終わりとはじまり
―――そうして一つの戦いに決着がついた。 赤い空の下に歓声が響き渡る。それは新たな王を讃える民衆の声であった。 散乱する瓦礫の中心で、組み合うようにして膝をつく二体のロボット。 全長はどちらもおよそ15メートル。 片方は剣を持つ赤い機体。もう片方は槍を持つ青い機体。 二体の武器は交錯し、赤い機体の剣のみが相手の胸を貫いていた。 人呼んでロボットチェス、 クロラロラ大陸において十年に一度催される、大陸の覇者を決めるための戦い。 三日前より始まったそれは、先ほど二体のロボットによる一騎打ちで決着がついた。 十六機同士のロボットによる戦争は、二陣営の大将である“王機”同士の一騎打ちに委ねられたのである。 そうして勝利したのが赤き機体。すなわち赤陣営たる天使族の王機。 「………ふう」 赤き王機のコクピットで、少年は溜息をつく。 やや童顔の水色髪の少年は、汗だくの額を袖で拭った。 彼の名はケンタロウ=ゼアクローネ二世。 少々顔立ちが整っていることを除けば、どこにでもいそうな純朴な少年。 しかし彼こそは紛れもなくクロラロラ大陸三大種族の一つ、天使族の王なのだ。 「終わったのかな。これで」 ノイズ交じりの全天周囲モニターを見渡す。 最初乗り込んだときこそ、雅で美しかったはずの王専用コクピットも、気が付いてみればあちこちのパネルがひしゃげ、火花を吹いていた。 それだけ激しい戦いを潜り抜けてきたということである。 「よくもまあ、生き残ったものだ」 改めてその奇跡を噛みしめる。 ほんの数日前まで名もなき庶民だったはずの彼は、ある日何の間違いか王家の血を引いているとを知らされ、ぶっつけ本番でロボットチェスに挑むこととなった。 彼はロボットの操縦などしたことはなかった。それどころか、チェスの打ち方すら知らなかった。 それでも戦う以上敗北は許されず、また敵が容赦してくれるはずもない。 幾度となくピンチに追いやられた。何度も心が折れそうになった。 それでも心を奮い立たせ、我武者羅に戦っているうちに、気が付いたら勝っていたという感じである。 「………………」 そんなことだから勝利の実感が沸かないのも当然で、しかし彼の表情が浮かないのはそれだけが理由ではなかった。 『終わったね』 と、通信機越しに何者かが少年に話しかけた。 『王様くん。大丈夫?』 明るく澄んだ少女の声。 その声は少年もよく知る仲間のものであった。 「ん。大丈夫です。“会長”さん」 会長というのは通信相手の少女のあだ名である。無論本名が別にあるのは言うまでもない。 加えて言うのなら少女はため口、彼は敬語であるが、一応少年の方が年上で身分も上である。 「そう、よかった。これ以上犠牲が増えなくて」 いつもながら天真爛漫な少女の声であったが、それでもいつもに比べると沈んで見えた。 まあ当然か。少女もまた激しい戦いを潜り抜けてきたのだ。 そして、少年同様多くのものを失った。 いかに勝ち戦に終わったところで、胸にぽっかり空いた巨大な穴はいかんともしがたい。 そう。少年たちは勝利した。しかし、代償は大きかった。 例えばそれは大切な仲間だったり、愛すべき友人達だったりする。 「ユーキちゃん。ヒカリさん。魔術師さん………」 周囲に散乱する瓦礫の中には、彼にとっても見覚えのある機体の残骸も含まれていた。 いくら呼びかけたところで返事はない。楽しかったあの頃はかえってこない。 彼らの亡骸を見て少年は想う。 果たして自分たちは何に勝ったのか。一体何のための戦いだったのか。 形だけなら勝利をおさめたかもしれない。しかしそのために、自分たちが一番大事にしていたモノを失ってしまった気がする。 これを勝利と呼んでいいものか。これだけの犠牲を払って、得たものはなんだったのか。 悩んだところで答えは出ない。 「だったらせめて、今あるものを大切にしないとね」 少年の内心を察したのかのように少女は告げる。 「彼らの犠牲を無駄にしないように、私たちが頑張らないと」 「そう、ですね」 そう返事をしたものの、だからといって何をすればいいのかなど、今の少年にはわからなかった。 それでもこのままにしておくわけにはいかないのだ。勝利したのにこんな苦々しい思いしか沸かないのであれば、きっと何かを前提からして間違えていたのだ。 だったら、それを正さないと………。 ハッチを開き、赤黒い空を見上げて少年は誓う。 「忌まわしきゲームに真の終局を………」 そうして、後に聖王と讃えられし天使族の王、ケンタロウ=ゼアクローネ二世は、静かに機体から降りるのであった。 さて。こうしてクロラロラ大陸史上最も苛烈にして奇天烈といわれたロボットチェス第99回ゲームは終了した。 この戦いを経て一つの“誓い”を得た彼ではあるが、結論から言うとそれは果たされずに終わる。 何故ならこの5年後、“人間族”の起こしたテロによって彼は命を落とすのである。 そして皮肉なことに彼の死によって、“三種族”の仲はより険悪なものとなり、それが新たな戦いの幕開けとなるのである。 即ちそれこそが次のゲーム。これより語られし英雄譚。 今回の王たちに勝るとも劣らぬ、個性豊かな次世代の王たちの潰しあい。 “残酷王”と“歌舞伎王”と“虚勢王”による、ロボットチェス第100ゲームである。 |