宣誓の儀




このSSは本編冒頭部の一部を切り取ったものです
体験版部分のネタバレを含んでおりますのでご注意ください。

「う………」
 目を開くと同時に眩暈がした。
 不覚にも、一瞬気を失っていたらしい。
 転送魔法で打ち出された時のGでブラックアウトしたのか、あるいは、着地の衝撃で失神したのか。
「コクピットブロックは対G衝撃処理が施されていると聞いているけれど……」
 あまり、過信していいものではないらしい。

「悪魔王ーーーーー! 悪魔王陛下!」
「人間王ーーーーー! 今度こそ勝利を!」

 装甲越しに歓声が伝わってくる。
 全天周囲モニターに映し出される周囲の景色。
 近代的な作りの神殿に、観客席で歓声を上げる人々。
 それをみて、ここが大聖神殿であることを理解した。

「聖地ノア……。あらゆる始まりの場所」
 かつて大神が降臨した跡地に建てられた、古代神殿。
 故に、ここを“始まりの地”などと呼ぶものもいる。

 確かに相応しい呼び名かもしれない。
 何故なら、私たちの戦いも、ここから始まるのだから。
 この大聖神殿こそが、ロボットチェス開会の儀の会場であった。

 開会の儀、とは早い話が選手宣誓である。
 よくあるスポーツ大会のそれと大差はない。
 大神の前で、三人の王が正々堂々戦うことを宣誓し、主催者が戦いの始まりを告げるのである。
 違いがあるとすれば主催者が本物の神様で、宣誓の場自体がすでに決闘の場であることくらいだろう。

 そう………、戦いはすでに始まっていた。

「どうした、王。先ほどから無言だが」
 と、サクラさんから通信が入った。
「具合でも悪いのか? ひどいようなら医者を向かわせるが」
「あ、いえ。大丈夫ですけど……」
 と、答えたところで、別の方からも通信が入る。
「ゲロ袋だったらシート脇のポケットにあるから使えよ。別にあんたが吐こうが死のうが構わんが、機体だけは汚してくれるな」
「アカシャくん、それは酷い。せめてエチケット袋と言おうよ」
「いや、あの……」
 戸惑いながらも、ほっとする。
 どうやら彼らも転送に成功したらしい。

 周囲の土煙が晴れるにつれ、彼らの姿も露わになっていった。
 私の右隣にいたのはサクラさんのグレイブロームで、左隣にいたのは、アオイさんのセブンブレイドである。
 さらに手前には兵士機8機が並び、奥には僧正機と城塞機控えている。
 そして……、
「でしたら、少しはしゃんとした方がいいでしょうね。すでに敵は目の前にいるのですから」
 一番後方の“彼女”から、通信が入った。
「隙を見せれば、どのような形でつけ込まれるかわかりませんよ」
 女王機の操主である“彼女”からである。
「敵……」
 彼女に促され、正面を見る。
 土煙が晴れたことで、“彼ら”の姿もまた鮮明なものとなっていた。

 およそ、100メートル先。
 私たちと同様に、転送システムで運ばれてきた彼ら。
 右手に見える、赤き巨人。
 左手に見える、青き巨人。
 共に16機ずつ。大きさもほぼ同じ。
 兵士機、騎士機、僧正機、城塞機、女王機、王機。
「天使族と悪魔族のチェスマン……」
 私達のものと同様、この日のために造りだされた、対ロボットチェス用の決戦兵器である。

 大きさ、数も同じならば、そのフォルムもよく似ていた。
 いかにも騎士といったフォルムの機体は騎士機だろうし、後ろの巨大な機体は城塞機だろう……。
 まあ神霊石の特性は同じだから、そのために用意される機体も、同じようなものになることが“多い”らしい。

 確かに、よく似ている。
 似てはいるのだが……、
「なんだか、向こうの方が強そうですねぇ」
 なぜだか、そう思えてならなかった。
 目に見えぬオーラを感じるというか、サイズ的にも向こうの方が一回り大きいような……。
「ははは。気のせいだよ、王様君」
 そう言って、笑いかけてきたのは、アオイさんであった。
「隣の芝は青く感じるのと同じでね、戦う前は相手が大きく見えるものさ。大丈夫。向こうだって同じようなことを思っているよ」
 笑いながら言う彼女。
 確かにそうかもしれない。
 そうかもしれないが……、それでも私の不安は拭えなかった。
 というのも、どうにも先ほどから、全身に妙な違和感を感じるのだ。
「なんですかね。この不快感は」
 肌が焼けつくような……、あるいは何かが突き刺さるような……。
 周囲を見回してみると、その度に、客席の何人かと目があった。
「もしかして……、視線?」
 そうだ、あらゆる角度から、見られているように感じるのだ。
 大勢の観衆が、私に注目しているような。
「いや、気のせいではないか」
 私たちが今乗っているのはチェスマンなのだ。
 そして、私が乗っているのは、その中でも最も重要な駒である、王機のチェスマンである。
 注目されないはずもない。

 そして、注目してくるのは観客だけではなかった。
「天使族と悪魔族のチェスマン……」
 左右16機ずつの機体から、より強い視線を感じる。
 思惑はおそらく様々。
 されど彼等もまた、これから戦うことになるであろう“敵”を観察しているのだろう。
 そのなかでも、特に強い視線を向けてくるのは……、
「――――――!」
 ゾクリと、背筋を悪寒が駆け抜けた。
 数多の視線のなかでも、最も強い視線。
 その出所は……、
「王機……。天使王と悪魔王のチェスマン」
 左右、2体の王機から特に強い視線を感じる。
「彼らが、私のことを見ている……」
 はっきりそれがわかる。
 天使族、悪魔族を率いる二人の王が、私のことを意識している。
 いったい、どのような想いで……。
「王、本当に大丈夫なのか?」
「あ、はい……。なんとか」
 とてつもない悪寒に耐えながら、そう答えたところで、

「ようこそ、お集まりいただきました。48人の勇士たちよ」
 そんな声が、神殿内に響き渡った。


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