CROWN番外編
とある聖夜が明けた朝


それは聖夜が明けた、朝の出来事であった。

「ハッピーメリークリスマスです、剣太郎様! メリィィィメリィィィィィィクリスマス!」
 訓練場に爆音が響き渡る。同時にクラッカーから飛び出した紙テープが、水色髪の少年の頭に降り注いだ。
「……ああ、メリークリスマスだな、翼。つーかなに、くそ寒い中そのハイテンション。もしかして、昨日のパーティで悪いものでも食ったか? それとも、俺がどつきすぎたせいで、脳細胞が壊れたか?」
「ちーがーいーまーすー! というか、頭を叩くのは止めてくださいと、常々言っているはずです。
 ……まあ、いいですけどね。それが、剣太郎様なりの愛情表現だということはわかっていますから。日頃から剣太郎様が私に厳しいのは、私のことを大切に想っているからだということは」
「え。なに言ってんの、この女。マジキモイ。もしかして本当に壊れたか? 生まれて初めて、お前に罪悪感を抱きつつあるんだけど」
「今まで罪悪感を抱いていなかったことに恐怖を覚えます。―――でなく! わかりませんか、私のテンションが高い理由が! この私の、いつもと違うところが!」
「テンション高い自覚はあるんだな。しかし違いって何だ? いつも通りアホ面浮かべた金髪チビにしか見えねーけど。あとは服が違うくらいで……。他に何かあるのか?」
「だからそれです! 服が、違う! ごらんくださいませ、私のおニューの服を。この可愛らしい服を見て、それを身に纏った愛らしい私を見て、何か感想はございませんか?」
「ああ、服買ったのか。しかし誰の許可を得て買ったんだ? 俺は許した覚えねーぞ?」
「別に、剣太郎様の許可は必要ないような。新しく買ったわけでもありませんし。この服はですね、プレゼントされたものなのですよ。あるお方から!」
「お前の姉貴か?」
「トラウマを抉るのはやめてください。あの靴下に靴下を詰め込むような、人でなしお姉さま方が、プレゼントなどくれるはずがないでしょう。
 サンタですよ、サンタ様! 日ごろからよい子にしている私の下に、ついに本物のサンタクロース様があらわれたのです!」
「ついにサンタの幻影まで見るようになったか。だが、断じて俺は責任取らねーぞ?」
「あくまで、私を可哀想な子扱いするのは、止めてください。私が幻覚を見るようになったら、確実にあなたのせいですし。
 それに、直接見たわけでもありません。朝起きたら、靴下に入っていたんです。このお洋服一式が!」
「靴下の中に洋服ってすげえな。お前の足、大根何本分?」
「いえいえ、勿論特注の靴下です。実は心ちゃんからアドバイスをいただいていまして。たくさんプレゼントが欲しいのなら、大きめの靴下を用意するのがいいのだと。サンタさんも特大の靴下に、小さな玩具一つ放り投げて帰るのは、良心が痛むでしょうし」
「謙虚さの欠片もねーな。しかし、なんでお前のところにサンタが来るんだ? サンタって良い子のところに来るんだろ? 俺を飛ばして、お前のところに来るって、順番おかしくねえ?」
「それは全くおかしくないような……。まさか剣太郎様は、ご自身が良い子だと思われていたのですか?」
「あ? そりゃどういう意味だ、翼」
「いえ、何でもございません! ともかくどうでしょう、この服。似合いますか? 似合いますよね? 褒めてくださってもいいのですよ?」
 その場で一回転しながら金髪の少女。ひらりとコートの裾が舞い上がる。
「褒めろっつわれてもな。正直微妙としか思わねえよ。なんか庶民的だし、貴族の令嬢が着る服じゃねーだろ。サンタのセンスも知れるっつーか」
「そんなことはありませんよ。私はとても気にいりました。可愛いらしいし、動きやすいですし。きっとサンタさんは、私がこれを着て、元気よく遊び回っている姿を望んでいるに違いありません!」
「……」
「大変気に入りましたので、これからもお城で着たいと思うのですが、よろしいですよね?」
「……好きにすりゃ良いだろ。まあ貧乏くさいお前にゃ、似合ってねーこともないからな」
「ありがとうございます! それでは、今日はお洋服を汚したくないので、訓練は中止とさせていただきます。街に買い出しにでも行こうと思うのですが、何か必要なものはありますか?」
「いや、何言ってんの? お前にそんな決定権あるわけねえだろ。つーか、やっぱりそれが狙いか。ほんと今日という今日は、その性根、叩き直してやるから、覚悟しとけよ?」
「も、申し訳ありません! 今すぐ着替えて参りますので、どうか訓練はお手柔らかに……」
「あ〜、待て。そうしてやりたいのは山々だが、さっき心の馬鹿が、お前の手を借りたいとか言いだしてな。何でも、クリスマスパーティの二次会をやりたいから、料理作るのを手伝ってほしいんだと」
「二次会、ですか? 一日越しで? 昨日あれだけ大騒ぎして、料理もたくさん出したのに、また今日も作るのですか、心ちゃんは?」
「後半、全員酔い潰れていただろ。それでメインディッシュを出せなかったのが、心残りだったんだと。まあ、調子こいてワイン樽開けたのはあいつだから、自業自得なんだがな」
「それで……、本当に手伝いに行ってもよろしいのでしょうか?」
「俺も二日酔いで頭が痛えしな。今日の訓練は明日に繰り越しだ」
「中止ではなく繰り越し、という表現が恐ろしいのですが。でも、わかりました。そういうことなら、私も腕によりをかけて料理を作ります。楽しみにしていてくださいね」
「いや、料理はもういいんだがな。昨日食った分が、まだ胃に残ってるし。むしろ心が暴走しないように、手綱を握って……」
「それでは行ってまいります! らんららんらら〜ん♪ ああ、奇跡はここにありませり! やはり、古の聖霊サンタクロース卿は実在した! 今、我々はその奇跡を目の当たりにして……!」
「話聞けっつーの!
 ……ちっ。行っちまった。本当なんだったんだ、今日のあいつは。キモいにもほどがある。たかだか服一着で、よくあそこまで喜べるもんだ」
「それだけ嬉しかったんだろうね。彼女これまで、クリスマスプレゼントもらったことなかったみたいだし。まあ、浮かれた彼女も可愛かったし、眼福眼福」
 と、訓練場から走り去った金髪の少女と入れ替わるように、柱の影から、紫髪の少女が現れた。
「心……」
「クリスマス作戦大成功といったところかな? 良かったじゃない。君が贈ったプレゼント、喜んでもらえたみたいで」
「何がプレゼントだ。てめえが脅したんだろ。あいつにクリスマスプレゼントを贈らないと、たこ殴りにするって」
「私のせいにするの? 私がなにか言う前から、君の部屋には、女の子向けのファッション雑誌が山積みに……」
「何の話かわからねーな! しかし今日に限らず、最近のあいつ少しキャラがおかしくね? なんか笑うことが増えたし、悪知恵までつけてきたし。一昔前の、死んだ魚のような目をしていたあいつはどこ行ったんだ?」
「それだけ、彼女が逞しくなってきた、ということだろうね。それで素が出てきたのかも。君の影響も大分受けているだろうけど」
「影響を受けているとしたら、確実にてめえの方だろ。ったく、狸女は一人で間に合ってるっつーに」
「まあいいじゃない。これも君が望んだことでしょう?  さびしそうな彼女が放っておけなくて。強く逞しく生きて欲しくて、わざわざ“苦手な”女の子に声をかけたんだから」
「わかったようなことぬかすなっつーの。つーか、てめえは行かなくていいのか。あの女と一緒に料理を作るんだろ」
「おっとそうだったね。先回りして準備しておかないと。と、その前に一つ聞きたいんだけど、私にはプレゼントはないのかな? 日頃から献身的に尽くしている幼馴染に、なにかご褒美があってもいいと思うんだけど」
「ねーよ! 苦労させられているのは俺だろ。てめえこそ、詫びの品の一つくらい、持ってきてもいいよなあ?」
「はあ。最近髪留め痛んできたなあ。誰か新しいの買ってくれないかなあ。これじゃあ、ため息ついでに、お城のみんなに、お洋服のこと暴露しちゃうかもしれないよ……」
「わかったよ! 買ってやるよ! 夜までに用意しといてやるから、とっとと行きやがれ、紫狸!」
「わーい。ありがとう、剣太郎君。大好き!」
「まじできめえ!!」

 訓練場に響き渡る少年の怒鳴り声。
 それが届いているのかいないのか、
「ふふ。ふふふ」
 少女は笑みを浮かべながら厨房へと向かう。
「ありがとうございます、サンタクロース様」
 大切な服を抱きしめるように。
 祈るように空を見上げながら、
「ありがとうございます。剣太郎様。心様」
 そう呟き、王宮の門をくぐるのであった。

 幸せなときは、もう少しだけ続く。
 例えその先に待つのが悲劇だとしても、この日の輝きが失われることはない。

 いつかまた、この幸せな時を、三人で迎えることができますように。




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