禁書ゴードハード冒頭部分


注 
この小説は後日発売予定の禁書ゴードハードの冒頭部分です。なので内容的には中途半端で、結構後味も悪いですが、ご容赦ください。



 宝暦2054年。暗黒シティ中央区、シラバノ第三ビルにて。

『報告します。現在第3フロアにて敵勢力と交戦中。残り戦力はあと僅か。応援求む!』
『こちら第24エリア! すでにガードマン部隊は全滅! 突破されるのは時間の問題かと!』

 ビル街にそびえ立つ、ひときわ巨大な白亜のビル。その内部に、社員達の悲鳴が響き渡った。

『西エレベーターはすでに占拠されました。屋上からの脱出はもはや不可能!』
『こちら第17フロア! 地下からも敵が、うわああああっ!』

 悲鳴とともに聞こえる、銃声や爆発音。その度にビルが小刻みに震える。

「打つ手なし、だね」
 そんな彼らの報告を受けながらビル内の一室、総帥専用VIPルームにて、彼女は呟いた。
「こうも簡単に落ちるとはね。一応は市長軍の地方拠点と同等の防御力を誇る、シラバノ第三ビルが…」
 白衣を纏った亜麻色髪の女性。彼女はデスクのPCから部下たちに指示を出す。
「せめて例の新型バリアーユニットが完成していたらね。ま、黄金の夜事件の復興作業に人手を取られていたし仕方ないんだけど」
 ビル内は戦場と化していた。
 ここは暗黒シティ中央区、シラバノ第三ビル“シロックス”。大企業体シラバノグループの副本部ともいえるここは、数時間前より謎の黒い機動兵器の軍団による襲撃を受けていた。
 ビル内にもいくらかの戦力はあったものの、所詮は企業の私設軍隊。市長軍に匹敵する彼らの戦力には太刀打ちできず、すでにビル内の半分が占拠されていた。
「市長軍はこちらの救援要請に応じないか。ま、向こうも大変みたいだしね。単純に私が嫌われているからかもだけど」
 言いつつも、この日7度目の救援要請を送る彼女。その横から、
「これまでだな」
 と、別の女性が話しかけた。
「これ以上はもつまい。いかに数を揃えたところで、所詮お前の兵隊は、民間人と退役軍人の寄せ集め。長らく潜伏し、牙を磨いできた奴らには、士気も練度も及ばない」
 紫色の帽子とマントを纏った、小柄な少女であった。見た目十歳程だが、目つきが鋭く、どこか大人びた雰囲気を醸し出している。
「意地を張らずに、さっさと脱出したらどうだ、カタナ」
「ありがとう、ヴィオちゃん。でもその必要はないかな? 今からじゃ脱出は困難だろうし、どのみち今この街に安全な場所なんてない。だったらここにいた方がいいさ。ここだった本ビルのメインコンピューターにアクセスできるし、何かあった時、できることもあるだろうしね」
 そう言って亜麻色髪の彼女、カタナ・シラバノは微笑んだ。
「ただ、できることなら、もう少し時間が欲しかったかな。あと少しでデータの打ち込みも終わるのに。このプログラムさえ完成すれば、この絶望的な状況に、ほんの少しだけ希望が見出せたかもしれなかったのにね」
 高速でキーボードを打ちながら、カタナ。
 そんな彼女に、
「ならば、私が時間を稼ごう」
 そう言って、紫色の帽子の少女は、壁に立てかけてあった杖を手に取った。
「あれ、助けてくれるの、ヴィオちゃん? おっかしいなあ。君が私を助けてくれる義理なんて」
「ないんだがな。しかし、どうにも先程から私の疑似人格の一つが、貴様の面倒を見てやれと五月蠅くてな。このままでは落ち着いて魔道書も読めん」
「そう……。それはすまなかったね」
「いいさ。私もこのまま大人しく死を待つのは、性に合わないと思っていたところだ。せっかくだから、最後にもうひと暴れしてやるさ」
 杖の先端を床に打ちつける彼女。それだけで軽く突風が巻き起こった。
「何せ、今日まで私は千種類以上の魔法を習得してきたが、実戦で使ったのはその一割に満たなくてな。いい機会だから、半分くらいは披露してやろう」
「あはは。君が本気を出したらビルが持たないかも。まあいいや。せっかくだから思い切りやってください」
「まかせとけ。とはいえ貸しは貸しだ。後で返してもらうぞ」
「了解。お礼はダイ・シロガネのフルーツバスケットジェラートで」
 その言葉に頷いた後、紫帽子の少女は部屋から出て行った。まるでなんでもない、買い物かなにかにでも出かけるかのように。

 不思議な縁で結ばれた二人の女性、カタナとヴィオレッタ。
 それが二人の最後の会話となった。

 少女が出て行って数分も経たない内に、ビル内を凄まじい衝撃が駆け抜けた。同時に、地震や爆発、落雷や突風、それらをごた混ぜにしたような轟音が、ビル内外に響き渡る。
「ひゅ〜。流石はヴィオちゃん。他人の家でも遠慮がないね。今の感じだと下のフロア2〜3階が抜け落ちたかな?」
 困ったような、しかし楽しんでいるような声で、カタナ・シラバノ
「しかしそうか。今度ビルの解体工事をやるときは、ヴィオちゃんの力を借りればいいのか。費用を百分の一程度に抑えられるかも」
 苦情は千倍きそうだけどねー、と軽口をたたきながらも、高速のキータッチは止まらない。
 どのような環境においても仕事優先。あらゆる状況において完璧なパフォーマンス。一時は違ったこともあったが、それこそが姉から仕込まれた、カタナ・シラバノの本来の姿であった。
 しかし―――、
「しかし………、実際何が起きているんだろうね、この暗黒シティに」
 一瞬だが手を止め、窓の外に視線をやる。

 機動兵器が入り乱れるシロックス上空。その遠く、東の空ではある異変が起きていた。
 地平線が黄金色に輝き、そこから砂塵とも吹雪とも似つかぬ黄金色の粒子が吹き荒れていた。そして時折、大地が震わすような不気味な鳴動が街中に響き渡るのだ。
 なにかが、起きようとしていた。今このビルで起きていることよりも、はるかに恐ろしい何かが。
「………」
 尤も、彼女がそれを視認することはできない。というのも、過去の事件で彼女は視力を失っていたからだ。
 それでも間もなくこの街に来るであろう“■■”については、本能的に理解せざるをえなかった。
「いやまあ……、今更命が惜しいわけじゃないんだけどね」
 もとより生死についてはある程度達観していた彼女。しかしそんな彼女でもこの状況での死に納得しているとは言い難かった。
「やっぱり、自分たちが死ぬ理由もわからないっていうのは、面白くないかな?」
 一体自分たちは何故死ぬのか。この街に何が起きているのか。それは今このビルが襲われていることと関係があるのか。
 あまりに不可解な死から来る苛立ちが、キータッチを鈍らせる。
「………君がいたら、その原因を突き止めることができたのかな、クロくん」
 およそ数年ぶりに………、彼女はその名を口にした。
「あるいは君なら、この事態を止められたのかも……」
 デスクの引き出しから、一つのアクセサリーを取り出す。白と黒で彩られたペンダント。それはいつだかの露店で“彼”にプレゼントされたものだった。
「ゴードハード……」
 ふとその言葉を口にした。それはかつての冒険の際、彼が時折口にしていた言葉であった。
「これが、ゴードハードだというのかな、クロくん。 これが暗黒シティの結末。暗黒シティの終焉だと……?」
 同時に、長きにわたりこの街で語り継がれていた“噂”でもある。

 いつからか暗黒シティには一つの噂が流れていた。
 それこそがゴードハード。それはいずれこの街に終焉をもたらすのだという。
 しかし、その正体を知るものはいない。それが事件の名前なのか、犯人の名前なのか、あるいは何かの概念なのか。それすらも不明である。
 しかしわからないながらも、いつしかそれは、暗黒シティ市民にとって無視できないものとなっていた。

「君はどこまで知っていたんだい、クロくん。君はどこまでゴードハードについて把握していて……」
 本当に彼が興味を持っていたのかもわからない。それでも彼が黄金の夜を追う傍ら、別の何かを探っていたのは事実であった。
「思えば時折、君は私を外の世界に連れ出そうとしていた。あれは私と一緒に外を冒険したかったということなのかな? それとも……」
 ―――その時、一際大きな振動が白亜のビルを襲った。ビル内からではない。震源はもっと遠くから。世界そのものを揺るがすほどの巨大な衝撃だった。
「これは……」
 “終幕”が訪れたのだ。彼女は直感でそれを悟った。
 震動はいったん治まったものの、再び時間とともに大きくなっていく。
「クロくん……」
 東の空の“黄金”が凄まじい勢いで広がっていく。暗黒シティ全体が黄金に包まれていく。
 気がつけば社員たちからの報告は途絶えていた。おそらくそれができる者がいなくなったのだろう。
 ピキリと窓ガラスに亀裂が走る。見れば、窓の外は黄金色の暴風が吹き荒れ、もはや十メートル先の景色すら見えなかった。
「実を言うとね……、私は後悔しているんだよ、クロくん」
 そんな中、彼女は思い出したかのように呟いた。
「君と出会ったことを。君と冒険したことを……。だってそうでしょう? 君を死なせてしまったとこともあるけれど、それだけじゃなくて……。もし、君と出会わなければ、今この瞬間も、私は心穏やかに過ごせたんだろうなって……」
 それはこの数カ月、彼女が秘め続けていた想いだった。
「あの時の私は空っぽで、ただのお人形さんだったけど、それでも何も考えずこの時を過ごせたのなら、そのほうが良かったんじゃないかって」
 笑みを作りながら彼女。しかし気が付けば、その手は握りこぶしを作っていた。
「なのに、君と出会ってしまったせいで、私は……。私は、今……」
 こぶしを震わせる彼女。そこから血が数滴、滴り落ちる。
「凄く―――、悔しい! 君がここにいないことが! 君と一緒にこの困難に立ち向かえないことが……、惜しくて惜しくてたまらない!」
 天に向かって叫ぶ。魂の叫びだった。
「君さえいてくれたら、この程度の困難で諦めることはなかった! たかだかゴードハードごとき、恐れるに足らなかった! 君さえいれば! いてくれたら! どんな絶望的な状況だって、最後まで前向きに楽しく……!」
 あの日以来流れなかった涙が、彼女の頬を濡らす。
「やっぱり、私はあの時死んでおくか、何があっても君を守るべきだった……!」
 息を切らせてカタナ。
 しかし、やがて力が抜けたかのように、再び椅子に腰かける。
「情けないけどクロくん……。私は今でも君が―――」
 小声で何かを呟く彼女。

 直後―――、風圧に押し負け、ついに彼女の背後の窓ガラスが砕け散った。
 荒れ狂う金色の暴風が、総帥室に流れ込む。
「………………」
 しかし、彼女はそれに動じることはなく、
「あとは、残っているのは君だけか……」
 ぽつりと最後に呟いた。
「君はどうか、悔いのないようにね……。グレイナイン」
 そう言ってEnterキーを押す彼女。
 直後、膨大な光が、言葉とともに彼女を飲み込んだ。

 こうして……、暗黒シティSIDE:Bはその最後を迎えた。
 様々な人と、様々な想いとともに。

 約束された終焉。
 約束された結末。
 しかし真相は結局不明のまま。

 一体この街に何が起きたのか。
 だれがこの街を滅ぼしたのか。


 それを知るためには、少しだけ時間を巻き戻す必要がある。


                         【禁書ゴードハード本編に続く】