「久しぶりだな、ラット。飯おごってくれ」
 10年ぶりの昔なじみにとりあえず挨拶をする俺であった。
「それが挨拶のつもりかい、クロくん。変わってないね、ぼくの顔を見るととりあえずたかる癖……」
 ため息をつきながらラット。
「全く生と死の境界線においてもぶれないあたり、流石はぼくのパートナーだ……」
 青筋立ててげんなりする少年に、しかし俺の方にこそ眉をひそめる。
「パートナー……?」
「え?僕たちはパートナーだったでしょ?ほら、黄金の夜を探すため一緒に冒険したじゃない」
 それは覚えている……が、この男いつの間にパートナーなんて思い上がっていたのやら。
「あれ?もしかして、ぼくって君のパートナー認定されていない?まさかのモブキャラ扱い?」
「いや。お前はともかく、お前の財布は俺のパートナーだけど」
 おかげで食いっぱぐれることもなかったし。
 いつだか催された三日三晩の100億パーティ。あれはなかなかに盛大であった。暗黒シティに来てさっそく捕まえた金づるが、大富豪のお人好しだったことに、俺も狂之助も歓喜したものだ。
「………変わってないね、その本質的な傲慢さは。流石は会って3日で僕を自己破産に追い込んだ男……」
 なにやら暗い笑いを見せるラット。
 思い起こせば出会って一年で、彼が破産申請をしたのは7回。そのどれもに俺か狂之助が関わっていた気がする。考えてみたらちょっとかわいそうなことをしたかも?
「全く君ときたら、僕に対してだけは傲慢というか、近しくなってくるといじわるが増えるというか……。この様子じゃカタナさんも苦労しているのかなあ……」
 肩を落として白髪メガネ。
 しかし、今一番聞きたくない名前をあえて出すあたり、やはり侮れない男である。
「それで……、何をしに出て来たんだよ、お前は」
「フッ。それはもちろん、君を笑いに来たのさ。……って冗談冗談。目をあけろー、クロくん。今寝たら帰ってこれないぞー」
 ズンドコズンドコ。
 なんだろうな、こいつ。生前よりウザさがアップしてるだろ。もしかして、こことっくに地獄だったりする?
「もちろん君を励ましに来たんだよ、クロくん。ほら、ヒーローがピンチの時に、死んだ顔見知りが励ましに来るのはお約束じゃない?」
 それはヒロインや身内の役目じゃないのかね。励ましに来たのが野郎でガキじゃ、生還確率9割減だ。
「……それは君がちゃんと恋愛パラメーターをあげてこなかったからだよ。いや、女の子達のは十分だから君自身のをね。全く君ときたら、あれだけきれいなお姉さんたちに囲まれて、ちっともラブを育む気配がないんだからねえ」
 何やらラブについての講釈を垂れ始める白髪メガネ。上から目線が大変不快である。
 ちなみに余談ではあるがこの白髪、一見純朴そうに見えるが騙されてはいけない。こう見えてこの男、実は大の女好きである。それも年上好き。幼少時から30代40代の女と付き合っていたからな。
「夢を追いかけるのもいいけどさあ、もう少しロマンスにかまけてもいいと思うんだよね、ぼくは。どうにも君って、本質的に硬派というか、融通が利かないというか……って、あれ?なんか、話脱線してる?」
 気づきやがったか。こいつが自説に酔っている間に、さっさと暗闇にダイブしようと思っていたのに……。
「それでどうしたのかな、クロくん。君はまだ戦っている最中だったのだろう?」
 コホンと咳をつきながら白髪メガネ。話の戻し方、強引すぎだろ。
「いや、それがどうにもうまくいかなくてな。今さっき勝負をあきらめたところ」
 両手をあげてギブアップをアピール。
「何を言っているんだい、クロくん。あきらめたら夢が叶うわけないじゃないか。せっかく黄金の夜まであと一歩のとこまで来たのだろう?もうちょっと頑張ってみなよ」
 目を丸くして驚く白髪メガネ。
「だからその一歩がとんでもなく遠いんだって。しかもなんか面倒くせえ奴が邪魔するし。かったるいから、やめだやめ」
「かったるいって……。せっかくここまで来たんじゃないか。最後まで頑張ってみようよ」
「頑張ったって無理なものは無理だろ。勝てない勝負はやる意味ないって」
「無理なんてことはないさ君ならやれる!」
 ……本当、ウザったい奴だ。
 思えば生前からこうだっけ。普段は押しが弱いくせに、ここぞというときは意見を曲げない。それで俺がどれだけ迷惑をこうむってきたか
 俺が他人の物を盗って来れば、自分の私財で立て替えるし、俺が人の命を奪おうとすれば、泣き叫んででも止めようとする。
 歴代のパートナーの中でもこいつのタチの悪さは段違いであった。
「いいかい、クロくん。夢というものはね……」
 と、説教がループし始めた白髪に対し、
「っせえなあ。……そんなにやる気があるならお前がやればいいだろ」
 面倒くさいから言ってやる。
「えっ?何だって?」
「だから、俺の代わりにお前が戦えって。そうすりゃ俺は死んだままでも構わないだろ」
 あくびをしながら吐き捨てる。
「なにを言っているんだいクロくん。僕はとっくに死んでいるんだよ?体だってとっくに灰になっちゃっているし」
「だから、俺の体をくれてやるって言ってるんじゃん」
「ええっ!?つまりは君の体を使って僕が生き返れってこと!?」
 まあ、そういうことである。
 もとよりクロラットの体はこいつをイメージして造られたものだ。おそらくこいつの魂もマッチするはずだ。
 そうしてこいつが生き返れば、俺も死んだままでいいし。まさに一挙両得。素晴らしいアイディアだと思う。
「何を言っているんだいクロくん。自分の体を人に譲り渡すなんて。それは自分の人生を他人に譲るのと同然だよ?」
「別にかまわねーよ。どうせ俺がやったって上手くいかねえのは目に見えてるし。お前なら案外上手くやってくれるかもしれないだろ」
 なんだかんだで優等生だしな、こいつは。少なくとも俺よりはましに上手くまとめてくれるだろう。
 しかしそう提案する俺をラットは悲しそうな目で見ながら、
「どうしたんだい、クロくん。その投げやりな態度は……。全くもってらしくない。どんな困難があっても、あきらめずここまで来た君じゃないか。なぜ、今になってそんなことを言うんだい?」
 なおもそう訴える。
 しかし、
「どうして、だと?それはこっちのセリフだ、ラット。おまえこそ、なぜさっきからそんなことを言う?」
 いい加減、こちらの我慢も限界であった。
「え………?それは、どういう」
「どうしてお前は俺を励ます?なぜ立ち上がらせようとする?お前こそそんなことをする理由はないはずだろう?」
 声にも怒気がこもる。
 触れまいと思ったがもう限界だった。
 こいつの気遣いと善良さ。普段なら好ましいと思えるのだろうが、今は鼻について仕方ない。
 こいつへの苛立ちが記憶の扉ぶち破る。

「なんでお前は、自分を殺した人間をそこまで気遣うんだ。ラット」

 そこにあったのは10年前の真実。
 すなわち、俺がこいつに犯した最大の罪の記憶であった。


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