティア。
 そんな二人を見て思わずニヤけてしまう俺、神堂竜也。
 そしてそんな俺にジト目を向けてくる男、聖蒼十郎。

 愛すべき俺の仲間たち。五人揃えば完全無欠のA校生徒会メンバーズ。
 しかし五人の内二人が眠りについていれば、いつもの賑やかさも望めないか。やはりここ数日間の騒動は、彼らにとっても相当堪えるものであったに違いない。
「プクク、しかし気持よさそうな寝顔だな、クリスティア。さぞかし君の膝の上は寝心地がいいのだろうて」
「……目が覚めたらこの状態だったんですがね、なぜか。……というかあなたの仕業じゃないでしょうね、神堂先輩」
 正解。
 蒼十郎の直観は半端にあらず。普段はすっとぼけた顔をしているくせに、ここ一番の集中力は俺を遥かに凌ぐ。
 そんな彼を欺くことは俺にとっても容易ではなく、故に今回はこのように罠を仕掛けさせてもらいました。
「ま、しばらくそのままでいてやるといいさ、蒼十郎。きっと元気そうに見えても、実際疲れは溜まっていたのだろうしね。不満か?君にとっても役得だろうに」
「…………」
 眉を寄せつつも、人の良い彼は動くことなどできまい。この調子だと朝まで彼女を膝の上にのせたまま過ごすことになりそうか。
 万が一ということがあってはならない。今回ばかりはついてこられては困るのだ。
 気合いを入れてコートの袖に腕を通し、襟を整え、姿見をチェック。
 オレンジがかった長めの茶髪。すらりと引き締まった長身。
 そこにいるのはまぎれもなく、A校のアイドル神堂先輩だ。
 しかし……、

 取り出したるは空色のかつら。手のひらにあるは一対のカラーコンタクト。

「?……何でデートに行くのに変装する必要があるんです?」
 かつらをかぶって櫛で数回梳かす。両目に赤色のコンタクトをはめて、再び鏡を見る。
「………」
 あまりにの変わらなさに言葉を失う。
 そこにいたのはまぎれもなくかつての自分自身。何もかもから逃げ出した男の姿。
 思わず鏡を殴りつけたくなる衝動を抑え、財布をポケットにねじ込んだ。
 逃げたくとも逃げられぬ、過去という名の影。失敗と失態続きだった己の人生。
 サンダルから皮靴に履き替えた後、一度だけ部屋を振り返る。
 優男の膝の上、幸せそうに寝息をたてる金髪の少女の寝顔を見て、どこか心が安らいだ。
 それじゃあ、と蒼十郎に片手を挙げ、携帯だけは鏡台の前に置いていく。

 ついでに、神堂竜也という名前もここに置いていくことにしよう。